年の離れた妹を持つヴァンにとって『ルーク』は賢い番犬だった。 家を守る番犬ではない。それにしては少々 ――――― どころではなく人懐っこい。 だが彼はティアを守る番犬としては非常に優秀だったのである。 『ルーク』がフェンデ家に貰われてくる少し前の頃、中学に上がったばかりのティアは亡き母の面影を漂わせる美しい少女になりつつあって。 年老いた祖父を除けばただ一人の近しい肉親であるヴァンの心は落ち着かないものになりつつあった。 今はまだ恋よりも友人よりも部活に夢中で ――――― 前半は歓迎すべきことだが、後半に関しては些か心配でもある ――――― 心配なさそうだが、もう何年かすれば間違いなく悪い虫が集り始めることだろう。 ティアはあまりそういったことに興味がないようだったが、それだけに鈍さと警戒心のなさは相当なものだ。 出来れば四六時中付いていてやりたいところだが、ヴァンにも仕事があるし、何よりもティアの学生生活の妨げになりかねないのでそういうわけにもいかない。 何かいい方法はないだろうか、と思っていたところで趣味でブリーダーをやっている同僚宅で子犬が生まれたと言う話を聞いた。 仕事が忙しく普段なかなか遊びにつれて出てやることの出来ないティアに子犬を見せてやろうとお邪魔させてもらったところで、彼らは運命の出会いを果たした。 丸々と太って元気そうに跳ねている子犬達の中で一際目立つ、のちに『ルーク』となる、赤みがかった柔らかな色合いの毛並みの子犬だけはまだ引き取り手が決まっていなかった。 動物にそれほど興味のないヴァンにしてみれば不思議なことだったが、ブリーダーの談によれば眼の色に欠陥があるのだと言う。 言われてみれば本来は暗褐色から青であるはずだと言う眼が犬には珍しい緑がかった色をしていた。 実害があるとすれば他の子犬に比べて将来的に眼の病にかかる可能性が高いことぐらいのものなのだが、そもそもそのカラーでは血統書が登録できないことから、純血種を欲しがっている顧客から倦厭されてしまったのだと言う。 「……兄さん、私……この子、引き取っちゃ駄目かしら?」 このまま引き取り手が見つからなければ、と言う話になったところでティアがおずおずを声を上げて。 瞬間、ヴァンはこれだ、と思った。 ティアは可愛いものや動物が好きで責任感の強い子だ。 子犬を引き取ることになれば、その面倒に手を抜くことはないだろう。 色恋事より小さな命を優先させるだろうことは間違いなかったし、何より上手くすればその犬がいい防波堤になってくれるかもしれない。 「………生き物を飼うと言うことは簡単なことではない。それはわかっているな?」 ヴァンは精一杯厳しい顔でそう言ってまっすぐに妹を見た。 「…………わかってるわ。でも私、どうしてもこの子を放っておけないの」 ティアに抱き上げられた足の太い如何にも大きくなりそうな子犬は、状況がわかっていないようできらきらとした大きな緑の眼でティアを見上げていて、好奇心なのかなんなのか、時折ぺろぺろとその手を舐めたりしているものだからそれを受けたティアの目元はほんのり赤く染まっていて。 正直なところ、そんな事情があってもなくても可愛くて仕方がなくて放したくないのだろうということはよーく、わかった。 「……最後まで面倒を見るんだぞ」 「勿論、わかってるわ! ありがとう、兄さん!」 満面の笑みを浮かべるティアに釣られたように、子犬がわんと大きな鳴き声を上げた。 ――――― 作戦は見事に当たった。 それ以来、ティアは学校以外では四六時中『ルーク』と一緒で、気立ては良いが瞬く間に大きくなったルークに近付くものはなかなかいなかった。 例えそのハードルを超えたとしてもこの犬、なかなかに賢く相手が自分を見ていない ――――― 主に対する下心を抱えて近づいてきていると判断するや否や容赦なく吠え掛かると言う特性を持っていた。 かくして『ルーク』はティアの立派なナイトとなり、ヴァンの心配はなくなったわけである。 それから数年、『ルーク』がすっかり成犬になった頃、高校生になったティアに若干の変化が現れた。 部活のない休日に、友人と出かけるようになったのだ。 「友達にね、新しく出来たドッグパークに行かないかって誘われたの」 「ペットショップで偶然友達と会って……」 「ルークも凄く懐いてるのよ、この間もね……」 ティアの口からこれほど同じ友人の話が出ることは珍しく、ティアにもいい友人が出来たのだとヴァンはほっと胸と撫で下ろした。 一瞬、ひょっとしたら男ではと思わないでもなかったが、その友人と会う時はいつも『ルーク』が一緒だったし、どうやら猫飼いらしいことから心配は要らないだろうと判断する。 家の都合で猫しか飼えなかったが、本当は犬も飼ってみたくてそれで『ルーク』をたいそう可愛がってくれているのだと言う。 「……これからもティアのことを頼むぞ?」 きらきらとした眼で見上げてくる『ルーク』を見下ろして、ヴァンはくしゃくしゃとその頭を撫でた。 ――――― 彼はまだ知らない。 そのお友達が自身の顧問を勤める剣道部の二年生で、自分の良く知る人物であることを。 ――――― そうして半年後。 妹さんとお付き合いさせていただいています、と挨拶に来ることを。 ― END ―
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ルークはそもそも『ルーク』目当てだったので吠えられないわけです……(笑)。 男の子で猫を飼っているって珍しいよね、というお話から……ヴァン師匠は現代パロだと兄バカになると思っています。 |