逃げられないよう壁についた両腕の間に閉じ込めて、距離を詰める。
 身を屈めて口付けようとしたら……けれど彼女は無言のまますっと俯いてしまった。
 彼女の方が幾分背が低いから、そうなるともうどんな表情をしているのか伺うことが出来ない。
「……避けんなよ」
「……………放して」
 ルークの言葉を聞いているのか居ないのか、ティアはそれには応えらしき応えは返さず、小さく……本当に小さく、蚊の鳴くような声でそう言った。
 ―――――― けれど、放してなんかやらない。
「………やだ」
「っ……」
 鋭く息を呑む音がして跳ね上げられた少女の顔は良く熟れた林檎の様に真っ赤だった。
 普段の冷徹な軍人然とした表情が嘘のように無防備な表情で、可愛い。
「俺、オマエのこと好きだし。オマエだって俺のこと、嫌いじゃねーだろ?」
 彼女が、自分に幾許かの好意を寄せてくれていることは知っている。
 それは彼女の態度だったり、周りの言葉だったり、どれも確証のないものではあるのだけど。
 それでも今、確信を持ってそう言えるのは彼女がルークの腕の中でただ俯いているからだ。
 もし本当に嫌なら、とっくに喉元にナイフが突きつけられているか、引き摺り倒されて腕を捻り上げられているかされているはずだった。
 ……この間、ゼロスがやられていたから間違いない。
 廊下で口説かれているのを見て咄嗟に止めに入ろうと思ったのだけれど。
 ルークが動くより早く、彼女の一見細い右腕は肩に乗せられた男の腕を払い落とし、その喉元に冷たいナイフを突きつけていた。
 どうやら突然背後から触れられたことによる反射的な行動だったらしく後で謝っていたが……どんだけ軍人染み付いてんだ、と思わず呆れてしまった。
(ありゃ流石に引いてたよなー……)
 軽くあしらわれることには慣れていても、無表情のままナイフを突きつけられるのは流石に想定外だったようだ……想定内の方がおかしいか。
 ルークは彼女にとって護衛対象だから流石に其処まではされないかもしれないが、でも本当に嫌なら彼女はとっくに凍り付くようなアイスブルーの瞳で睨みつけながらぴしゃりとやっているはずだ。
『……調子に乗らないで』
 以前はよく言われたけれど、最近ではあまり聞くことも無くなった懐かしいフレーズが脳裏を過ぎった。
 王侯貴族に向ける言葉ではないかもしれないがそれも今更だ。
 ルークは堅苦しいことは苦手で、公式の場意外では普通にしてくれてかまわないと随分前に言ってあるし、実際彼女達はあまり身分を感じさせない口調で話しかけてくれている。
 『対等』でいられる気がして、ルークはそれが好きだった。
 屋敷に居た頃にはそんな風に話せる相手など殆ど居なかったから。
「……っれでも、ダメなの……!」
 再度俯いた彼女にぐいと胸を押し返されて、でも距離は縮まりも遠ざかりもしない……腕力ではルークの方が圧倒的に上だ。
「なんで?」
 否定されなかったことに内心でほっとしつつ、尋ねる。
「………………」
「………………」
 黙りこくってしまった。
「……こっち向けって!」
「………あ、貴方が王族で、私が一介の軍人に過ぎないからよ!」
 覗き込んで半ば無理やり顔を上げさせようとしたら鋭い声が返って来た。
 今度は結構本気で突き飛ばされて、驚いたのと予想外だったのが相俟ってたたらを踏んでしまう。
「待てよッ」
「っ……」
 素早く身を翻しするりと腕の中から逃げ出してしまった彼女に追い縋り、その腕を掴む。
( ―――――― 今更だ。そんなの、今更すぎる)
「んなのカンケーねーだろ!!」
 叩きつけるようにそう言ったルークに、キッと睨み付ける様な視線が向けられた。
「か、関係がない訳ないでしょう! ……お願いだから、放して」
 怒鳴りつけるようなきつい言葉は、けれど重ねるうちに泣いてしまいそうに弱々しくなって、彼女はそのままずるずるとその場に座り込んでしまった。
 その様は彼女が普段、自分の護衛を勤めている優秀な軍人だというのを忘れてしまいそうなほど頼りな気で、儚気だった。
 小さくて細くて、華奢で………綺麗で。
