「っ……」 ふっと何かが耳元を掠めて、葛馬はびくっと身体を揺らした。 「……どうかしたの?」 きょろきょろと辺りを見回すと穏やかで優しい声が振ってきて、それが隣の座る男の指先だったと気付く。 何時の間にか腕がソファの背凭れに……葛馬の身体を囲うように回されていたのだ。 その時に掠めたらしい。 「…………」 「…………?」 今は直接触れては居ないけれど、なんだかどぎまぎして。 「…………んでもね」 けれどそんなことを言ってやるのはしゃくだから、不思議そうに覗き込んでくる男にそう返して葛馬は再度膝の上の雑誌に視線を落とした。 こんなのはいつものことで、そろそろ慣れてもいい頃だ。 触られるのも、キスされるのも、抱きしめられるのも、こうやって一緒に穏やかな時間を過ごすのも。 だってスピット・ファイアの隣は時々どうしようもなくて逃げ出したくなってしまうぐらいに心地がいいのだ。 (気持ち良くて、逃げ出したいって変だけど……) でも、このままだとこの空気に慣れて、彼が居ることが当たり前になってしまいそうで。 甘えて、しまいそうで。 それが当たり前になってしまうのが怖くて、居たたまれなくなるのだ。 もぞもぞとソファの背凭れとスピット・ファイアの身体に背中を押し付けるようにして居心地のいい場所を探していたら、くしゃりと頭を抱き込まれた。 「ちょ、見えねーじゃんよ」 押しのけようとしたけれど、いつもならひょいとどくはずの腕は動かない。 「……うん」 どこか眠た気な声が聞こえて、そのままぎゅうと抱き竦められた。 「ちょ、スピ!?」 やけに重たいと思ったらすぅすぅと微かな寝息が聞こえてくる。 「……ちょ、寝て……!」 寝てんじゃねーよ、と思ったけれど。 (………そういや疲れてるって、言ってた……) 今週は忙しくて大変だったと苦笑交じりに零していたことを思い出して、葛馬は口を噤んだ。 第一いつもは逆、なのだ。 練習に疲れて転寝をする葛馬をスピット・ファイアはいつも温かく見守ってくれる。 時にはベッドに運んでくれたりもして……葛馬には、流石にベッドに運ぶことは無理だけど。 「ん……」 お気に入りのクマのぬいぐるみを抱くような仕草で抱き込まれて、覚悟を決める。 (……抱き枕ぐらいにはなってやろーじゃん) 半分はソファが持ってくれるのだから何とかなるだろう。 そう思って、葛馬は不自由な腕の中でどうにか居心地のいい場所を探して身を捩った。 「…………」 どうにか居心地のいい場所を探して、再度雑誌のページを捲り始めたのだけれど。 辺りは静かだし、体温と仄かに甘い様な恋人の香りに包まれていたらだんだんこちらも眠くなってきた。 (……ま、いっかな……) 心地のいい眠気に逆らう気も起きなくて。 葛馬はそのままゆっくりと意識を手放した。 ………目が覚めたのは。 むにむにと、何かが耳元で動いているのに気付いたから。 (んー……?) 重たい瞼を擦りながら顔を上げようとして。 大きな掌が頬に半ば添わされていることに気付いた。 「…………いっ!?」 ふにふに、むにむに。 細い指先が、耳朶を弄っている。 「……あ、起こしちゃった? ごめんね」 常と変わらぬ穏やかな笑顔で返されて、葛馬は水に打ち上げられた鯉の様にぱくぱくと口を開閉させた。 「……どーしたの?」 なあに、とでも言わんばかりにとろりと甘く首を傾げる相手は、けれど葛馬の耳朶に触れたままだ。 「…………み、みっ、みみッ!!」 「耳? ……あ」 はたと、今更気付いたように男がぱっと手を開いた。 男の手の中にあった耳たぶは、熱を持って真っ赤に染まっている。 葛馬は慌てて其処を隠すように膝に顔を埋めて頭を抱えた。 「嫌だった? ごめんね、つい……」 「……ついじゃねえ、バカスピッ」 ぷしゅーと、音を立てて湯気を上げそうな面持ちで、小さく噛み付くような声を上げれば。 「…………ごめんね」 旋毛にちゅっと小さなキスが落ちてきて。 「もー、やめろってば!!」 恥ずかしくて仕方なくて、葛馬は堪えきれずぎゃーと甲高い悲鳴を上げた。 ― END ―
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うちのスピはさり気なくカズ君の耳朶とか弄ってそうですといったら。 エロいとかせくはらだとかムッツリだとか言われましたが、他意はありません。 柔らかそうだったからつい、ね……?(笑) うちのスピは一部(?)で天然焦らし系だと言われてるそうです……orz |