(なーんか、雨降りそう……)
どんよりと黒い雲を見上げながら、葛馬は夕暮れ時の歩道をA・Tで駆って、
スピット・ファイアとの待ち合わせ場所であるロッテリアへと急いだ。
コーラとポテトを注文して二階へ上がると、すぐに目立つ赤い髪をした男の姿を見つける。
向こうもこちらに気付いたようで、笑みを浮かべて軽く手を上げると、こっちこっちと葛馬を手招いた。

「待たせた?」
向かいの席に着いて問えば、スピット・ファイアは緩く首を横に振った。
しかし、彼の前にあるホットコーヒーは半分近く減っていて、
葛馬はペコリと軽く頭を下げると、小声で「わりぃ」と呟いた。
聞こえているのか聞こえなかったのか、スピット・ファイアは目を細めただけで、
「ねぇ、カズ君」
と、話題を変える。

スピット・ファイアは大人だ。
けれど、それだけではなく彼の性格そのものが優しいためか、
葛馬を居心地悪くさせるということをしない。
いつも葛馬の気持ちを軽く軽くしてくれる。


「そんでオニギリがさー」
しなったポテトを一つ摘まもうとした所で、「あの、」と控えめな声がかかった。
「え?」
と、葛馬が顔を上げれば、スピット・ファイアの隣に可愛い女の子が二人、立っている。
胸の前で両手を握り締めて、サラサラのストレートの女の子が口を開いた。
「スピット・ファイアさんですよね?」
「そうですけど」
柔和な笑顔で答える恋人に、葛馬の胸にチリ、と何かが走る。
「やっぱり!」
キャアと控えめだが声を上げると、
「この前雑誌に出てましたよね?」
目をキラキラさせて、スピット・ファイアに屈みこんだ。
「提案されてたカットが素敵で……。
あの、今度お店に伺ってもいいですか?」
「もちろん、どうぞ。お待ちしてますよ」
女の子が話す間もニコニコとスピット・ファイアの笑みは絶えず、
女の子が別れを言う時も、それは変わらなかった。
葛馬を放って、ずっと笑顔だった恋人に、葛馬はコーラをズーッと勢いよくすすった。

ようやくこちらを振り返ってくれた人に、うまく笑えたか自信がない。
「ごめんね、カズ君。それで? オニギリ君がどうしたの?」
今の出来事をなかったかのように、葛馬の話の続きを促すが、
葛馬はポテトをわしづかんで、それを口いっぱいに頬張った。
無言でむしゃむしゃと食べる葛馬に、スピット・ファイアは困ったように微笑む。
「たまにね、お客さんに会うんだよ。
プライベートだけど、やっぱりお客さんをないがしろにはできないからね」
スピット・ファイアの言い分はもっともだ。
口に詰め込むポテトがなくなってしまったから、葛馬はコーラのストローを口に咥える。
が、こちらも終了していた。
スピット・ファイアが自分をほったらかしにしていた間、葛馬はずっとコーラを飲んでいたのだった。

口に入れる物がなくなってしまっては、喋らざるを得ない。
ここは、自分も大人にならなきゃダメだろ、そう思って、
ムリヤリに笑顔を作ろうとしたが、ムリだった。
「俺、帰る」
ガタンっと立ち上がって、トレイもそのままに踵を返す。
「カズ君っ!」
驚いたように名前を呼ぶ人の顔が、見れなかった。
今自分はきっと、ひどく情けない顔をしている。


外に飛び出した葛馬を向かえたのは、雨だった。
クソッと思う反面、調度いいかもしれないとも思う。
頭を冷やせて調度いい。
「あー。けど、A・Tがやべぇ……」
耐水使用ではない自分のA・Tをどうしたものかと見下ろして、逡巡する。
そうこうしてる間に、
「カズ君っ!」
と、自分を追いかけてきた男が追いついた。
「すごい雨だね。とりあえず、もう一度中に入ろう?」
葛馬の隣に立って言うスピット・ファイアを無視して、葛馬は歩き出す。
「カズ君?」
「あんたは雨宿りしてけよ。俺は帰る」
「ちょっ、カズ君?」
慌てて葛馬の後を追ってくるスピット・ファイアに、葛馬は振り返りもせずに言い放つ。
「用事ができたんだよ」
「だけど、今日は僕とのデートじゃなかった?」
葛馬のすぐ後ろに続いて、スピット・ファイアは穏やかに言う。
きっと、葛馬の態度がやきもちからきているのだと気付いているのだろう。

