細く開けられた窓の外から微かに子供達の声が聞こえる。
 はしゃいだ様な、笑みを含んだ。
 その音に惹かれる様にふと視線を落とした先、オレンジ色のランタンの光が通過していくのが見えて葛馬は僅かに目を見開いた。
(あ、そっか……今日ハロウィンだっけ……)
 中学生になって、子供の行事からは卒業してしまったからすっかり忘れていた。
 小さな頃は毎年、母親や姉の用意してくれた衣装に身を包んで夜の街に繰り出したものだけれど。
 仲の良いイッキ達は参加していなかったし、大きくなるにつれてだんだん仮装も恥ずかしくなってきてやめてしまった。
(夜、出かけるのが特別みたいで楽しかったんだ……)
 中学生になって、両親が海外に赴任して、夜出かけることも珍しいことじゃなくなって、だから昔ほど魅力を感じなくなった所為もあるのかもしれない。
 第一ハロウィンは子供のお祭りで、小学校高学年に入るとだんだんリタイアしていくもので……。
「……カズ君、どうかした?」
「あ、いや……えーと……今日、ハロウィンなんだなと思って」
 隣に座っていた男に声をかけられて、葛馬は窓から視線を戻し膝の上に広げっ放しになっていた雑誌を閉じた。
 練習の後、何時ものようにスピット・ファイアの部屋を訪れて夕食をご馳走になった。
 姉の帰りが遅い日はこうやって彼の部屋で短い逢瀬を重ねる。
 休日でもないのに一緒に居られるのは妙に嬉しくて、前は嫌だった姉の不在が嫌ではなくなった辺り現金と言うか何と言うか……。
「ああ、そうだね。カズ君は仮装とかしたりしないの?」
 慣れているはずなのに、穏やかに微笑んで小さく首を傾げたスピット・ファイアの綺麗な貌にドキリとする。
 葛馬の年上のコイビトは男だけど美人で、それだけじゃなくて優しくて大人で背も高くて、その癖どっか可愛くて何故自分なんかを選んでくれたのかわからないぐらい魅力的な人だ。
「……もうそんな年じゃねぇだろ」
「残念だなあ、カズ君ならきっと何着ても可愛いのに」
「……あんま可愛いとか言うなよ」
 心底残念そうにそう言って、何かを想像するかのように目を細める男に小さく唇を尖らせる。
 一つだけ、仕方がないことなのかもしれないけどそれでも一つだけ、どうしても不満なことがあるからだ。
「ホントに可愛いんだから、仕方ないでしょ」
「可愛いとか言われても、嬉しくねぇし……」
 否、本当は嬉しくないこともない。
 他の奴に言われたって嬉しくないし、むしろ舐めてんだろと一発殴ってるところだけど、この男相手だと違って。
 彼が揶揄等ではなく本当に自分を可愛いと思っているのが伝わってくるし、妙に擽ったい様な幸せな気分になるしで別に嫌ではないのだ。
(でも……)
「今度何か用意するから着てみない? カズ君かっちりした格好も似合いそうだよね。スーツとか……ネクタイじゃなくてクロスタイとか似合うと思うんだ」
 膝の上の雑誌が取り上げられて、ソファの前のローテーブルに置かれて、額にちょんと唇が触れる。
 鼻筋を辿るように滑って、鼻先に、それから目尻にも一つ。
 幼い子供を宥めるような柔らかで愛おし気な仕草だ。
 アイされてる、って感じが嬉しくて擽ったいけど、でもやっぱり子供扱いには不満がある。
「……ぁ、あんま子供扱い、すん……」
 すんなよ、と言いかけた時だった。
「Trick or Treatー!!」
「スピット・ファイア、お菓子ちょーだい!!」
 幾つもの子供の声が耳に飛び込んできて葛馬は目を見張った。
 ばっと顔を上げて開け放された窓の方を見やると、白いおばけのようなローブを身に纏い、思い思いのお面を被った子供達が鈴なりになっている。
 顔こそ覚えていなかったが、マンションの最上階に位置するこの部屋に窓から進入してくることのできる子供達となれば他にいるはずもなく、一度だけ会ったことがある夜の鳥のメンバーだとすぐにわかった。
 スピット・ファイアと同じ創生神に所属するチームで、だからハロウィンのお菓子を強請りに来たのだろう。
 けれど予想外の人物の存在を目にして、どこかきょとんとした表情を浮かべている。
 オトコとオトコが抱き合うみたいに至近距離で顔寄せ合ってたんだから当然っちゃ当然だろう。
「っ……」
(やばっ……)
 慌てて男の顎を押し上げて距離を取った、けれどそのままどうしたらいいのかわからなくて硬直してしまう。
(どうしよう、どうしよう、どうしよう……!!)
