「はい、これ。ホワイトデーのプレゼント」 「え?」 差し出されたブルーの包みに、葛馬は目を瞬いた。 今日は何の日だ? 思い出すのに少し、時間がかかった。 (ぁ、ヤベ……!) 今日は3月14日、ホワイトデー……バレンタインのお返しを、送る日だ。 マシュマロが本命だとかとかクッキーが良いとか、キャンディーが定番だとかいろいろな説はあるけれど、相場は三倍と言うのは定説な気がする。 お返しを忘れると女子に総スカンを食らう大事なイベントだってことも。 だから安達や石渡には定番っぽい&好き嫌いの少なそうなクッキーのミニBOXを送った。 ―――――― けれど。 けれどよりにもよって、彼のことを忘れていた。 否、忘れていたと言うのは正しくない。 バレンタインにチョコを贈り合ったから、お返しを贈り合うと言うのは想像してなかったのだ。 (だってもうお返し貰ったようなもんだし………) でもよく考えたら貰ったことには違いないし、一番大切な人だ。 なのに、何にも用意してないってどうよ? (………ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ、どうしよう……!) 頭の中でぐるぐる考えているのがわかったのだろう、スピット・ファイアはクスッと笑ってくしゃりと葛馬の頭を撫でた。 「気にしなくて良いよ。僕が上げたいだけなんだから。貰ってくれる?」 前髪を掻き上げて、額に口付けを落としながら囁く男。 葛馬が黙っていたら幾つも幾つも。 額からこめかみへ、こめかみから鼻筋を辿り、それから瞼の上へと止むことのないキスの雨が降り始めて、葛馬は僅かに眉を顰めた。 「………ちょ……スピっ」 押しやろうとした手を取ってその指先にも、くっきり刻まれた眉間の皺の上にもキスが落とされて、恥ずかしいやら心地良いやらで目を開けているのが難しいぐらいだ。 「……なぁに?」 とろりと甘い声で囁いて、スピット・ファイアが顔を上げる。 ようやく止んだキスにほっと息を吐いて、葛馬は恥ずかしさを隠すように外方に顔を反らした。 「………俺だけ貰うの、なんかヤダ」 応える声が甘くなってしまうのは、釣られてしまっているからで。 仕方ないと言い訳してみても恥ずかしいものは恥ずかしい。 「……気にしなくて良いっていってるのに」 「気にすんなって言われてもなるもんはなるの!」 ちゅ、と鼻先に音を立ててキスが落ちて、いい加減にしろとその肩を押し返したら。 スピット・ファイアはあからさまに不満そうに唇を尖らせて、普段はあまり見せることのない子供っぽい表情を浮かべる。 「………ガキかお前は……」 思わず呟いた葛馬に、けれど応える声はなくて。 「……ん?」 不思議に思って顔を上げる、と。 スピット・ファイアは珍しくこちらを見てはいなかった。 何を考えているのかよくわからない表情で手元の青い包みに視線を落としている。 「……スピ?」 「っと、ゴメンね。なんでもないよ」」 葛馬の声に顔を上げて、彼はひょいと包みをテーブルに置いた。 「………貰うだけが嫌なら、僕、ちょっと欲しいものがあるんだけどな?」 ふんわりと、綺麗に笑って小さく首を傾げる。 大の大人がそんな仕草をするな、と思ったけれど。 同時に何だってコイツこんなにカワイイんだろ、と思ってしまって内心泣きたくなった。 ……自分もけっこー終わってる、と思ったからだ。 美人で、大人で、背が高くてスタイルが良くて。 顔だって申し分ないほど整って、誰もが羨む炎の王をカワイイと思うなんでどうかしてる。 (イヤ、だってけっこー子供っぽいとこもあるし……) ―――――― 可愛いヒトだと、思うのだ。 ぼんやりと見返す葛馬に、スピット・ファイアはぱちぱちと炎の色の瞳を瞬かせ、ソファに掌を付いて身を乗り出してきた。 「カーズくん、聞いてる?」 「っ!?」 綺麗な顔が急にドアップになって、慌てて後退さって距離を取ろうとしたけれど。 狭いソファの上ではそれ程下がることも出来なくて、あっと言う間に背中がソファの肘掛にぶつかってしまう。 