帰ってきたのはアッシュのED後設定で、オリキャラ(ルークとティアの子供)メインの話です。
死にネタを含み、ティアとルーク以外の男性が(仮面)夫婦な描写があります。
カップリング的にはルクティアですが、
地雷に当たる方も居るかもしれませんのでお心当たりの方はブラウザをお閉じ下さい。

問題ないと言う方はスクロール↓お願いいたします。



















 ――――― フレイルが初めてそれを見たのは、物心付くか付かないかの頃だった。
 通い始めたばかりの私塾で年嵩の子供達に虐められ、けれど優しい母や父に心配をかけたくなくて、子供部屋に籠って一人で泣いていた時のこと。
 『大丈夫か』と、優しい声がしたのだ。
「………」
 部屋の中には自分一人しかいない筈だった。
 声はまだ若い男性のもので、家の中に該当しそうな人物は父だけだったが、父の声でない。
 しゃくり上げるのをやめておそるおそる声の方を降り返る ――――― と、すぐ後ろにゆらゆらと揺れる炎の塊の様なものがあった。
「………!」
『……っ……』
 思わず息を詰めて、そのままの姿勢で退くと、向こうも驚いたように息を飲んだ。
 と言っても炎に目や口があるわけではないので、表情はわからない。
 けれど確かにその時、フレイルにはそれが驚いているように見えたのだ。
 不意のことに悲鳴を上げてしまってもおかしくはなかったが、不思議と声は出なかった。
 相手が驚いていた為でもあるし、聞こえてきた声が酷く気遣わし気だったことも大きかったのだと思う。
 大きな目を更に丸く大きくしてそれを凝視していたら、それがまた小さく揺れた。
『………俺が、見えるのか?』
 先程と同じ優しい声は、改めて聞くと頭の中に直接響くような不思議な響きをしていた。
 おずおずと頷くと、それがふわりと笑う。
『……そっかぁ、見えるのか』
「………?」
 感嘆にも似た息混じりの、不思議な声だった。
 びっくりしすぎてすっかり涙は引っ込んでしまったけれど、鼻水はまだ止まらなくて、それをずずっとやるとその音に炎が覗き込むように動いてもう一度声をかけてきた。
『どうして泣いてたんだ?』
「……っ、じめ、られたから」
 どこの誰とも、人間ですらない相手に素直に答えてしまってのは、聞いたことも無いはずのその声が、どこか懐かしく聞こえたからかもしれない。
『……反撃しないのか?』
「………はんげき?」
『殴り返したりとか、そう言うことだよ』
「………たたくのはいけないことだって、お母さんが言ってたよ」
『……そうか』
 炎はゆらりと揺れて、苦笑したように見えた。
『その、お母さんには、言わないのか? 止めさせてくれるかもしれないだろ?』
「………言いたくない」
 それは母に心配をかけたくないからでもあったし、虐められていることを知られるのが恥ずかしかったからでもあった。
「…………」
『……あー、その、なんだ。俺で良かったら、話ぐらい聞いてやるからさ』
 困った様な気配の後、とんと背中に触れたそれは、予想に反して熱くはなく。
 まるで人肌の様に仄かに、温かかった。



