薄い紗のカーテン越しに降り注ぐ春の日差しがぽかぽかと暖かくて、眠たくなるような休日の午後。 いつものように白い革張りのソファに腰を下ろして、スピット・ファイアは若者に人気のファッション雑誌のページを繰っていた。 大の大人が見るものではないと思われるかもしれないが、若者のニーズを、流行を捉えておくことは彼の仕事上とても大切なことだ。 だからスピット・ファイアの部屋には若者向けの雑誌が大量に置かれている。 その中には趣味と資料を兼ねた、AT雑誌もあって。 すぐ隣では葛馬が、スピット・ファイアに凭れ掛かるようにしてそれを捲っている。 酷く穏やかな、いつもと同じ午後だ。 (あぁ、なんか……眠くなってきちゃったな……) すぐ傍にある幼い少年の体温はほんのり温かくて心地良くて。 だんだんと眠気を誘われてきたスピット・ファイアは、彼の指通りのいい髪を梳いていた手が取られたことに気づかなかった。 否、気にしていなかった、と言うのが正しいのかもしれない。 「……………」 「……痛ッ」 だから、突然指先に走った微かな痛みに声が漏れるのを抑えられなかった。 大した痛さではなかったから、本当は痛みにと言うよりは驚きに漏れてしまった声だ。 慌てて指先の、葛馬の方を見やり。 「…………」 けれど、それでも何が起こったのかわからなくて。 「あ、悪りぃ、痛かった?」 「………ぁ、いや、その……痛いって言うほどじゃないけど……驚いちゃって……」 少し困ったような顔で見上げてくる葛馬を見下ろして、スピット・ファイアは夕焼け色の瞳を瞬いた。 「…………何してるのか、聞いてもいい?」 葛馬が両手で握っているのは、先程まで彼の綺麗な金色の髪を撫でていたはずのスピット・ファイアの左手だ。 葛馬の口元にある人差し指の先が僅かに濡れているのは、多分 ―――― 噛まれたからだ。 「………食ったら甘いかなと思って」 「……え? ちょ、カズくん!?」 かぷ、ともう一度其処に食いつかれてスピット・ファイアは慌てた声を上げた。 硬い歯の感触と、温かく湿った呼気が指先に触れる。 柔らかな舌先がぺろりと其処を舐めて、無心の子供のような仕草とは裏腹の官能的な感触にぞくりとした。 「…………」 「アンタさぁ、甘い匂いすんじゃん?」 そんなスピット・ファイアの内心を知らぬ気に、葛馬は悪びれるでもなくへらりと口元を緩めて顔を上げる。 「骨太の割りに手とかすっげーヤワいし、イー匂いすっし、食ったら甘そうだなと思って」 つい、と笑う表情は無邪気と言っても良くて、何だか複雑な気分になる。 (………僕って駄目な大人っぽい……) 「甘かった?」 溜息を一つ落として、肩口に背中を預けて仰のいた少年の耳元に囁く。 「んにゃ、あんま味しねー。しいて言えばどっちかっつーと塩味?」 「……僕はカズくんの方が甘いと思うなぁ……」 帰ってきた色気のない答えに苦笑して、スピット・ファイアは彼の白い額に口付けた。 ― END ―
|
スピの指をがじがじやるカズくんが書きたかっただけです(笑)。 ちょっと前から8割方出来上がっていたのですが、スランプ中でちまちま書き直しを重ねていました(苦笑。 |