何故、こんなことになっているのかわからないけれど。 白い革張りのソファの上で、スピット・ファイアの膝に乗っかる格好で、葛馬は息を詰めていた。 多分、何時もされてばっかりだからたまには自分からとか、そういう流れだったような気がする。 だから目ェ潰れーとか、なんだかギャーギャー喚いて、彼はそれにどこか擽ったそうに……そう、擽ったそうに、だ!……笑って、ふわりと瞼を閉じた。 僅かに葛馬に向けて顔を上げて、それきり黙って葛馬が触れるのを待っている。 …………促すようなことはせずに、ただ。 それからどれぐらい経ったのか……自分だったらきっといたたまれずに目を開けてしまっている。 (……まつげ、なげー……) 口の中で小さく呟いて、葛馬は小さく息を飲んだ。 伏せられた瞼を縁取る睫は髪よりも幾分暗い赤味がかった黒壇めいた色合いで、男のそれとは思えないぐらい長くて、隙間なく綺麗に生え揃っている。 それがちらちらと動くテレビの光で頬にうっすらと落とした影を踊らせているのが妙に色っぽい。 (………そういやテレビ、つけっぱだ) 音を小さくした記憶はないのだけれど、でも全然気にならない……と言うより、自分の心臓の音がうるさくて全然聞こえない。 キスなんかもう何回もしてるのに、それ以上のことだってしてるのに。 なんだってこんなに緊張するんだろう。 (…………イキ、苦しくなってきた) 息を吐けば多分相手にぶつかる距離で、それさえままならない。 (今までどうしてたっけ……) ぐるぐる考えていたら、ふると小さく長い睫が揺れた。 瞼が軽く持ち上げられて、炎を思わせる赤ともオレンジともつかない不思議な色合いの瞳が覗く。 (っ、なんか言われっかも……) 反射的にますます息を詰めたけれど、だが彼は葛馬が想像するような反応を……堪え切れないといった様子で笑うとか、カズ君かわいーとか言ってからかうとか……見せなかった。 彼は緊張に顔を赤くしたまま動くことの出来ない葛馬を見やり、やんわりと目元を緩めたのだ。 その上、口端も僅かに上がって。その端正な面差しに、要するにとどのつまり、思わず滲んだみたいな穏やかな、蕩けそうな笑みを浮かべる。 言葉よりも雄弁な、愛しさの溢れそうな目でごくごく至近距離から見つめられていることに気付いてカァッと一気に顔に血が昇るのがわかった。 (…………ギャー!! ちょ、それ反則ッ!!) ……充分真っ赤になっている自覚はあるのに、これ以上あがるなんてまるっきり予想外だった。 「っ…………」 そのままふわりと再び瞼が伏せられて、思わず上げそうになった悲鳴を押し殺して、葛馬はぶんぶんと頭を振る。 それでいっそう頭がくらくらして、後ろに倒れそうになって慌ててスピット・ファイアの肩口をぎゅっと掴んだら、彼はそれまでの雰囲気がウソのように極普通の声を返してきた。 「どうかした?」 先程までの見ているほうが恥ずかしくなるようなそれとは違う切れ長の穏やかな瞳が見上げてきているのに、少しホッとして、けれど一度上がった熱はなかなか下がらない。 「うぁー、なんかもー。鼻血吹いて倒れそー……」 「……カズ君?」 唸る様に低く呟いて、葛馬はぎゅぅとスピット・ファイアの肩口に顔を伏せた。 不思議そうな声で名前を呼びながら、反射的にだろう、上がった手が宥めるように背中を撫でる。 深く息を吐いて、仄かに甘く感じるスピット・ファイアの匂いを吸い込んで。 「………なんでもね。もっかい目ェ潰れ。」 葛馬は意識して落ち着かせた声でそう言って、顔を上げた。 結局葛馬からのキスが齎されたのは、それから大分時間がたってからのことだった。 触れるだけのキスを貰ったスピット・ファイアはその後随分ご機嫌だったとか。 ― END ―
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拍手長く放置してました……orz いわつきさんちのイラストに触発されてかいたキス話です(笑)。 少しでもお楽しみいただければ幸いです。 |