「ね、僕、欲しいものがあるんだけど」 そう言って微笑んだ男の口元に、穏やかないつものそれとは少し違う、何かを含む様な笑みが浮かんでいるのを見て取って葛馬は嫌な予感にぐっと眉を寄せた。 「……な、何が欲しいんだよ?」 じりじりと追い詰められて、ごくりと息を飲む。 (………カズくん、とか言われたらどうしよう) 漫画とか夜中の低予算ドラマとかで聞いたことのあるような台詞がちらりと頭をよぎって。 エロビデオじゃあるまいし、ンなこと言おうもんならブン殴ってやると心に決めて葛馬はぎゅっと拳を握った。 「……あんまりカズくんからキス、してくれないよね?」 「へ?」 吐息さえ触れそうな至近距離から耳に落ちてきたのは予想外に、拗ねたような声。 「…………僕が欲しいのは、こーれ」 そう言ってスピット・ファイアは目を閉じて、キスを待つようについと僅かに顎を上げた。 「っ……!」 数瞬遅れて葛馬はぱっと頬を赤く染める。 (――――― 待つように、じゃなくて……) 正真正銘、待っているのだと気づいたからだ。 確かに葛馬からはあまり、キスをしたことがない。 でもそれはしたくないからじゃなくて、恥ずかしくてなかなか出来ないのと葛馬からする必要がないからだ。 スピット・ファイアは結構キス魔で葛馬からするまでもなくいっつもキスはしまくっている。 (されまくってるっつーか……) タイミングだとか、距離だとか、どうやったらいいのかとか、全部彼任せで。 ちょっと悔しい時もあるけど、でもスピット・ファイアの方が全然慣れてるから上手いし、こっちの方が恥ずかしくないし、結局いつもそんな感じだ。 (……オンナじゃねーんだし、そればっかじゃイヤだって……思ってるんだ、ホントは) でもなかなか、自分から踏み出せない。 百戦錬磨のコイビトは、それを承知で葛馬のペースに合わせて少しずつ歩を進めてくれている。 それが、わかっているから。 「…………」 葛馬は黙って、そろりと上体を伸ばした。 距離を測りながらゆっくりと。 目を閉じて、触れなくても感じる体温にドキドキしながら、ほんの数十センチなのにものすごく遠く感じる距離を詰める。 頬がじんわり熱くなっていくのがわかった。 心臓の音がうるさくて、緊張と呼吸困難で……息を止めているのがまず間違いだろう……眩暈がしそうだ。 唇が、掠めるように触れて。 「……ッハイ、おしまいっ!」 ばっと身体を離すと、ぐいと引き寄せられて今度は唇にキスが落ちてきた。 「んっ……」 それまでの触れるだけのキスじゃなくて、深い。 背中がぞくぞくと震えるようなキスだ。 「……お、俺からじゃなかったのかよ!」 ぺろりと唇を舐めて離れていく相手に抗議の声をあげれば、もう一度鼻先にキスが落ちて。 「……ご馳走様でした」 「ご馳走様言うなッ!!」 葛馬は手近なクッションを振り上げて思い切り男の顔に叩き付けてやった。 「ちょ、カズくん痛い痛い!」 「うるせぇッ、黙れこの燃え頭っ!!」 大袈裟に頭を抱えて痛がる男を思う存分叩きのめし、葛馬はさっとテーブルの包みを取り上げた。 「………代償に貰ってやらぁ」 「うん、ありがとう」 照れ臭いのを誤魔化すみたいにフンと鼻を鳴らして偉そうに胸を張る葛馬に、スピット・ファイアは気を悪くするでもなく嬉しそうに笑って。 「……ありがとうじゃねーだろ、バーカ」 また恥ずかしくなって、葛馬は赤くなった顔を隠すように俯いたのだった。 ― END ―
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当日ぎりぎりになってしまいましたが、リハビリを兼ねたホワイトデーネタです。 いろいろと反動でベタ甘な感じになってます。 ちなみに「はなきりん」は別名「Kiss me quick.」。 中央の黄色い部分が唇を突き出しているように見えるからだそうですが…… 結城には漫画とかに出てくる人食い花っぽく見えました(え |