未開の地に入るに辺り、連絡役を残した方がいいのではないかと言う提案が出た瞬間。
 自分がどうすればいいか、わかった。
「それなら、俺が残るよ」
「ルークが? どうして……」
 驚いたように目を見張るティアに気付かなかった振りで一歩足を踏み出す。
「俺の話を聞けと……」
「俺とアッシュは戦いの傾向が同じだろ?」
 言いかけたアッシュの言葉を聞こえなかった振りで遮って、ルークは一同を見渡した。
「同じ奴が二人いるよりどっちかが残った方がいいし。アッシュなら俺に連絡できるじゃん」
「便利連絡網があるもんね〜」
 明るく跳ねたアニスの言葉にアッシュが嫌そうに眉を顰める。
「ルークがそれでいいというなら……仕方ないか」
 不本意そうに呟くガイの肩をまぁまぁとばかりに押しやって、ルークは彼らを森の奥へと送り出した。


「はぁ〜……」
 彼らの姿が見えなくなった途端、身体の力が抜けて、ルークはぺたんとその場に腰を落とした。
(……良かった、ちゃんと言えた)
 内心では心臓がばくばくと音を立てていたのだけれど、どうやら誰にも気付かれずにすんだようだ。
 否、ジェイドが例によって例の如く何とも言えない笑みとも苦笑とも取れない表情を浮かべて眼鏡のブリッジを指先で押し上げるのが見えたけれど、気付かなかったことにする。
 とにもかくにも何も言わないでおいてくれたことに感謝、だ。
「ご主人様、どうしたですの?」
 一人……一匹ルークの傍らに残ったミュウがぽてぽてと近づいてくるのに気付いて、ルークはがしがしとその頭を撫でた。
「なんでもねーよ、ちょっと緊張してただけだって」
「みゅ?」
 よくわからない、と言った様子で首を傾げる聖獣チーグルの子供に誤魔化すように笑みを浮かべ、立ち上がる。
「さてと、火でも起こしとくか」
 やっておくことは幾らでもあるのだ。
 薪を拾って火を起こして、水を汲んで……いつの間にかそれが当たり前になっている自分に苦笑する。
 屋敷に居た頃には自分がそんなことをするなんて想像したこともなかった。
(動いてねーと余計なこと考えちまいそうだしな……)
 アッシュの姿を見かけて、彼もまた母の薬の材料を探す為にここに着たのだと知って、どうすればいいのだろうと思った。
 ルークだって今まで何もして上げられなかった分、出来なかった分、しようともしなかった分、身体の弱い母の為に何かできることがあるならしてあげたいと思う。
 でも実の息子であるアッシュの方が、ずっと離れて暮らしていたアッシュの方が、きっと偽者の自分よりもっとそう想っている。
 だから、ここは彼に譲るべきなのだ。
 それは揺らぐことも、疑うこともない、確信。
 本当は協力できればいいのだけれど、でも彼は絶対に自身の複写人間であるルークと一緒に行動しようとはしない……意地と矜持がそれを邪魔をする。
 かと言って自分があからさまに遠慮すればますます彼のプライドを傷つけることになる。
 だから、ルークにとってジェイドの台詞は渡りに船だった。
(…………こうするのが一番良かったんだ)
『……ルーク。自分を殺さないで。行きたいのなら、私が残るわ』
 去り際に告げられた、甘くもなく、けれど冷たくもない、ただ其処にあるだけなのに妙に耳に心地よい、不思議な抑揚をもった声がリフレインする。
 自分を殺しているつもりはなかったのだけれど、でも思うところがないわけではない。
 だから彼女の言葉は純粋に嬉しかった。
(俺のこと、見ててくれる……)
 思えば彼女は最初から『ルーク』を見てくれていた様に思う。
 ジェイドは最初からキムラスカの王族、公爵子息と言うルークの肩書きが目当てだったし、玉の輿を切望していたアニスもまたしかり、だ。
 幼馴染のガイとナタリアは過去の……本物のルークを知っていた。
 いい意味でも悪い意味でも、比べざるをえない。
 ―――――― でもティアは。
 彼女は最初から、ルークを、ルーク・フォン・ファブレと言う名の一個人としてしか見ていなかった。
 傅くメイド達や、白光騎士団、或いは父の客人である貴族や豪商といった人種しか見たことのなかったルークにとっては新鮮で……それがムカつきもしたのは遠い昔のことではない。
 時間にすればまだ半年程度しか経っていないだろう。
(あの時と今では状況があまりに違いすぎる、けど……)
 立場や地位や、権力。
 そんなものとは関係なく、真っ直ぐに相手の本質を見つめる……それは紛れもなく彼女の持つ資質だ。
 清雅で、鮮烈で、時に苛烈でさえある。
 冷たい訳ではない、けれど甘えを許さない、一緒に居るだけで強くなれるような ―――――― 変われるような気がする。
(……ああ、だから俺はティアが好きなんだ)
 勿論それだけではない、けれど。
「みゅう?」
「……そういやお前も、だったな」
 足を止めたルークを不思議に思ったのか、首を傾げて見上げてくる聖獣チーグルに笑って、ルークは拾った薪を適当に組んだ。
 慣れたもので合図をすればミュウが其処に火を噴いて、枯れ木はぱちぱちと音を立て始める。
「さーてと、飯の準備でもしとくかな」
 あんまり上手くはないけれど、疲れて帰ってくるのだからないよりはマシなはず。
 小さく呟いて、ルークは大きく伸びをした。
― END ―


 キノコロードの会話から……まだキャラを掴み切れてない感が(汗)。

Viburnum tinus = ビバーナム・ティナスの花言葉 「 私を見て 」
2009.05.10

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