「…………カズ君、カズ君」 リビングのラグに寝っ転がって雑誌を見ていたら、名前を呼ばれた。 声の方を振り返ると何時の間に来たのか、自室で急ぎの仕事を片付けていたはずの男が手招きをしている。 「仕事、終わったのか?」 大分かかりそうだと言っていたはずなのに ――――― あんまりにもぺこぺこ謝るので、もーいってとぶち切れて書斎に押し込んだのだが ――――― やけに早い。 その上やけに、真剣な表情をしている。 何かあったのだろうかと訝しく思いながら招かれるままに立ち上がり、彼に歩み寄ると。 「うわ!?」 腕を掴まれ、ぐいと引き寄せられて目にも留まらぬ早業で腕の中に閉じ込められた。 「………ス、スピ? 何?」 あまりに突然すぎて、脈絡がなさ過ぎて、葛馬は目を白黒させて彼の名前を呼んだ。 「ん……」 けれどスピット・ファイアは慌てる葛馬を気にした様子もなく、足元が危ういほどにぎゅうと抱き寄せて、肩口に顔を埋めてくる。 「ちょ、おい! なんだよ、わけわっかんねーぞ!?」 そのままどこか動物的な仕草ですりすりと額を押し付けてくるのを引き剥がそうとするが剥がれない。 ――――― そもそも体格が違いすぎるから力で勝った例がないのだが。 「……………」 耳元で理由を説明しろだの苦しいからいい加減にしろだの、ぎゃあぎゃあ喚いている葛馬がうるさくないはずがないのにその腕は緩むことを知らない。 抱きしめ続けること、五分。 喚きつかれた葛馬が何だかもうどうにでもしてくれ的心境に辿り付き、ぐんにゃり身体の力を抜いた頃。 「………よし、充電完了」 ぱ、と手を放した男はにっこり笑った。 「もうちょっとだから頑張ってくるね」 先程までの真剣な表情はどこへやら、ふにゃっとした笑顔を浮かべて両手を合わせた男は、ひらひらとした軽い足取りでリビングを出て行ってしまった。 「……………」 残された葛馬は、たっぷり30秒ほども経ってから、その場にへたりと崩れ落ちた。 「……なッ……なんなんだあいつはっ……!」 何を考えているのか、さっぱりわからない。 頭が良くて美人で、仕事もプライベートも充実しきりの年上の恋人は、一見非の打ち所のない男なのだが。 ――――― でも実はちょっとヘン、だ。 (そこが可愛いとこでもあるんだけどさー………) 心臓に悪いから勘弁して欲しい。 葛馬は四つん這いのままのろのろとラグに戻るとごろりと横になった。 ――――― ごめんね? だってきみが、たりなかったんだ。 ― END ―
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むしろ私にスピが足りません(え。 |