※ こちらはオフライン版逆行パラレル、ルーク&ティア(+何時の間にかアッシュも)逆行ギャグ寄り
  力押しルート「Harmonia」と同設定のSSとなります。



「俺、ティアのチョコ欲しい」
「 ――――― ……はい?」
 あまりにも突然すぎて、何の話だかまるでわからなくて。
 切れ長の瞳を丸い形に見開いて、ティアは小さく首を傾げた。
「私、チョコなんでもってないわよ?」
 ルークはそれを聞くと、はぁぁと深い溜息を落とした。
「……やっぱティアはそういうの、興味ねっかぁ……」
 はぁぁともう一度、やたらと溜息が深い。
「甘いものは嫌いではないけれど?」
 彼がそれほどまでに落ち込んでいる理由がわからず首を捻ったティアに項垂れていたルークが顔を上げた。
「……あれ、もしかして、おまえ……ひょっとして、今日が何の日か知らなかったりする?」
 何だか会話が噛みあわない。
 そう思って恐る恐る尋ねると、彼女は蒼い瞳を瞬いてますます訝し気な表情になった。
「あなたの誕生日はまだ先よね? 聖誕祭でもないし……あとは ――――― ……」
「……そっか、しらねーのか。魔界ではバレンタインとかやんねーのか……」
 ティアの応えに、それまで項垂れていたルークが一瞬目を見張ったかと思うと、嘘のようにニコニコ笑顔になった。
「ん。そっか。じゃあしょうがねーよな、うん」
「…………何なの?」
 ティアの方はといえば、妙に嬉しそうな癖に何の説明もないルークにだんだん困惑が苛立ちに変わりつつあるようだ。
「や、ならいいんだ。なんでもねーよ。……あ、そだ。俺、今日買い出し当番だったんだ。アニスに怒られねーうちにちょっと行ってくんな!」
 ルークはそんなティアの様子に気付いているのかいないのか、ウキウキとした足取りで部屋を出て行ってしまった。
「…………なんなの、一体……?」


「ティア、これやるよ!」
 夕刻になって再びティアの部屋を訪れたルークの手には、ピンクのリボンの付いた小さなテディベアと、こちらもピンクの小さな箱が乗せられていた。
 昼間の話の続きだろうか。そう思いつつ首を捻る。
「……今日は私の誕生日と言うわけでもないわよ?」
 ルークはにこーっと、それはそれは嬉しそうに笑った。
(………あ、かわいい ――――― ……)
 思わずそんなことを考えてしまって、じわりと頬が赤くなるのがわかる。
「今日はバレンタインデーつって、女から男にチョコを渡して告白する日なんだぜ」
「………女が、男に?」
 思わずルークの手元を見下ろして、私が、あなたに、と自身と相手の胸を指で指すようにして確認してしまう。
 ――――― それは、つまり。貰えないのなら上げてしまえ的な発想なのだろうか?
 そんなティアを見ていたルークはくっくっと肩を震わせて笑い始めた。
「な、何で笑うの!?」
「だってお前の困った顔、スゲーかわいい」
「なっ……!」
 じわりどころでなく顔が赤った。
 このヒヨコは何時からこんな風に、臆面も無くなったのか。
 もう思い出せないけれど、何時まで経ってもなれることが出来ずにいる。
「別に催促とかそんなんじゃねーって。元々はそういうイベントなんだけど、最近では逆チョコつって男から女に上げたりもするんだってさ。だからアニスに手伝ってもらって作ってきたんだ。一緒に食おうぜ」
 ルークはそう言ってベッドに無造作に腰を下ろし、隣に座れとでも言うようにぽすぽすと自身の傍らのスペースを叩いた。
「……もう」
 ティアの口から漏れたのは呆れたようなそれだったけれど、自然と頬が緩んでしまっている。
 隣に腰を下ろすと、ルークはごそごそと包みを広げ始めた。
「こっちは俺からティアにでー、こっちはアニスに貰ったんだ。俺のはあんま美味くないかもしんねーから、口直しな」
 ルークからのものと言う箱に入っていたのは歪なハート型のそれで、表にホワイトチョコで辛うじて判別の付くぐにゃぐにゃとした文字で『ティアへ』と書かれていて微笑ましい。
「……あら、でもアニスからって……」
 何故、と首を傾げるとルークは事も無げに笑った。
「恋人達の日でもあるんだけど、普段世話になってる人に渡す義理チョコとか友達に渡す友チョコってのもあるらしいぜ?」
「そうなの………いただくわね?」
「おう!」
 折角の気持ちだ。ありがたく受け取って口に運んでみる ――――― が、これが結構カタイ。
「ご主人様! 僕もチョコレート欲しいですの!」
「……ってオマエ、チョコなんか食って平気なのか?」
「わかんないですけど欲しいですの!」
 駆け寄ってきたミュウがぺちぺちとルークの足を叩く。
 どうやらミュウもよくわからないなりに参加したくてたまらないようだ。
「しょうがねえなー。ハラ、壊すと困るから一個だけだぞ?」
 足に纏わり付いてくるのを適当にあしらいながら隣のティアを見やる、と。
 彼女は大分苦労している様子だった。
 チョコ以外のものは混ぜていないから味は多分、不味くはないと思うのだが。
「…………マズイ?」
「いいえ、そんなことはないわ。ただ少し、硬くて……」
 ぐぐっと力を入れた途端、バキッと予想外に大きな音がして、ティアと二人沈黙する。
「………っ、あははは! しょーがねーなー。口直しっ」
「きゃっ! ちょ、ルーク!」
 不意打ちで顔を寄せて口付ける。
 小さな悲鳴を無視して戯れついていたら擽ったいのかティアも笑い出して、「僕も一緒に遊ぶですの!」とミュウが飛びついてきて。
 そのくりくりとした大きな目を片手で塞いでもう少し深いキスを ――――― しようとしたら、ズキリと頭が痛んでルークは眉を顰めた。
「………ッ、て ――――― 」
「ど、どうしたの?」
「あぁ……や、うん。アッシュからのSOS?」
「…………は?」


