「ティア……」 「 ――――― なぁに?」 名前を呼ばれて振り向いた彼女の、笑った顔に息を飲む。 蕩けるように甘い、甘い声。 普段はきつく真一文字に引き結ばれた薄い唇が甘やかに解けて。 その淡いピンク色が、頬と一緒に上気した所為で少しだけ濃く色付いて見えて、そうするとまるで紅を差したようで。 固い蕾が綻んで大輪の花が花開く瞬間を目にしたような、そんないっそ感動的な気分になる。 凛とした強さを感じさせる蒼い瞳も熱っぽく潤んで、そうすると年相応の幼さであったり甘さが覗いて、なんだかもういろいろと堪らない気分になる。 きっと彼女は本当はこんな風に笑っていることの方が似合う女の子なのだ。 如何にも軍人然とした冷徹な仮面の下には、たった16歳の、それも人見知りで怖がりで可愛いものが好きな極普通の女の子がいる。 「………さーん!」 「……っ!」 呆然とその様に見惚れていたら、げしっと軽い力で肩を蹴られた。 ルークの肩に乗っかっていた小動物が、其処を足場にぴょーんと宙を舞ったのだ。 青緑色のチーグルの丸っこい身体はそのまま綺麗な弧を描いて彼女の胸元へと飛び込む。 予測はしていたことだし、大した力でもないので痛いと言う程のことでもないのだが、 悪気がないのはわかっているし、他に移動方法がないのもわかっているのだが。 ――――― 足蹴にされるのはやっぱりムカつく。 否、ムカつくのはきっと、ミュウが飛んだ先が彼女のところだからだ。 「僕、ティアさんのこと大好きですのー!」 「ふふ、私もよ?」 すーりすーりと遠慮のない仕草でティアの胸元に顔を押し付けて懐いている、幼い聖獣。 それに向けられる、自分には一度も向けられたことのないような、甘い顔。そして声 ――――― 。 厳密に言えば向けられてはいるが思いっきり無自覚で。 こう言うモードに入った彼女にとってはルークは視界に入っていないか精々ミュウの足場か背景ぐらいにしか写っていないのだろうと思う。 随分前から分っていたことだし、今更だ。 ティアにとって自分は最初は庇護対象で、厄介なお荷物で。 曲りなりにもそれを脱出した今でも特別と言うには程遠い。 否、ある意味では特別かもしれない。 手のかかる弟だとか、出来の悪い教え子だとか、そんな風に思われているのではないかと感じることはある。 具体的に言えばケセドニアで露天に夢中になっている間に逸れて探しに来てもらっただとか、料理の腕が一向に上達せずに手伝ってもらっているだとか、第七音素の勉強の際に二人きりなのが気恥ずかしくて気を散らしてしまったのがバレて叱られただとか。 赤の他人よりはマシかもしれないが、何とも情けない。 あれ程の極上笑み、とまでは言わないまでも。 もう少し。もう少しだけ、自分にも笑って欲しいと思うのは贅沢だろうか。 「…………」 そんなことを考えながら、羨ましくも疎ましいチーグルを睨みつけていたらぽんと軽く肩を叩かれた。 「………っ!?」 「……羨ましいんでしょう?」 驚いてびくっと肩を跳ね上げると、何時の間にか背後に忍び寄っていた陰険眼鏡にイイ笑顔でそんなことを言われて。 「だっ、誰が羨ましなんつったよ!! お、俺はミュウなんかこれっぽっちも羨ましくねぇだからな!!」 「おや〜。誰がミュウのことだといいましたか?」 「……ッ!! お、おまっ、お前がッ……!!」 ――――― 思い切り墓穴を掘り下げることしか出来なかったルークだった。 ― END ―
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ミュウはおそらくルークに「お前ウザイからティアんとこ行ってろ」とか言われたから飛んだのにきっと後から「お前ムカつく」とか言われるわけです。 そんなルークが可愛いと思います(笑)。 |