「水汲みは俺がやっとくからお前はおとなしくしてろよ」 ガイがそんなことを言い出したのは、先程の戦闘でティアを庇い損ねて思い切り魔物に吹っ飛ばされて脳震盪を起こしたせいだった。 大したことはないと思うのだが、短い間とは言え意識を失っていたわけだからしばらく様子を見た方がいいと言われて、休憩を兼ねた昼食の準備が始まって。 本来なら水汲みを担当する筈だったルークは安静にしているようにと言い置かれたのだ。 「大丈夫だって、大したことねぇし!」 「そんなことを言ってもしものことがあったらどうしますの?」 けれど皆それぞれの役割が割り振られていて、一人何もしないのも落ち着かなくて立ち上がろうとしたらナタリアに鼻先に指を突きつけられてしまった。 「っ!?」 そのまま強引に肩を押されて、腰を浮かしかけていた不安定な姿勢もあって地面に尻餅を付いてしまう。 どうあっても休ませるつもりらしい彼女にちぇ、と唇を尖らせればその様子を見守っていた兄貴分から苦笑の気配が漏れた。 「ま、大した仕事じゃないから気にするなよ」 「……ともねえつってんのに」 「気分が悪くなったらティアに言いますのよ?」 「………俺はガキかっつーの」 肩を竦めて見せたガイと、念押しをして森に入っていくナタリアを見送って、ルークは溜息と共に太い木の幹に背中を預けた。 仰のいて緑の木々の合間から細く透ける青空の眩しさに目を眇める。 昼食当番はティアとアニスで、少し先の開けた場所からきゃいきゃいと騒ぐ声がする。 もちろん、騒いでいるのは主にアニスの方だ。 それでも口以上に手も動かして大振り石を集めて作った簡易竈で火を起こす準備をして、手持ちの野菜や具材を手際よく切り分けていく様子は流石と言ったところか。 料理に関しては味は悪くないものの少々大雑把なきらいのあるティアに細かく指示を向けているようだ。 「……ぁ……」 なんとはなしにそちらを見て、ルークはティアの姿がいつもと少し違うことに気付いた。 いつも食事当番の時には髪をゴムで後ろに一つに纏めていたのだけど、今日は白い花を象った髪留めで後ろに結い上げている。 (………使ってくれてるんだ) それを彼女に送ったのはルーク自身だった。 日頃の感謝の気持ちを伝えたい。 けれど言葉じゃ全然足りなくて、何かいい方法はないだろうかとガイとアニスに相談して実行に移したものだ。 正確にはガイに相談しているところを立ち聞きしたアニスに提案されたのだが、状況はともかく彼女の協力なくして上手くいったとは思えないので感謝することにする。 ケセドニアに立ち寄った際、上手く当番を代わってもらって二人で街を歩いて、露店で見つけた白い花を模した髪留めを贈った。 指輪やネックレスなどの如何にもと言ったものにしなかったのはこれもアニスの提案だ。 恋人でもない相手にいきなりそんなものを貰ったら引くとか、可愛いもの好きな癖に自分には似合わないとか思っているティアのことだから何かと理由を付けて断りかねないから実用的なものの方がいいとか。 突然の贈り物を受け取ってもらえるか少し不安だったけれど、彼女は嬉しそうに笑って大切にするといってくれた。 普段あまり目にすることのない無防備な、年相応の女の子みたいな笑みを思い出してじわりと頬に朱が昇る。 いつもは気を張っているのか表情が見えにくいけれど、本当はティアは可愛いものが好きで、優しくて、恥ずかしがり屋だ。 お化けが嫌いで、林檎が好きで、大人びてどっちかというと美人なのに笑うと可愛い。 眼は師匠と同じ深い海に似た蒼で、邪魔にならないよう首の少し上で結い上げた髪は灰色と茶色の中間。 クリーム色と言うには少し暗く落ち着きすぎていて、けれどそれがまた彼女には似合っているように思う。 微かな風に揺れている髪先は触るとびっくりするぐらいさらさらで癖がなくて、もっと触れていたくなる絹糸のような感触だ。 何度かどさくさに紛れて触れたことがある、と言うよりは掠めたことのあるその感触を思い出して、自身の掌を見下ろしルークは更に頬を赤く染めた。 「……つーか何を考えてんだ、俺は」 「………きゃっ、アニス!」 