「……あの……これ。紛れ込んでいたのだけど……」 いつもの朝、いつもの公園。いつもと違っていたのは、少し緊張した面持ちの彼女がそう言って見覚えのあるカードを差し出してきたことだった。 それは間違いなく、ルークが渡したホワイトデーのお返しに入っていたはずのカードだった。 「ぁ……えっと……」 口の中がからからになったみたいで上手く言葉が見つからない。 (……え、ナニコレ、新手のゴメンナサイ?) ―――――― これはかなり、想定外だった。 実を言うと、カードを入れてしまったことを何度も後悔したのだ。 面と向かって告げる勇気がなくて、ホワイトデーに便乗したものの、反応が見られないのは怖い。 一晩中、携帯がメールの着信を知らせるの待って悶々としたが彼女からのメールはなかった。 今朝は目を覚ますなり彼女がいつもの場所に来ていない可能性に思い至って胃が痛くなったりもした。 けれど彼女はいつも通り、いつもの場所に犬のルークと一緒に立っていた。 そのことが、ルークにとってどれだけ嬉しかったか。 全く脈がないわけではないはずと思っていたけれど、やっぱりいいお友達、でしかなかったということか。 否、それにしても彼女がこんな遠回しな手法を選ぼうとは。 おそるおそる手を伸ばしてそれを受け取ろうとすると、一瞬だけ抵抗があって、それはするりとルークの手の中に落ちてきた。 「………」 告白する、と言うことは友達で居られなくなるかもしれないと言うことだ。 多分自分は、舞い上がってそんなこともわからなくなってしまっていたんじゃないかと思う。 このままなかったことにしてしまうのが正しいのかもしれない。 けれど、未練がましいと思っていてもこのままでは終わりたくなくて。 「……これ、どう思った?」 絞り出すように低く、それでも精一杯何気ない素振りを装って尋ねる。 ティアは切れ長の目を大きく見開いて、それからそっと足下に視線を落とした。 「………びっくりした、わ。それからすぐ、寂しくなるなって」 「…………」 戸惑うように震える声を耳に、はーと溜息を落としてしゃがみ込む。 「……そうだな。俺、明日から来ない方がいいよな」 「………そう、かもしれないわね」 彼女の声はどこか寂しそうで、それが少しだけ嬉しくて、でもそれ以上に胸が痛い。 毎朝会って挨拶をして、一緒に散歩をする。 交わしているのは他愛もない言葉だけで、すぐにルークが犬のルークを連れて走りに行ってしまうので一緒にいるのは実質5分とか10分とか、そんなものだ。 たったそれだけなのに、それがなくなるのだと思うとそれだけでこんなにヘコむとは思わなかった。 「……マジだとフラれんのって結構きついんだなー……ちょっと反省した」 ぐしゃりとカードを握り潰して額に当てる。 今までに何度か、フったこともあればフラれたこともあった。 でも自分から、誰かを好きになったのは始めてで、こんな気持ちになったのは始めてで。 全て、ではないだろうけれど、告白してきてくれた名前も覚えていない女の子にこんな思いをさせていたのかもしれないと思うとなんだか申し訳ない気分になる。 (……多分、すごくガキだったんだ) そう言う意味ではとてもいい経験、だったのだろうが当分立ち直れそうにない。 ―――――― そう、思っていたら。 「………フラれたの?」 頭上からそんな声が降ってきた。 「……でなきゃなんだっつーんだよ」 それがどこかほっとしたような声にも聞こえて、流石にちょっと、ムカっときた。 「ぁ……ご、ごめんなさい。それならまだ散歩、続けられるのかなって思ってしまって……自分勝手よね。貴方はそれどころじゃないのに……」 申し訳なさそうに、声を小さくするティアを見上げて左手でガリガリと後頭部をかく。 「……フラれたんだから続けらんねーんだろ。ティアだって、その、嫌だろうし」 「私は、別に……貴方に彼女が出来たら、申し訳なくて続けられないとは思ったけれど……」 「だから俺は今お前にフラれたばっかりだって!」 「わ、私に!?」 ( ―――――― アレ? 何かおかしくないか?) なんだか噛み合わない、ような気がする。 ティアは本気で驚いている風だ。 そもそも彼女はルークと同じで、それ程器用なタイプではない。 