(…………守られるんじゃなくて、守りたいんだ)
 ―――――― 好きだから。
 立場とか、生まれとか、そんなものどうだっていい。
 彼女が居てくれたから、自分は変われた……今ここに居る。
 ―――――― だから。
 彼女の前に跪いて、左手でその頬を包み込むようにして少し強引に顔を上げさせる。
 その蒼玉サファイアの瞳を真っ直ぐに覗き込んだ。
「…………嫌だ。俺、絶対、お前を俺のもんにする」
 ティアが驚いたように目を見張って………今、自分が何を言ったのか気づいて、ルークは慌てて彼女の手を放した。
 かぁっと顔が赤くなって、熱くなって、片手で乱雑に頭を掻いてそれを紛らわせようとする。
(……………今俺、なんつった?)
「……ぁ、いや、その、そりゃ……ティアが、本気でイヤならしねーし、できねーけど………そうじゃなくて、その……えっと、あの……だから、えぇと……なんだ………」
 恥ずかしくて穴があったら入りたいような気分でぼそぼそとどうでもいいような接続詞ばかりを重ねていたのだけれども。
 そうしているうちに不思議とどんどん気持ちが落ち着いてきた。
(………うん、俺、間違ったこと言ってない)
 ティアを好きな気持ちは本当で、自分のものにしたいのも本当で。
 それをそんな理由で拒絶されるのはまっぴらごめんだと思う。
 ―――――― 王族である前に、公爵家の人間である前に。
(…………俺は、俺だ)
 ルークの気持ちは、他の誰でもないルークだけのものだ。
 無論誰かに左右されることもあるだろう。
 いい意味でも、悪い意味でも、他人の影響を受けずに生きていくことなんか出来ないのだから。
 でもどう感じるかは自分次第だし、最終的に決めるのは自分自身でしかない。
(……………だから……)
「……そう言う、『気持ち』以外の理由でダメっつーのは聞かない」
 否定することを許さない強さと真っ直ぐさを持って、彼女を見つめた。
 彼女は暫く驚いたように目を見張ったままだったけれど。
「…………バカ」
 やがて極々小さな声でそう言って、くしゃりと両手で顔を覆ってしまった。
 ―――――― ティアはもともと、あまり他人に興味がある方ではなかった。
 敬愛する教官の様になること、同じく軍人である兄に恥じぬ軍人になること……幼い頃からそんなことばかりを考えていて、同じ年頃の少女達が興味を持つような恋愛ごとであったりおしゃれであったり、そう言ったことには目もくれずにきた。
 気がつけば他人と……特に同じ年頃の他人との間に壁を作る様になってしまっていた。
 でも彼はティアの前にあった壁をいとも簡単に打ち壊し、乗り越えてしまった…………壁があることさえ気づかず真っ直ぐ突っ込んできてそれを破壊してしまったとも言えるのかもしれない。
「………好きだよ、ティア」
 耳朶に唇が……少し濡れた感触が触れる
(相手が悪すぎるわ………)
 そろりと伺うように見上げた相手が、嬉しそうに笑うのがわかる。
 今、自分はどんな顔をしているのだろう。
 彼が喜ぶような、そんな表情をしてしまっているのだろうか。
 そんなことを考えていたら、綺麗な緑柱石エメラルドの瞳が近づいてきた。
「………………… し、も……」
 今度は避けることが出来ずに、ティアは僅かに瞼を震わせて目を閉じた。

― END? ―


 マイソロ2のルークはリアル17歳なので、このぐらいやっちゃってもいいのではないかと思います(笑)。
 身分違いの恋な感じが非常にメロドラマです。
 このルークはきっと止まらない……普通に育ってきている分(育成環境に問題がありそうなアホの子っぷりですが)、動き出したら本編より展開速そうな気がします(笑)。
 軽く動画とか色々見たんですが、マイソロルーク、天然っぷりが強化されててやたらと幼く見え……(笑)。
 しかし幸せそうでいいなTT。ルークとアッシュが双子(しかもルークお兄ちゃん)がツボりました(笑)。

2009.06.08

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