 それはそれから度々フレイルの前に現れるようになった。
 母が体調を崩し、フレイルが落ち込んでいる時が多かったような気がする。
 フレイルの母親は身体が弱かった ――――― 否、厳密に言えば身体が弱いのではなく、身体を壊していた。
 フレイルが生まれる少し前、大きな戦争があって。その時にたくさんの汚染された第七音素を身体に取り込んでしまったのが原因だと言う。
 瘴気そのものは当時の導師の手にとって取り除かれたものの、内蔵へのダメージは軽いものではなく、それを押してフレイルを産んだ為に折に付け体調を崩すようになったらしい。
 それを知ったのは偶然医師達の会話を聞いてしまった所為で、それならば自分を産まなければと思ったけれど、それを知った母は日に焼けない白い腕でフレイルを抱き締めて囁いてくれた。
 『この地上に、あなたよりも大切な人はいないのだから』と。
 母の言葉に嘘はないだろう。
 けれどどうしても罪悪感を感じる。
 父母には言えないそう言ったことを、フレイルは彼 ――――― おそらく ――――― に話すようになった。
 どうやら彼の姿はフレイルにしか見えず、声もフレイルにしか聞こえないらしかったから、人に聞かれたくない話をする相手としては最適だった。
 それに彼は、どうやらフレイルの両親や時々訪れる両親の戦友であったマルクトの将軍や、皇帝陛下についても詳しいようだった。
 一度、両親の知り合いなのかと聞いてみたことがある。
 その時、炎はゆるりと揺れて、少し寂しそうに笑ったように見えた。
「お母さんやお父さんに伝えたいことがあったら、言うよ?」
 そう言うと、炎はしばらく沈黙して、またふわりと笑った。
『……言わなくて良いよ。特にお袋さんは、お化けとか、嫌いだろ? 俺のこと聞いたら、びっくりして心臓が止まっちまうかも知れねーし』
 確かに、母は幽霊の類が苦手だ。
 だから、フレイルがお化けと友達になったことを知ったら悲鳴の一つもあげるだろう。
 でも母は、お化けが怖いことをみんなに内緒にしている。
 だから彼は、きっと母と本当に親しかったのだろう。
 どう行った知り合いなのか聞いても、炎は昔の知り合いと繰り返すばかりでそれ以上のことは教えてくれなかった。
 実を言うとフレイルもお化けの類は怖かったのだが、彼は別で。だから母もそうかも知れないとは思ったけれど、彼が嫌がっている以上それを試してみようとは思わなかった。
 母に負担をかけるのも嫌だったし、何より無理強いをして彼が姿を消してしまうことも嫌だった ――――― その程度には、フレイルにとって彼は大切な存在になっていた。



 炎は少しづつ、姿を現す度に小さくなっているようだった。
 初めは自分が大きくなって行っているのかと思ったが、徐々ににその色合いも薄くなっていっているので、気の所為ではないだろう。
「なあ、あんた、だんだん小さくなってってないか?」
『 ――――― ……そうかもな』
「……消えるのか?」
『………いつかは、な。もう身体もないし、いつまでも彷徨ってるわけにも行かないだろ』
「そりゃ、そうだけど……」
 死んでからも彷徨っているのは、この世に未練があるからだと聞いたことがある。
 では彼は、何に未練を抱いているのだろう。
 その疑問を投げつけると、彼はどこか曖昧に微笑んだように見えた。
『まだ、できることがあるからかな』
「できること?」
 自分以外誰にも見えない、聞こえない存在である彼のできることとは何だろう。
 疑問に思ったけれど、彼はそれ以上のことは教えてくれなかった。



