だんだん寒さもゆるんできて、でもまだ桜の便りには遠い、今日は三月三日、ひなまつりの日だ。
 もうおまえたちは受験生になるんだからな(遊ぶなよ勉強しろよ!)、という教師の念押しも、この陽気ではどれほど生徒たちの頭に残っているかあやしいものだ。学校での勉強に対して苦手意識をもっている者ならなおさら、そこから逃げたい衝動も大きい。

 しかし、そうやって特に教師から目をかけられている(チェックされている)者の中にも、殊勝な生徒がいたらしい。
 すっかり葉を落とした銀杏並木に付属した小公園のベンチに、彼と、彼の臨時家庭教師役の青年の姿をみとめることができる。小さな低いテーブルも据えられたそこは、普段は小さな子どもたちのままごとの場所だ。

「ええと・・・」
 ベンキョでちょっとわかんないとこあんだけど見てもらえないかな、と自分から言い出した割には歯切れわるく、カズ君が僕の顔を見る。焦ってこまっていて、でもそれをすんなり口には出せなくて、というその表情がかわいくて、僕はまじめな表情を保つのに少し苦労する。
「遠慮なくどうぞ」
「・・・わかんねーのばっか残ってて、なんか終わる気しねーんだけど。ひとまずコレ」 ぺらっと課題のテキストをめくってみせてくれる。
「まぁまぁ。最初の一問を解かなきゃはじまらないんだし」
 たしかに先は長そうだけどね、という含みをもたせて言うと、同意の(あきらめの)吐息がかえってきた。


【 周囲2qの池を、A・B二人が周るのに、同時に同じ場所を出発して、反対の方向に周ると12分で出会い、・・・ 】

「俺ダメなんだこういうの。列車とかでも似たやつあんだけど、追突すんだろとか思ったりする・・・」
 ぼそぼそと言い訳のように言って、きまりわるそうにそっぽをむく。
「追突するようだったら問題にはならないんじゃないかな」
「そーだけど・・・」
「気持ちはわからないでもないけどね。
 ほら、まず二人の歩く速度が違うことがわかっているから、それをそれぞれ毎分xm、ymとおいてみる。すると、問題文から二つの式を立てられて・・・」
 説明を聞くカズ君の顔は真剣で、思わずこちらにも熱が入ってしまう。学校でもこうなら、僕の助力を待つまでもない優等生だと思うんだけどなあ。
 僕の初めての先生役も、少しは役に立ったようでうれしい。

 ・・・そんなことを考えていると、ノートに何かせっせと書きつけていた彼が顔を上げた。
「あのさ、これ解いてみて?」

【 周囲2qの池を・・・ 】

 ああ、さっきの問題か。

【 ・・・スピット・ファイアと葛馬二人が周るのに、・・・ 】

 おやおや。

【 ・・・二人の速度を求めよ。 】

 ?? 何の変わりも無いようなのだけど、作成者の目は期待に満ちてこちらを見返してくる。
「・・・わからない、かな」 正解は?
「おんなじ!」

 現実にはATがあるんだし、わざわざすれ違って歩くなんてありえねーし!
 あんたが進んでたら追いつくし、俺が行き過ぎてもあんたはすぐに来てくれるだろう?


 ・・・そうだね。僕たちの現実に適用すれば解答も変わるか。


 スピット・ファイアはこれを模範解答とみなし、ご褒美に近くの喫茶店での一休みを提案することにした。
− END −


遠矢様
「『輝く』てのがどうにも書けず、遅参のわりにクリアできてなくてすみません…;
 (自分悪目立ちしてそうですが)素敵企画に参加できてうれしいですv
 &いろんなシチュのスピとカズが見れて幸せです、ありがとうございました!」
戻ル。