「………っしゃー、今日はこのぐらいにすっか!」
「クッソあちー、俺シャワー浴びてこーっと」
 ぱたぱたと掌で首周りを扇ぎながら、慣れた仕草で潜る運動部用のシャワールームの扉。
 本来運動部が使うものだが時々こっそり拝借させてもらっている。
 オリハラあたりに見つかれば学校の備品を勝手に使うなと怒られそうだが、まぁ校長公認(?)だから良しとしておこう。
 汗と汚れでべたつく身体に熱いシャワーを浴びれば汗と共にじんわりと疲れが流されていくような気がする。
 湯船に浸かればもっと疲れが取れるのだろうが流石に其処まで贅沢は言えない。
(……どうせ帰ってもっかい入るんだし……)
 簡単にシャワーを浴びて汗を流し、葛馬はぶるっと犬のように頭を振った。
 身体の水気を拭ってジーンズに足を通し、無造作に備え付けの椅子に腰を下ろすと上半身裸のままでタオルでガシガシと乱暴に髪から滴り落ちる水気を拭い取る。
「おいカズ、なんだそれ?」
「……え?」
 背後からこちらもタオルを引っ掛けただけの格好のイッキが声をかけてきて葛馬は動きを止めた。
「何かついてる?」
 頭にタオルを被ったままの格好で今シャワー浴びたばかりなのに、と身体を捻って後ろを確かめる。
 ………特に何かついているようには見えない。
「何か赤くなってんぞ? 虫にでも刺されたか?」
 伸びてきた指先が首を捻る葛馬の視線よりずっと上、予想外の箇所を突付いた。
 首を捻って見えない後ろの、項のアタリ。
「赤……!?」
 は、と顔が強張った。
(……マサカ。)
 咄嗟にそれを隠すようにタオルを引き下ろして首にかけてしまっていた。
 数拍の、間。
(…………あ、やべ咄嗟に……)
「…………カーズくぅ〜ん、今何を隠したのかな〜。」
 にやりとイッキの顔が崩れた。
 鼻の下がのびのびっつーかヤバイ顔、してる。
「……脱チェリーか、そうなのか! 俺様を差し置いて大人への階段を登ったのかコンチクショウ、相手はどこの誰だ!?」
「ぎゃー!! 何でもねぇ、何でもねぇって!!」
「何でもないなら何故隠すッ!」
「何ィ!? カズの癖に生意気な!」
「カズの癖にって何だ! お前よりはマシだっつーの!」
 ふんが、と鼻息も荒く詰め寄ってくるイッキと、駆け寄ってきたオニギリに噛み付き返す。
 けれど内心では汗だらだら、だった。
(………ヤバイです、マズイです、いやマジで。)
 さーっと血の気が引いて、シャワーの熱で火照って赤くなっていた頬が一気に青くなるのがわかった。
 脱チェリーならともかくちょっとホントのことは話せない。
 話したが最後、地獄の其処までからかわれ続ける……ですむだろうか、すまないような気もする。
(……つーか第一どんな顔して話せってよ)
「カズくぅーん、そんなこと言わずに感想をだな……」
 へっへっへ、と両手をわきわきとさせながら詰め寄ってくるイッキ。
 オニギリの顔も、何を想像しているかは明らかだ。
(……お前らの期待するような武勇伝なんかねーっつーの!!)
 そう叫んでしまえればどれだけ楽か。
 内心絶叫しながら葛馬は必死で何でもない素振りを装って顔を反らした。
「そんなんじゃねーよ!」
「そんなってどんなじゃー!!」
「ルセェコラッ!」
「……ほらほら皆、カズ君が困ってるじゃないか。」
 ぎゃぁぎゃぁと喚きあう葛馬とイッキ達の間に大きな手が差し込まれた。
 その大きさからシャワーブースに入りきらず外で待っていたはずのブッチャの手だ。
 どうやら中の騒ぎに気付いて様子を見に来たらしい。
 ………一瞬、目が合った。
 いきなよ、と促すように僅かに顎が扉の方を指したように見えた。
 幸い頭に血が上っている様子のイッキやオニギリは気付いていない。
 葛馬はバッと手を伸ばし、パーカーを引っつかんで其処に半ば濡れたままの頭を突っ込んだ。
「ワリィ、俺先帰るっ!」
 手早くATを履いて、シャワールームを飛び出す。
「待てカズッ!」
(……ブッチャ、サンキュッ! 恩に切るぜっ!)
 背後から追いかけてくる声を振り切って葛馬は心の中で小さく呟いた。


