「ルーク、ご飯よー」 キッチンの方から聞こえてきたそんな声に、ソファを背凭れに床に足を投げ出して雑誌を眺めていたルークの膝を枕にうとうととしていた犬の耳がぴくんと揺れた。 リビングに顔を覗かせたティアの姿を認めるなり、それまでのだらけた様子が嘘のように勢いよく彼女に駆け寄りちぎれんばかりに尻尾を振り始めた現金な姿に思わず苦笑が漏れる。 さっきまでルークが遊んでやっていたのがいい運動になったのか、よほど腹が空いているらしい。 ティアがケージの横の定位置に皿を運ぶのももどかしい様子で彼女の周りをぐるぐると回ってその歩行を邪魔している。 「っ、こら! 危ないでしょ!」 叱る声にも何のその、テンションが上がりすぎているようだ。 それでもどうにかいつもの位置に座らせて彼専用の餌皿を床に置いたのを見て、ルークはお、と目を瞬いた。 餌皿はいつもなら茶色一色のドックフードが盛られているはずなのだが、今日はやけにカラフルだ。 と、いうか可愛い。 いつものドックフードの上に、だろうか。ドックフードを顔に埋め込まれて目と口の描かれた色鮮やかな黄色みがかったオレンジ色の ほのかに甘い香りがして、色と形状も相俟って南瓜だと知れる。 キャラ弁ならぬ、キャラ餌、とでもいえばいいだろうか。 「……ティア、それって」 「ジャックランタンのつもり、なのだけ……今日はハロウィンでしょう? だからルークにも少しだけ、ね」 思わず声をかけると振り向いたティアは子供っぽいことをしているという自覚からか、少し恥ずかしそうに微笑んだ。 「……犬って南瓜、食うのか? つか食わせてもいいの?」 思わずそれに見蕩れてしまいそうになりながらの問いかけに、けれど鈍感な彼女は気づく様子もなく小さく首を傾げた。 「あら、食べるわよ? 犬のケーキに使われたりもするし」 言われて、そういえばそんなものがあったような気がすると思い出す。 猫のケーキ、はあまり聞いたことがないのだが。 「基本的に犬は雑食だもの。濃い味が付いていないものなら大丈夫、これは蒸して潰しただけだから」 「へぇ……」 「南瓜とかお芋は甘いから結構好きなのよ」 言われてみると犬の方はいつもと違う食事にますますヒートアップしているようだ。 お預けが守られているのが奇跡的なほど、顔は餌皿に接近して今にも涎を垂らさんばかり、尻尾は激しく床を叩いている。 「……ティア、なんかすげーことになってっけど……」 「え……? っ、やだ、ごめんなさい!」 思わず指摘すると、振り向いて飼い犬に目をやった彼女は慌てて彼にいつものお手とお代わり、マテまでの一連の動作をさせてヨシの合図を出した。 飼い犬はそれが終わるや否や、間髪入れずに餌入れへと顔を突っ込んだ。 ジャックランタンは見る間にぐちゃぐちゃになって犬の胃袋の中へと収まっていく。 「……我慢強くなったよな」 それを見やり、ルークはぽつりと呟いた。 出会った頃の彼なら、待てずに皿が置かれるなり顔を突っ込んでいただろう思ったからだ。 「そうね……ルークのおかげね」 「……へ? 俺?」 「ええ。ルークが躾を手伝ってくれたでしょ? 私の言うことはなかなか聞いてくれなくて……兄さんの言うことは聞くのだけどあまり家に居ないものだから。貴方が遊んでくれるようになってだいぶ行儀がよくなったのよ」 「あー……」 犬のルークは飼い主であるティアのことが大好きだ。 噛み付くようなこともないし逆らうこともなく、 言うことを聞かない、のではなく、聞いていない、のである。 それでなかなか訓練にならなかったのだが、もともとは賢い犬だ。兄であるヴァンや友人であり ――――― 現在は所謂恋人、であるルークの言うことは良く聞いた。 猫飼いのルークはもともと犬を飼いたかったこともあってその躾に興味を示し、いろいろ教え込んでいるうちに……というわけである。 なんとなく覚えがなくもないルークは、どう考えても大して咀嚼もせずにドックフードを平らげたルークに苦笑いを浮かべた。 それからはたとしてティアを見やる。 「……なぁティア、俺にはないのか?」 「え?」 ――――― ティアがルークを溺愛していることは知っている。 知っているし、それをどうこう言うつもりはない。 ルークだって犬のルークのことが可愛いし、そもそもルークが居なければ二人が出会うことはなかったかもしれないし、出会っていたとしても恋愛ごとにあまり興味のなかった二人がこんな風に距離を縮めることはなかったかも知れないからだ。 けれど、それとこれとは話が別。 犬のルークには特別な食事が用意されていて、自分には何もないと言うのはなんというか、複雑だ。 犬に嫉妬していると思われるのも嫌だし何か違う気がする。 けれど問わずには居られない。 ティアは可愛いものは好きだが記念日やイベントごとには疎い方だ。 しかしそれが発揮されるのは人間相手の時ばかりのようでルークには季節ごとに ――――― 当犬が喜んでいるかどうかはおいておいて ――――― 色々なグッズを買い与え可愛い写真を取っている。 もう少しだけ自分のことも考えて欲しいとか、何とか、あれ結局これって嫉妬? ――――― 否、断じて違う。違うはずだ。 「…………ぷっ……」 「わ、笑うなっつーの!」 ぐるぐるしているとそんな困惑にも近い感情に気付いたのか、ティアが小さく噴出して、ルークは慌てて雑誌を机に放って身を乗り出した。 「お、俺は別にルークが羨ましいとかそんなんじゃなくてだな、ひょっとしたら俺にも何かあるんじゃないかと思っただけで、その……」 「……ちゃんと用意してあるわよ」 しどろもどろの声に返されたのは予想外の台詞だった。 「………マジ?」 思わずきょとんとした表情を浮かべるルークに、ティアはくすくすと笑いながら笑いすぎて涙の滲んだ目元を拭う。 「アニスにカボチャのプリンの作り方を教えてもらったの。ちょっと待っててね」 「………………」 ふわりと微笑んで立ち上がる彼女を見送ったルークの口元は隠しようもなく緩んでいた、とか。 ― END ―
|
完全にカップルが出来上がった後の二人、と言うことで……何気に同棲してそうな雰囲気ですが多分ルークがティアのところに入り浸っているだけです。 家に帰ったら拗ねた猫のティアさんに引っかかれるといいと思います(w。 ちなみに犬は結構野菜類も食べますが、実家の犬の好物はトマトです(……。 |