 それは彼に会ってから、何度目かの冬のことだった。
 母が倒れたのだ。
 フレイルはやっと十を過ぎたばかりだったが、これまでにも何度か似たようなことがあったので、それほど取り乱すことはなかった。
 ただでさえ白い母の頬は、血の気が失せてまるで鑞のように白い。
 元が整った顔立ちであるだけに、いっそう痛々しく見えた。
 それでもフレイルの姿を見つけて微笑み、差し伸べられてきた手を取る ――――― 枯れ木のように細く、ひんやりと冷たい手だった。
「……ごめんなさい。貴方がもう少し大きくなるまで、側に居たかったけれど……」
 掠れた声は力なく弱々しい、けれど嘗ての透き通るような美しい声を彷彿とさせるものだった。
 何度も奇跡的に持ち直してはきたけれど、今度こそ本当に最後だと確信しているのだろう。
 母がそんな風に言うのは初めてのことだった。
 室内は静かだった。
 返す言葉が見つからなくて、ぎゅっとその細い指を握り返した時 ――――― フレイルは母の枕元で空気が朧気に揺れるのを見た。
 否、それは空気ではなかった。
 よく目を凝らさなければ見えない程に希薄になった、あの炎だった。
 今にも消えてしまいそうに、ゆらゆらと弱々しく揺れている。
「なんで……」
 ここに、と思わず漏れた声に、母の瞼が重たげに動いた。
 フレイルの視線を追って、視線が動く。
 それが自身の枕元で動きを止めて。途端に、それまで殆ど消えかけていた炎が確かな輪郭を持った。
 揺れる炎が、酷くうっすらとではあるものの、人の形を形作る。
 それは二十歳前後の、鍛え上げられた体躯を持つ青年のように見えた。
 炎に溶けるような朱い髪で、他の色は殆どわからなかったけれど、目だけが鮮やかな緑色している。
「……ー、ク……?」
 母の青い瞳が見開かれ、乾いた唇がかすかに動いた。
「………ずっと、そこに居たの?」
 炎が ――――― 否、炎であったはずの青年が、淡く微笑む。
『……約束、守れなくてごめん』
 フレイルの手を握る手とは逆の手が、彼に延ばされる。
 母は、これまでフレイルが見たことのないような無防備な表情で笑った。
「……いいえ。……貴方は帰ってきてくれていたのね」
 弱々しかった母の声は、何時の間にか嘗ての、フレイルがもっと小さな頃に聞いて居たような張りのある音楽めいた響きを取り戻しているように思えた。
「………私の方こそ、ずっと気付けなくて、ごめんなさい」」
 もう自力で身体を起こすことさえできなかった筈なのに、男に手を引かれるままに音もなく立ち上がる ――――― その冷たい手は、まだ確かにフレイルの手の中にあるのに。
『……もっと一緒に居させてやりたかったけど、もう限界みたいだ』
「またムチャをしたんでしょう」
 愛おしそうに眼を細めてくすくすと笑う様はまるで少女の様だった。
「……貴方が時間をくれていたのね。お陰で私はこの子の記憶に残ることができるわ……ありがとう」
 青年の胸に一度頬を寄せて囁くと、母は振り返ってフレイルの背後に立つ父を見た。
「ごめんなさい、後のことはお願いね」
「……ああ」
 父は眩しそうに目を細めて二人を見つめていた。
 ――――― これはフレイルだけに見えている幻ではないらしい。
「……ぁ……」
 何か言おうと思ったが、言葉が見つからない。
 ふわりとしゃがみ込んだ母が、手を伸ばしてベットの脇に跪くフレイルの頭を抱き締めた。
 頬に触れる指先は、手の中にあるそれとは違って、ふっくらとして温かい。
「………愛してるわ。元気で」
『……本当のこと、話せなくて悪かったな』
 男の手が伸びてきて、くしゃりとフレイルの頭を撫でた。
『……迷惑ばっかかけてごめんな。後のこと、頼む』
 声をかけられた父の顔が、何とも言えない表情に歪む。
 やがて名残惜しげに母の手が解け、立ち上がった母は男の傍らに寄り添った。
 いつもどこか寂し気だった母の顔に美しい笑みが広がり ――――― その幻は、ほんの一瞬で空気に溶けた。
「………」
「………」
 ――――― 最初に我に返ったのは遠方から来ていた医師だった。
 フレイルの手から、力の抜けた母の手を取る。
 母の身体は寝台に仰臥したまま、確かにそこにあった。
 どこからが幻で、どこまでが現実だったのだろう。
「……ご臨終です」
 ただそのことだけは、医師の声を聞くまでもなく、わかっていた。