小さくぼやいた瞬間、小さな悲鳴めいた高い声が聞こえてルークはハッとしてもう一度彼女の方を見た。 アニスがふざけてティアに抱きついているところだった、のだが。 まだ成長途中で小柄なアニスとティアの間には20cm近い身長差があって、ティアがヒールを履いているせいもあって、とどのつまり。 アニスの顔はモロに、彼女の豊かな胸へと埋まっていた。 「ちょ、ちょっと、アニス! 危ないでしょう!」 ティアの方はと言えば包丁とジャガイモを手にしているせいで身動きがとれずに顔を赤くして硬直している。 「いーじゃん、へるもんじゃなし。てゆーか何これ、何食べたらこんなんなるの?」 「ひぁっ!」 ふに、と外側から揉むようにアニスの手が動いて悲鳴が上がる。 その動きにたゆんと揺れた柔らかくて重たそうな質感にゴクリと喉がなるのがわかった。 (と言うか、完全に二人とも俺のこと忘れてねえか……!!) なんだか見てはいけないものを見てしまったような、どうしようもなく居たたまれないような、けれどどう足掻いても目を離せそうにない、そんな状況だ。 思わず凝視しているとふっとアニスがこちらに視線を送ってきた。 「ホンット、ティアってばずるーい」 「や、やめてったら!」 同性ならではの、子供ならではの気安さの相乗効果で遠慮なしに彼女の胸にぐりぐりと頬を押しつけてにんまりと笑う。 (わざとか……!) 言葉はティアに向けられていたが、その間も彼女の死角にあるアニスの視線ははっきりくっきりルークの方に向けられていて、呆然としてしまっていたことも忘れてルークはぐっと唇を噛んだ。 正直言って羨ましい。 けれど羨ましいなんて口が裂けても言えっこない悲しき片想い真っ最中、ついでに思春期真っ最中のルークにとっては刺激が強すぎるやら悔しすぎるやら、いろんなものが頭をぐるぐる渦巻いて、頭に血が上りすぎたのかくらっと視界が揺れた。 「っ……」 いろんなものを堪えきれなくなってもう一度あおのいて木の幹に凭れ掛かる。 「……て、ちょっとルーク、大丈夫?」 それを見ていたアニスは彼の変化にいち早く気付いて流石にやりすぎただろうかと心配気な声を上げた。 「……ルーク?」 多分、先程の脳震盪のせいではない。 ないのだが、そうだと思ったのだろう。 今更のようにルークの存在に気付いたティアが眼を瞬いて、アニスの拘束が緩んだこともあって慌てて包丁とジャガイモを放り出して駆け寄ってきた。 「うわ、危な!」 慌てて包丁を避けたアニスが上げた悲鳴も聞こえていない様子で、傍らに跪いて顔を覗き込んでくる。 「大丈夫?」 「あ、あぁ、大丈夫!」 先程のやりとりというか光景というか、そんなものに逆上せましたなんて言えるわけもなく、罪悪感に駆られて上擦った声を返したルークだったのだが。 「顔、赤いみたい。熱がでてきたのかしら……毒は当たってないわよね?」 ティアはそれをどうとったものか立て続けに心配気な問いを向けてくる。 「ほ、ホントに大丈夫だから!」 「そんな赤い顔で何を言ってるの」 「い、いや、それは、その……」 顔が赤いのは体調のせいなんかじゃありません、なんて言えるわけがない。 その背後で、アニスがはーと音に出さずに溜息を落とす様が見えた。 「こっちの続きはやっとくから、ティアはルークの看病してなよ。ルークは貸しだかんね!」 「……あ、あぁ」 貸し、の意味を正しく把握して ―――――― ティアに黙っておいて上げることを含めての大きな貸しになりそうだ ―――――― ルークは口元に引き攣った笑みを浮かべた。 水を汲んで戻ってきた元使用人と薪を抱えて戻ってきた幼馴染みの姫君が、ティアの膝枕で眼を閉じるルークの姿を見て大いに騒ぎ立てたのは、それから半刻後のことである。 ― END ―
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久々に本編沿いの二人を書いてみました。 ルーク(とティア)をからかうのはアニスの楽しみだと思います(ぇ。 タイトルに使ったアンスリウムの花言葉は「恋に悶える心」デス。 しかし花言葉はサイトや本によって結構違うんですよね……。 |