ゆっくりと、意識が覚醒する。 どこからか光が差し込んでいるのか、瞼の裏にゆらゆらと波紋が浮かんで、消えて。 (あれ、俺何時の間に寝たっけ……) ぼんやりと考えるけれど、覚醒の気配はまだ遠い。 ……柔らかい枕から離れたくない。 ただでさえ寝起きの悪さには定評があるのだ。 最近野宿続きだったから、その誘惑は抗いがたくて、もう少し、もう少しと思ってしまう。 「……んー……」 「きゃっ」 もそりと寝返りを打って枕に顔を埋めた瞬間、小さな悲鳴が聞こえてルークは目を瞬いた。 (…………アレ?) 目を開ける……視界を塞いでいたのは想像通りの白いシーツではなく、見覚えのあるバーントアンバー。 頬の下に感じるのは温かくて柔らかい、けれど羽毛のそれとは違う弾力のある感触。 (ひょっとして、これって……) 「………………」 恐る恐る顔を上げると、其処にあったのは半ば予想通りの……けれど予想外の展開、だった。 僅かに顔を赤くしたティアとバッチリ目があう。 どうやら自分は彼女の膝を枕に眠っていたらしい……否、眠った記憶はない。 ならどうして? 「……ちょ、えええ!?」 そんなことを問う余裕もなくルークは奇声と共に身体を起こして飛び退り、そうして次の瞬間後頭部に走った鈍い痛みに頭を抱えて蹲った。 「っテテ……」 「……急に動くからよ」 呆れたような声に、今度は急に頭を動かしてしまわないようにそろそろと顔を上げれば、先程までの頬の赤味はどこへやら、僅かに不機嫌そうな色合いを滲ませた蒼い瞳があった。 「何が、どうなって……」 痛む頭を庇いながら低く呟けば、溜息にも似た音が返ってくる。 「アニスを庇って地面に叩きつけられたのよ。覚えている?」 ああ、そうだ。そう言えば魔物と戦闘中だった。 アニスがバランスを崩したのが見えて、同時に太く鋭い爪を持った獣の腕が振り被られるのが見えて、咄嗟に其処に飛び込んだのだ。 鋭い爪を剣でどうにか受け止めて、でも勢いまでは殺しきれなくて。 ぼんやりと意識を失った過程を思い出したけれど、それと現状が繋がらない。 「だ、だからって何で膝枕……?」 「地面に投げ出しておくよりましでしょう」 なんだかむやみやたらと動悸がして、どもりながら問えばごくごく平然とそう返された。 (いや、確かにそーなんだけど………) 「傷は癒したのだけれど、頭を打ったようだったから無理に起こさずにおこうって……昼食を兼ねて暫く休憩にしましょうと言うことになったの」 言われて辺りを見回して、ルークはようやく他のメンバーの姿がないことに気付いた。 「………皆は?」 「ガイとナタリアは薪を拾いに行ったわ。アニスは向こうで昼食の用意をしてる。大佐は少し先の様子を見てくるって」 示された先に視線を向ければ、茂みの向こうで見覚えのあるツインテールがひょこひょこ動いているのが見えた。 「あーなんか大丈夫っぽいな」 どうやら一番の重傷は自分だったらしい。 鈍い痛みがようやく収まってきたのを感じながら、がしがしと後頭部を掻いていたら、すぐ傍にすっと細い手が伸びてきた。 (え……) 反射的に身を引きかけて、けれど引いてしまうのも惜しい気がして動きが止まる。 指先は流れるように……頬を通り過ぎ、ルークの耳に到着した。 「イテテテテテ!!」 次の耳を思い切り、引っ張られて情けない悲鳴が上がる。 「イキナリ何すんだよ、ちょ、放せって!!」 ぱっと放されて、今度は耳を押さえて蹲る羽目に陥った。 (って、俺今何考えてたんだ!? 惜しいって何!?) 「……助け合うのは必要なことだと思うけれど、それで自分が怪我をしたら元も子もないでしょう?」 頭上から落ちてきた声は冷徹で静かで、けれど心配してくれているのがわかる。 年下の癖にまるで『お姉さん』だ。 (あ、でも実年齢で行けばティアの方が上なんだよな……) けれど、やっぱり言われっ放しは癪に障る。 「………お前だって俺庇って怪我したことあったじゃねーか」 古い話を持ち出せば、彼女は静かに頭を振った。 「あの時と今では状況が違うわ。それにあの時の貴方は護衛対象だったのだから庇うのは当然でしょう?」 ちくりと、胸の奥に何か小さな棘が刺さったような感覚を感じて瞬く。 (…………あれ、何だ今の) 「それにあれは私の失策よ。自分の身を持って庇うのは決して良策ではないわ。」 例え対象を護りきれたとしても、自分が怪我をしてしまったのでは護衛としては失格だ。 その先に何があるかわからないし、相手に迷惑をかけることにもなりかねない。 勿論あの時は純粋に彼の護衛というわけではなかったのだけれど……巻き込まれた民間人である彼を無事に送り届けることが第一目標だったのだから、強ち間違いでもない。 だから、あれとこれとは違うときっぱりと言いきれば、ルークは何か言いたそうにもごもごと口を動かして、けれど結局何も言えずに拗ねた様に外方を向いてしまった。 「……………」 どこか子供っぽい仕草に苦笑を浮かべて、ティアは身体を起こした。 数歩の距離を詰めて、まだしゃがみこんでいる彼の前に改めて膝を着く。 「……焦りすぎよ。出来ることから、無理はせずに、ね?」 大丈夫、とでも言うようにふわりと今度は……今度こそ頬に、白い手袋に包まれた指先が触れた。 布越しにじんわりと伝わる体温が妙に、居た堪れない。 「アニスを手伝ってくるわね。貴方はもう少し休んでいると良いわ」 ふっと目元を緩めて、柔らかく微笑む……滅多に見れないその表情に目を奪われる。 立ち上がり、軽やかな足取りで離れていく彼女を見送りながら、ルークは知らず詰めていた息を吐いた。 「……………」 何だってこんなに心臓の音が煩いんだろう。 (………胸も打ったんかなー……) ガシガシと頭を掻いて、ごろりとその場に身を投げ出して、もう一度目を閉じる。 冷たくて硬い地面の感触に自分でもなんだかよくわからない溜息が落ちた。 ― END ―
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膝枕ネタが書きたかっただけだったのですが思いの他どきどきな感じに仕上がりました……(笑)。 恋愛未満な感じもいいなと思いマス。 デイジーの花言葉 「 無意識 」 |