「あぁ、ごめんね。すぐ取ってくるから待ってて?」
 内心パニックでだらだらと汗を流す葛馬を他所に穏やかに微笑んだ男は何事も無かったかのように立ち上がってキッチンの方へと足を向けて。
 残された葛馬は何が何だか良くわからない様子ながら興味津々の様子で先客を見つめている子供達の視線に逃げ出したい気持ちで白い革張りのソファに突っ伏した。


 子供達は訝りながらも目的のお菓子を手に手に軽やかにベランダから零れ落ちていった。
「……つーかありえねぇっ!!」
 窓辺で彼らを見送った男がソファに戻ってくるのに、葛馬は真っ赤になった頬を押さえて小さく毒づく。
「………ごめんね、驚いた? もう少し遅い時間に来るかと思ってたんだけど……」
 どうやら窓からの闖入は恒例のことらしい。
「お前には羞恥心ってモンが無いのか!!」
 それにしても落ち着きすぎだ、と声を荒げる葛馬に男は少し困ったようにけれどふんわりと微笑んだ。
「大丈夫だよ、このぐらいはスキンシップだって」
 長い腕で抱き込まれて、ちゅと小さく濡れた音を響かせて額にキスが落ちる。
 頬にも、目尻にも、幾つも幾つも。
「ちょ、やめろって……!」
 キスで機嫌を取ろうとしているのがわかって相手の顔を押し返そうとする腕を捕られて、指先にもキスが落ちて。
「お菓子、上げるから機嫌直して?」
「っ……!」
 どこか悪戯っぽく囁かれて葛馬は動きを止めた。
 ふざけて、言ってるだけだってわかってる。
 本気じゃなくて、ハロウィン気分を盛り上げようとか、その程度のことだって。
 でも今の葛馬にはそんなの全然、通じなかった。
「誰がお菓子なんか欲しいっつったよ」
「……ぇ?」
 どこかきょとんとした表情で首を傾げる様子に、キレた。
「子供扱いすんなっ!!」
「ちょ、カズ君……?」
 思い切り腕を振り上げてスピット・ファイアの手を振り払う。
 パシッと辺りに乾いた音が響いて、珍しく男が驚いたように目を丸くするのが見えた。
「……ごめんね、そんなつもりは……」
「なくても! 充分子供扱いだろっ!!」
 男の言葉を遮って、昂ぶった意識のままに裏返ったような高い声を上げる。
 ……子供扱いが気に入らない。
 キス、しようとしてたのを見られたのが気に入らない。
 子供達とお揃いのお菓子が自分の分も用意されていたのも気に入らない。
 子供達の中にチームリーダーの鵺の姿がなかったことも気に入らない。
 鵺の分のお菓子が無かったことも……彼の方が自分よりもっと子供のはずなのに、彼は子供扱いされていない……全部全部、気に入らない。
「……っれは、お前の、ぃ、ビトじゃねーのかよッ! なのに、いっつも、ずっと、子供扱いばっかでっ……」
 堰を切ったように溢れ出した言葉に、鼻の奥がつんとする。
 一度口に出したら止まらなくて、だんだん哀しいと言うより腹が立ってきた。
「その癖こういう事はする癖にっ」
「わ、ちょっ……!」
 ぐいっと男の纏うハイネックの上着の裾を引っ張り上げる。
 すっきりと細身で、けれどまるでアスリートのように引き締まった筋肉に覆われた腹部が露になって、予想外の事態に本気で焦った声が上がった。
 滅多に見ることの無いスピット・ファイアの狼狽した様子に少しスッとした。
「俺だって男なんだぞ、いつまでも受身ばっかじゃねーんだからなッ!!」
 そのまま引っぺがしてやろうとソファに乗り上げて、男に馬乗りになる。
 珍しく葛馬が優位、だった。
 その瞬間までは。
 けれど次の瞬間男が呟いた言葉に葛馬は動きを止めざるを得なかった。
「……カズ君のえっち」
「…………へ?」
 何を言われたのか、わからなかった。
 男の言葉を頭の中で反芻して、その意味を飲み込んで。
 じわじわと耳の辺りに熱が集まってくるのを感じて息を呑む。
「っ、お前ッ!! え、えっちじゃねーだろえっちじゃ!! お前だっていつもやっ……やって……」
 やってること、と言おうとしたけれど、でもそれに言及してしまうと不味いことになってしまいそうでイロイロ思い出してますます、メチャクチャ、顔が赤くなっていくのがわかった。
「うん」
 そんな葛馬を見上げて、男はふんわり綺麗に笑った。
「子供だと思ってたらそんなこと、しないよ?」
 上体を起して、顎先にキスを一つ。
 茹蛸のように真っ赤になってしまった葛馬の頬に触れて、その小さな頭を胸元に引き寄せる。
「…………」
 葛馬は僅かに躊躇する気配を見せて、けれどそろそろとスピット・ファイアの胸に頭を乗せてきた。
「子供扱いじゃなくて、一緒に食べたかったんだよ?」
 ぽんぽんと、宥めるように細い肩を撫でながら囁く。
「………うん」
 それを心地よく感じながら、葛馬は小さく頷いた。
 子供扱いはイヤ、だったけど。
 でもこうやって身体を重ねているとあったかくて落ち着いて、そんなのどうでもよくなってくる。
(……しょうがねーよな……こいつ、こう言うヤツだし……)
 子供扱いしている自覚なんか無いのだ、きっと。
「モロゾフのパンプキンチーズケーキもあるから後で食べようね」
「……うん。……い、言っとくけどケーキに釣られたわけじゃねぇからな!!」
「うん。紅茶とコーヒーとどっちがいい? それともココアにする?」
 抱き込むように動いた腕が、長い指先が後れ毛を掻き上げて、耳朶の辺りを弄ってる。
「………ココア」
 少し擽ったくて、でも柔らかくて優しい手付きだから別にイヤじゃない。
(てゆーか、むしろスキって言うか……)
「砂糖たっぷりのやつね」
「……うん」
 謳うように穏やかに告げる言葉に、葛馬は小さく頷いて軽く瞼を伏せた。
− END −


結城。
「皆様お疲れ様でした〜、アップが遅くなってしまってスミマセン……orz
 張り切って編集やるぜ!とかいいだした癖に肝心の自分の原稿がギリギ……げほごほ!!
 少しでも楽しんでいただければ幸いデス…。」
戻ル。