 ルークに促されるままに宿屋の一室に向かうと、床に誰かが倒れていて。
 慌てて駆け寄るとそれが赤い髪の男性だとわかって。
 紫色の顔をしたアッシュであることがわかって。
 周囲に大小二つのプレゼントらしき空き箱が散乱しているのを見て、ティアは全てを悟った。
「………ナタリアもチョコ、作ったの?」
「ん。俺が嫌そうな顔したらアッシュが、なら俺が二人分食うつって」
 貴様なんぞにナタリアのチョコがやれるか、と言うことらしい。
 何となくこうなることは予想してたんだよなーとばかりに平然とそう言って、ルークはきゅぽんと手にしたボトルの ――――― ライフボトルの栓を抜いた。
 立ったままアッシュの頭めがけてドボドボとその中身を注ぐ。
「…………ッ、がはっ、ごぼっ…………殺す気かテメェ!!」
 暫らくすると彼はがばっと勢い良く身体を起こし。ぐいっと乱暴に袖で顎を拭うとルークの襟首を掴み上げてきた。
 ボトルの中身は見事に顔を直撃、危うく室内で水難事故になるところだった。
「助けてやったんだから贅沢言うなよなー。あ、ティア、ファーストエイドかけてやってくれる?」
「ぁ……え、えぇ」
 この為の人員だったのかと思いつつ、ティアはアッシュの傍らに膝を付いた。
「 ――――― ええと……その、お疲れ様」
 なんと声を掛けたものか躊躇いながら告げると、チッと舌打ちの音が聞こえた。
 彼の愛情深さはそれこそ驚嘆に値するが、やせ我慢にも程がある ――――― ナタリアの前では平静を装ったに違いないのだ。
「あ、そだ。口直しの俺からの義理チョコやるよ」
 それを見やりながら思い出したように手を打ち合わせたルークから差し出されたのは、あからさまに失敗作の、文字の残骸らしきものが付着したチョコレートだった。
 無論、ティアに上げるチョコレートを作っていたときの失敗作である。
「……あからさまな失敗作じゃねぇか!!」
「ナタリアのより味はマトモだと思うぜ?」
「ナタリアを悪く言うなこの屑がッ!」
「いーだろ、義理なんだし。大体俺から愛の詰まったチョコ貰ったって気色悪いだけだろーが」
 ――――― 二度目の人生で色々悟って色々考えて開き直ったルークはとにかくマイペースだった。
 一度目の時の卑屈さが嘘のように打たれ強い ――――― どちらがマシだったのだろうとちらりと思ったが、どちらにせよアッシュの返す言葉は決まっている。
「これでも充分気色悪いわッ!」
「ガイは喜んでくれたんだけどなぁ……」
「失敗作を配りまくるな!!」
 のほほんと首を傾げるルークを怒鳴り散らすアッシュを見やりながら、ティアは頬に手を当てて小さく溜息を吐いた。
(…………こう言うの、暖簾に腕押しって言うのよね……)

 ――――― 仲良きことは美しきことかな………多分。

― END ―
 

 トリプル逆行設定(Harmonia)でバレンタインでした〜。
 WEB連載版と違ってティアが一緒のルークは開き直って超元気に暴走中です。
 そんでもってアッシュはマトモであるが故に不憫です(笑)。

2010.04.19

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