とても気付かなかったフリで遠回しにお断りするなんて高等技術を持ち合わせているとは思えない。 「……えっと……あのさ、これ。俺からお前に、だったんだけど、そこんとこ、わかってるか?」 「…………」 ―――――― 沈黙。 やがて、じわりと滑らかな陶器のように白い彼女の頬に朱が昇っていくのがわかった。 「ぅ……そ、でしょ」 「嘘じゃねえよ、つーか嘘の方がいいのかよ!」 途端にぱっと長い髪が舞った。 彼女が、首を横に振ったのだ。 「よくないわ! よくない、けど、だってそんなこと、ありえないし……」 「何であり得ないになるんだよ!」 唇を戦慄かせ、ふるふると頭を振る彼女に、なんだか絶望的な、或いはやけっぱちな気分になって怒鳴るように言えば、彼女は目を見開いたまま硬直してしまった。 (……ヤベ、強く言い過ぎたか……?) ルークは慌てて立ち上がって、黙りこくってしまった彼女の顔を覗き込んだ。 「……ティア?」 「………ん、でって、宛名も、差出人もなかったもの」 声が震えているような気がする。 「……あの状況で、伝わんねえなんて思わねえだろ」 少し膝を落として、顔の横に流れて表情を隠す長い髪をそっと左手で押しやれば、紗のカーテンの向こうの彼女の顔は、見たことがないぐらい真っ赤になっていた。 「……わ、私はあなたと違うもの。あなたは明るくて人気者だし、私は地味だし、友達も少ないし……」 秀でたもの言えば成績ぐらいだが、それとて努力と生来の真面目な性格の賜。せいぜい教師の受けがよくなる程度で、クラスメイト達から浮き上がる要因の一つにすぎない。 あまり人と話すことが得意ではなくて、人見知りも激しいので一年が終わろうとしているこの時期にあってもまだクラスに溶け込め切れていない自分を自覚している。 どうすればいいかもわからなくて、けれどそれが顔に出難い所為でお高く止まっているとか、愛想がないとか、そんな風に言われていることも知っている。 彼女がルークの前でだけ笑うことだとか。ルークが彼女を構うことも女子の反感を買う一因になっていることは間違いなかったが、望んでいるわけでないので ―――――― それが、なくなったらきっととても寂しいだろうことにはもう気付いてしまっていたけれど ―――――― どうすることもできない。 だから、ティアは想像したこともなかったのだ。 (………こんな、状況なんて……) そんなティアの困惑をどう受け止めたものか、ルークは困ったように眉を寄せてガシガシと乱暴に後頭部を掻いた。 「……そりゃ、俺は双子だし、アッシュがああだから目立ってるけどさ。別に、そんなことねえだろ」 学内に置いて生徒会長でもあるナタリアと、その恋人であるアッシュの存在感は半端ない。 と言うか、ぶっちゃけはっきりきっぱり浮き上がってる。 仲良きことは美しきことかなとは言うけれど、それにしたって限度があると思うのだ。 とばっちりでからかわれる事もあったし、今まであまり恋愛事に興味がなかったのはこれまでの経験は勿論、あの二人の所為でもあるのではないかと思う。 ―――――― あまりにもラブラブで突き抜けたカップルを間近にしすぎた所為で冷めてしまったと言うか、なんと言うか。 「それに、それと俺がお前を好きだってことには何の関係もねえし」 その言葉は自分でも意外なほどするりと口から滑り落ちて、そのことに気付けば急に恥かしくなって、ルークは慌てて両手を突き出すように大きく振った。 「あ……いや、えっと、今のは違くてっ、い、いや、違わないんだけど!!」 自分でも何を言っているのかわからないのだから、ティアにしてみればきっともっとわからないだろう。 「えっと……だから、その……」 「……あ、あの」 意味のない言葉を繰り返していたら、眼前におずおずと右手が差し出された。 「……そのカード、貰ってもいい?」 ―――――― 弾かれるように見た先の、君の顔は君の好きな林檎と同じ色。 ― END ―
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ウワー! ホワイトデーから約3ヶ月が経過しました(笑)。 くっつきそうでくっつかないもだもだな二人が大好きですが、お前らええ加減似せえよと言う気も……w 何はともあれ少しでも楽しんでいただければ幸いです。 |