スピット・ファイアは大人だ。
葛馬のことなんて何でも分ってる。
気持ちも先回り先回りされて、いつだって葛馬が行き詰まってしまわないように、
逃げ道を残してくれる。救いを示してくれる。

(けど、そんなん対等じゃねぇじゃん)
唇を噛んで、葛馬はギュッと拳を握り締めた。
足を止めて、グルンと勢いよく振り返る。
そして、驚いて自分を見下ろすスピット・ファイアの夕焼け色の瞳を睨んだ。
「一回しか言わねぇかんなっ!」

スピット・ファイアに対して自分は子どもだ。
だけど、子どもとかじゃなくて、問題は性格にある。
自分は、スピット・ファイアのように優しくはできない。
彼のような気遣いはできない。
だけど、好きな気持ちは一緒のはずだ。
一緒のはずなんだ。

「俺はっ」
白い頬を朱に染めて、葛馬は噛み付くように言う。
スピット・ファイアのように、さりげなく気持ちを伝える術を知らないから、
吐き出すように言葉を紡ぐ。
「俺は、あんたが……あんたが……。
……あんたは、デートしてるトキぐれぇ、俺の側にいろよ」
「うん」
「けど、お客さんは大事にしろよな。そういうことじゃなくて、なんつーか、その…。
ごめん。自分で何言ってるか分んねぇ」
片手で顔を覆って項垂れる葛馬の頭を、ニット帽越しにスピット・ファイアの大きな手がポンと触れた。
「ごめんね、カズ君」
「…んで、謝んだよ?」
「カズ君にイヤな思いをさせちゃったから」
「それなら、俺だって。
ガキでごめん。あんたを困らせてばっかだ」
「カズ君、僕の顔、困ってるように見える?」
「へ?」
思わず見上げてしまったスピット・ファイアの顔は、なんだか嬉しそうだ。
「不謹慎でごめんね。だけど、なんだか嬉しくて」
「嬉しい?」
「だって、カズ君、僕のこと好きなんだなーって」
「す…って、お前…!」
「あはは。カズ君、顔真っ赤だよ」
ニコニコと嬉しそうなスピット・ファイアの笑顔。
零れるようなその笑顔が、自分だけに向けられる笑顔だいうことを、
葛馬はまだ気付いていない。

「……そうだよ、俺はあんたが好きなのっ!」
「えっ?!」
「だから、だから……っく」
口元を押さえて、込み上げる笑いを押さえようとするが、押さえきれずに葛馬は笑い出した。
「っくくくく、あっはははっ! んだよ、あんたの顔、すっげぇ赤いっ!」
「え?」
スピット・ファイアは片手で頬を覆うと、苦笑する。
「不意打ちに慣れてなくてね」
そして、奇麗に笑った。
「ね、カズ君。もう一回言って?」
「一回しか言わねぇっつったろ?」
「それって、今のも含まれてたの?」
「もち」
ニヤリと笑えば、本当に残念そうに肩を下げるスピット・ファイアがおかしくて、
葛馬はまた笑った。
「今度デートで余所見しなかったら、言ってやるよ」
「余所見なんてしたことないよ」
「……知ってる」

だから、次のデートまで待ってくれ。
次のデートまで、心の準備をしておくからさ。
あんたは簡単に告白するけど、俺にとっては一大決心なわけなんだ。
「スキです」
そう伝えたトキの表情を見るのが恐いんだけど、
あんたがずっと、そうやって顔を赤くしてくれるっていうなら、言ってもいいよ。

「スピット・ファイア」
「ん?」
「……何でもない」
くすぐったそうに笑う葛馬に、スピット・ファイアは柔らかく目を細めた。



翌日。雨の中、塗れるままにしていた二人が仲良く寝込んだのは言うまでもない。
デートは延期となったのだった。
− END −


ある様
「どんな風にの、甘々があまり書けていなくてすみません。
 楽しい企画に参加できて嬉しかったです! ありがとうございました!」
戻ル。