薄暗い重みのある雲が日を遮り、日が落ちきる時刻ではないのに少し早めに街灯が点き始める。
 何時もは人気も無くATの練習に向いてる静かな公園もこの時期はクリスマスのイルミネーションの飾りが付けられた街路樹が明るく、歩道を歩く人達がまばらに居て葛馬は公園に入ってから練習する気になれずベンチに脚を投げ出してHOTの缶ココアを啜っていた。

(こんだけ人が居たら練習出来ねぇなぁ〜。)

 アチコチにATとは無縁そうな恋人達が身を寄せ合い甘く囁きあっていて、気が付けばそこかしこに設置されてるベンチはカップルが占領している。
 今では一人で居るのは葛馬のベンチだけだになっていた。
 目の前を通り過ぎる恋人達が何時空くのかと視線を向けてくる。

(ウゼッ!)

 彼らを見ていると自分の周りが寒く感じ、温度差があるような気がして苛立つ。

(クッソ、何か知んねぇがムカつく!)

 苛立ち紛れに残り少ないココアを音を立てて啜ってたら不意に頬に熱い物が押し当てられ、痛みと驚きでベンチから跳ね退いた。

「っ、ぎゃああぁぁ、アッチィ!」

 勢いでコケかけて前方につんのめりながら頬に手を当てて振り返ると中途半端に身を屈めて缶を掲げ持ったままスピット・ファイアが固まって目と口を開いて葛馬を見ていた。

「ごめん、そんなに熱がると思わなくて・・・。」

 視線が合った瞬間、葛馬を驚かせた犯人は肩を竦め眉を寄せて苦笑いを浮かべる。
 あまりにもすまなそうに謝るので怒るタイミングを逃してしまった、ぼんやりし過ぎて気付かなかった自分も悪かったと思う。

「や、違っ・・・多分、俺の方が冷えすぎてて・・・ってか、冷えてんのか俺?」

 かぶりを振って弁解しながら、手のひらで顔や身体を触り首を傾げるが、手も頬も冷えすぎて触っても解らなかった。

「耳朶・・・赤いよ。」

 上から落ちてきた声に顔を上げるといつ間にかスピット・ファイアが間近に来て居て葛馬の冷えて赤みを帯びた耳を指差す。

「鼻も赤い・・・。」

 目の前の端正な指先が横に流れると耳元を両手で包み込まれ鼻先に口付けられる。
 缶ジュースで温まった手から熱を分けて貰い心地良さとキスのむず痒さに目を細める。

(あったけぇー。)

 スピット・ファイアのゆっくりとした落ち着いた喋り方と甘く低く響く声を聞くと不思議と冷えて強張ってた身体から力が抜けて落ち着く。
 赤い鼻・・・ふとこのイベントの馴染みの歌を思い出し赤いと指摘された鼻を擦り、上目でスピット・ファイアを見上げ口端を釣り上げニヤリと笑う。

「秘密だけど俺は実はサンタのトナカイなんだ!」

 スピット・ファイアは突然の葛馬の告白が解らず僅かに首を傾げるが、自分の鼻を指差してやると納得して微笑んでくれた。

「実は・・・僕も秘密だけどサンタクロースだったんだ。」

 奇遇だね、と片目を瞑ってジャケットを摘むスピット・ファイアに葛馬は何時もと違うジャケットの意味を理解する。
 なんとなく私服だろうと思っていたが今日のスピット・ファイアは何時ものチームジャケットでは無く襟と袖に白いファーがタップリ着いてる深い紅い色の合皮のジャケットを着ていた。

「違和感なさ過ぎだろソレ!」

「僕ももっと浮くと思ったんだけどね。」

 笑いを堪えて向けた背中に背中を合わされてその暖かさと僅かな重みと伝わってくる振動に堪えきれず2人同時に吹き出す。
 スピット・ファイアも笑いを堪えていたらしい。
 互いにひとしきり笑った後、スピット・ファイアはジャケットを翻し軽快なステップでトリックを決めると恭しく手を差し伸べてきた。

「ここは寒いから部屋に行かないかい、僕のトナカイさん?」

「しょうがねぇなぁ〜、手綱は放すなよサンタクロース。」

 差し出された手にしっかり手のひらを合わせて、手を繋いだまま公園を後にすると近くのビルの外壁を登って夜空を翔る。
 サンタクロースの手綱さばき(エスコート)は上手い、普段は登るのも無理そうな壁も彼となら簡単に登りきれる。
 手を引かれるままにクリスマスの夜空を何処までも駆けていけそうだった。

− END −


秋生様
「私、何時何処企画で一番初めにくじを引かせて貰ったのですが一番内容の繋がった甘い素敵なスピカズお題を引き当てさせて頂きました。
 多分、あの一瞬で運は使い果たしましたわ。(笑)
 書いた物が甘くなってるかは謎ですが...楽しく書かせて頂きました、こういうお題も楽しいですね。素敵な企画を有難う御座います。」
戻ル。