「……あれが、俺の本当の父さんだったの?」
 家族と、古くからの友人だけのささやかな葬式を済ませた後日。
 二人きりの墓参りの帰り道、足を止めたフレイルがそう尋ねると、父は一瞬眼を見張って、それから少し困ったように笑った。
「………知ってたのか」
「そりゃそうだよ。俺、父さんにも母さんにも全然似てないじゃん。隔世遺伝だとか目の色は父さん似って言われてたけど、目はどっちかって言うと母さんの色だったし、髪もこの色だし」
 フレイルが摘んだ自身の髪先は、あの炎と同じ色をしていた。
 髪の色だけではない。顔立ちもどちらかと言えばシャープで切れ長な印象を持つ両親とは違い、フレイルは子供っぽい丸顔で、目も大きい。
 子供だからと言われればそれまでだが、それを差し引いたとしてもフレイルは両親にまるで似ていなかった。
 尤もそのことは巧妙に隠されていて、親と子は似ているものだ、と言う極当たり前のことにフレイルが気付いたのは極最近のことだったのだが。
 それに ――――― 。
「父さん、女性恐怖症じゃん。触れないのに子供ができるわけ、ないだろ」
 子供だって十も過ぎればそのくらいの知恵は付くのだ。
「………まあ、そうだな。俺達もそのうち話すつもりだったし……」
 それを聞いて目を丸くした父は、苦笑を浮かべてあの青年がしたようにくしゃりとフレイルの頭を撫でた。
「……お前の本当の父さんはな、エルドラント戦役の英雄で、世界を救って、その代わりに身体を失ったんだ。必ず帰ってくる、そう約束したけど、結局帰ってこなかった……来れなかったと思ってた。まさか、ずっと近くにいたなんてな」
 懐かしさと愛しさを綯い交ぜにしたような眼が、自分を通して違う誰かを ――――― 自分に良く似た、あの青年のことを見ているのだと思った。
「あいつが行方不明になった後、思いがけずお前がお腹にいることがわかって、母さんは一人でお前を生んで育てることに決めた。でも色々事情があって、父親が居た方がいいってことになったんだ」
「……色々な事情?」
「お前のお父さんの実家には当時跡取りがいなかった。お前があいつの血を引いてるってわかったら取り上げられるかかも知れないって話になったのさ。その後アッシュは帰ってきたんだが……俺も母さんも、お前には普通に育って欲しかったから、そのままお前を俺と母さんの子供として育てることに決めた」
「……普通って?」
「学校に行ったり友達と遊んだり、そう言うことをして欲しかったのさ」
 学校に通うことも、友達と遊ぶことも、何も特別なことには思えない。
 父の ――――― 養父の言葉の意味がわからず、首を捻れば優しい養父は苦笑めいた表情を浮かべた。
「俺も母さんも、お前の本当の父さんも、それぞれの事情で学校に通ったり友達と遊んだり、そう言う普通の子供時代を送れなかったんだ。だからどうしてもお前には普通の子供時代を送って欲しかったのさ」
 それは、フレイルが生まれる前にあったと言う戦争に関係しているのだろうか。
「俺は女性恐怖症で自分の子供を作るのは難しいだろうと思ってたし、何よりお前の父さんは俺の息子みたいなもんだったから、お前の父親役ができるなら願ってもなかったし……。母さんも……その、あまり長生きができないだろうって言うのはわかってたからな。そうなった時、お前がちゃんと一人でやっていけるようになるまで保護者が必要だろう?」
「……父さんって、そんなに年だったっけ?」
 確かに父は母より少し上だったような気はするが、あの青年のような大きな子供がいるようは年には見えない。
 否、そもそもあの青年はフレイルの父親なのだから、外見通りの年齢とは限らない。
「色々事情があるんだが……ま、それもおいおい話してやるさ。お前が、あの頃のあいつと同じくらいの年になるまでにはな」
 そう言って、今ではただ一人の家族になった養父は、頭上に広がる青い空を見上げてもう一度くしゃりとフレイルの髪を撫でた。

― END ―


 こちらは2014年冬発行の「君のいない未来」の別ver.になります
 人を選ぶネタだと思ったのでpixivで公開させて頂きアンケートを取っていたのですが、サイトの方しか見ていないと言う方もいらっしゃっるようですので再録させて頂きました。
2014.12.27

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