――――― ファブレ公爵家の奥に広がる林の一角には、小さな庭園がある。 白い花を中心に季節ごとの様々な花の植えられてはいるものの、公爵邸の中庭に広がる大規模なものとは違い、素朴な風合いさえ感じさせるそこは、時期公爵である公爵子息のたっての希望で作られたものだ。 ベンチの一つ、東屋の一つさえなく、庭園と言うにはあまりに烏滸がましいそこは、けれどルークにとってとても大切な場所だった。 「……こんなところがあったの?」 初めてその庭を見た時、彼女は蒼い眼を細めて酷く懐かしそうな顔をした。 庭にはルークがタタル渓谷から持ち込んだセレニアの花も植えられていて、どこかあの渓谷のほとりを彷彿とさせたから。 本当は彼女に喜んでもらいたくて、庭師に我儘を言って造ってもらった庭だった。 だって彼女は高価な宝石も、ドレスも喜ばない。 ささやかな細工物や花は喜んでくれるけど、ふとした拍子に申し訳なさそうな顔をする。 本当は枯れ行くばかりの切り花はあまり好きではないと知って、それなら生きた花を贈ろうと思ったのだ。 アニスには短絡的すぎる ――――― 持ち運べないのにどうやって渡すつもりだと怒られたけれど、少なくとも彼女は、驚いたように目を見張って、それから少しだけ苦笑して、『ありがとう』と微笑んでくれた。 それから、彼女が訪れる度に共に過ごす場所はここになった。 ルークが居ない日も、彼女には自由に入ってもらうように伝えてある。 体調がよければシュザンヌが同行する日もあるらしい。 柔らかい下草の茂る地面に直接腰を下ろして、互いの日常を報告するような他愛もない会話を交わして、メイドに詰めて置いてもらったお茶や茶菓子を口にすることもある。 そうしているうちに徐々に距離が縮まって、さり気なくその指先に触れると細い指先はぴくんと小さく揺れて、けれどそのままそこにあって。 そうっと指を絡めて、握っても何も言われなくて。 ――――― いつの間にか、そうすることが当たり前になった。 けれど、気が付けばそれだけでは足りなくなって。 「………………」 思い切ってその手を掬い上げ、細い指先を両の掌の中に包み込んでみた。 冷たい皮手袋にに覆われていない白い指は小さくて柔らかくて、少しひんやりとして。少し力を込めれば折れてしまいそうだと思いながら、そうっと彼女の様子を伺い見る。 彼女の白い頬はほんのり赤く染まっていて、けれど何か言う様子はなく。なるべくこちらを見ないように ――――― 意識しないようにしているように思える。 けれど、気恥ずかしそうな、擽ったそうな表情であることは否めない。 大人びて落ち着いたいつもの彼女と違う、少女めいた表情に。 何時の間にか、そんな表情を見せてくれるようになったことに、自然と笑みが零れる。 「……ティア……大好きだよ」 「っ……!」 自然と落ちたそれに、びくっと華奢な肩が揺れた。 驚いたようにこちらを見た彼女の頬は、もう隠しようもなく赤い。 「………ばか」 帰ってきたのは予想外の、お馴染みでもあるけれど、最近ご無沙汰の台詞。 「……そんなの、今更だわ」 ――――― 今更遅い、そういう意味だろうか。 彼女と、初めて出会ってから随分と月日が経った。 待ち続けてくれた二年間。少しづつ距離を詰めてきたつもりでいたここ数年。 けれど、どこにも、彼女がルークを好きでいてくれたと言う保証はない。 栄光の大地で別れ際に微かに聞こえた告白が、ルークに都合のいい空耳ではないと誰が言える? (――――― ……ああ、でも……) 彼女が自分を好きでも、好きではなくても。 ここに、今ルークの胸にある気持ちが揺らぐことはないのだろう。 嫉妬したり、苦しかったり。彼女の隣に居るのが自分でないことがどうしようもなく悲しかったりすることがあったりしても。 それで、彼女が幸せなら ――――― 。 いつまでも未練がましく触れているのが申し訳ないような気がして、後ろ髪引かれる思いでそうっとその手を離そうとしたところで、微かな声が耳を打った。 「……も、好き……」 「えっ!?」 「………大好きよ」 叩かれたように勢いよく、何時の間にか落としてしまっていた頭を上げる。 彼女は泣き笑いのような顔で微笑んでいた。 「……ーク」 あの頃と違って、薄く紅の引かれた唇が動いてルークの名前を紡ぐ。 音になるかならないかの微かなそれは、けれどしっかりとルークの耳に届いた。 左手を、伸ばして恐る恐るその頬に触れても、彼女は逃げなかった。 指先で頬のラインを辿って、親指で唇に触れる。 何か言いた気に、僅かに開いて震えるそこは柔らかくて ――――― その感触に一気に頭に血が上る。 「……キ、キ、キ、キス、していいか?」 「っ……そ、そんなこと聞かないでよ!」 たった二文字の単語がなかなか出てこなくて、上擦った声で尋ねればルークと同じか、それ以上に上擦った声が返ってきた。 「しょーがねーだろ! 初めてなんだから!」 「私だって初めてよ!!」 「…………」 「…………」 怒鳴り返すような声に、互いに目を丸くして、見つめ合う。 自分の顔もきっと赤い、のだろうが。ティアの顔はよく熟れた林檎の様になっている。 可愛いとか、嬉しいとか、そんな気持ちが溢れてにやけてしまうのが止められなくて。急いで口元を隠そうとしたけれど、一瞬遅かった。 「……何で笑ってるのよ、もうっ!」 「わっと、わーった、わーったって!」 恥ずかしさに涙目になって腕を振り払おうとしてくる彼女の腕を掴み直して、距離を詰める。 ――――― 掠めるように触れた一瞬の感触は、きっと一生忘れないだろう。 ― END ―
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わー!!某ラジオのルクティア告白を聞いて勢いで書きました。 ここ二日間にやにやしっぱなしです。 本当はもっと可愛いんです。もっとブワッてなるのですが、とりあえず私の妄想力はここまでです。 ルクティア万歳……! |