 風を切って走る、少しでも遠く、遠く。
 他の事ではイッキにはかなわない、でもスピードなら負けない。
(……それにあいつらまだ裸だったし……)
 だから絶対に追いついてきっこない、そう思ってはいても足を止める気にはならなかった。
 全部吹き飛ばしてしまいたい、そんな思いもあったのかもしれない。
「…………っはぁ……」
 どれだけ走っただろう、気が付くと何度も足を運んだ店の前に来ていた。
(………言いたいことはいろいろと、あるんだけど)
 でも別に今日でなきゃいけない訳でもないし、来ようと思っていた訳でもないのだから無意識と言うのは怖い。
 携帯で時間を確かめると閉店予定時間を一時間程過ぎたところだった
 扉は閉まっているが灯りが付いているところから見て今頃は片付けでもしているところだろうか。
 シャワーで流したはずの汗がまたふつふつと湧き上がってきていた。
 運動の心地よい汗と冷たい嫌な汗の混ざり合った奇妙な汗だ。
「…………あー……帽子、置いてきた……」
 レンガの積み上げられた植え込みの縁に腰掛けて、葛馬はぐったりと疲れた声を漏らす。
 どうせ髪は生乾きのままで帽子を被れるような状態ではないのだが。
「…………アンタの所為で生きた心地しなかったぞコラ」
「……え?」
 カラン、と軽やかな鐘の音を立てて開いたガラス張りの扉から顔を覗かせた男が、唐突な台詞に目を瞬かせるのが見えた。

「………それは、災難、だったね」
 台詞とは裏腹にくっくっと笑いながら、それでも一応笑っているのを隠そうとするかのように視線を反らしている男。
 肩が震えるのに連られてちらちらとそれこそ炎のように耳に下げた炎を象った小さなピアスが揺れている。
「笑いこっちゃねーぜ、明日どんな顔して学校行けっつーんだよ」
 至極楽しそうなその仕草に、葛馬は眉を顰めて苦い声を漏らした。
 白いソファの背凭れにそってずるずると滑り落ちながら拗ねたように唇を尖らせて、表面に水滴の浮かんだグラスを手にとって口に運ぶ。
「………いやー、一応、見えないような場所につけたつもりだったんだけどね」
「つけんなよっ」
 何時の間にか彼の冷蔵庫に常備されるようになった炭酸類。
 何の為かは聞かずとも判っていて、それが擽ったいような、恥ずかしいような。
「……これに懲りたら皆でシャワーは禁止だよ?」
 その台詞に葛馬は口に含みかけていたコーラを吐き出しかけてぶはっと奇妙な声を上げた。
「っげほ、ごほッ……なっ……」
 噴出すことは免れたが、器官に入った。
 苦しくて言葉が言葉にならない。
「……っと、大丈夫?」
 隣に移動してきた男がトントンと宥めるように軽く噎せて引き攣る背中を叩く。
 咄嗟に握り締めてしまっていたグラスが咳き込むたびに零れそうに危うく揺れているのをひょいと取り上げられる。
 かちんとガラス同士のぶつかる澄んだ音が響き、葛馬はようやく落ち着き始めた喉を押えて顔を上げた。
「……てめっ、まさかワザと!?」
「それこそまさか、単なる不可抗力だよ」
 まだ緩く背中を擦る仕草を続けている男はにっこりと柔らかく、綺麗に笑った。
 ………何だかどことなく嘘臭い。
「じゃあなんで……」
「だって羨ましいじゃないか」
(………ウラヤマシイ。)
 一瞬何を言われたかわからず葛馬は時を止めた。
「………僕ももう少し若かったらねぇ」
 心底羨ましいと言った、けれどどこか芝居がかった仕草でスピット・ファイアは溜息を落としてみせる。
「……遊んでるだろアンタっ!」
「………さぁ、どうかな」
 堪えきれぬように再び肩を揺らしだす男に葛馬はがっくりと肩を落とした。
― END ―


 スターチスの花言葉:いたずら心

 出来上がった後の二人前提でチームのお話。
 少しでもあのわいわいとした雰囲気が出ているといいのですが。目指せ男の子。
 友達に読んでもらったところ「ブッチャ男前」と言う感想を頂きました。
 私の中でブッチャはそんなイメージ……言いたくないことは聞かないでいてくれそうな(笑)。
2007.04.27

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