スピット・ファイアの部屋に泊まるのは好き、だけど。 お泊りには付き物の苦手な時間がある。 普通に考えると多分本当は幸せな時間、なのかも知れないが。 葛馬にとっては忍耐と言うか我慢と言うか羞恥と言うか、イロイロ、辛い時間だ。 それさえ超えてしまえばあとは柔らかな抱擁と温かい体温と、ふかふかの布団に包まれた至福の時間が待っているのだが。 「……じゃあそろそろ寝ようか?」 「………あ……お、ぉう」 何時もと同じ、穏やかで優しい声に葛馬ははっと顔を上げて。 ふんわり微笑む男の笑みに覚悟を決めて、ぐっと拳を握って立ち上がった。 「……どうかしたの?」 これから布団に入る、にしては妙に気合の入った葛馬の仕草に不思議そうに覗き込んでくる茜色の瞳には何の他意もなくて、優しくて、綺麗で、大好きで。 だから嫌いではない、けれどそれと苦手と言うのはまた別な話で……。 「……な、なんでもねーよ、さっさと寝ようぜ!」 葛馬は強く言い切ってぶんぶんと頭を振り、先に立って寝室のドアを開けた。 今までコイビトは連れ込んでいない、と言うけれど、でもスピット・ファイアの寝室のベッドは大きくて、二人で寝ても充分の広さがある。 考えるとちょっと複雑な気がしないでもないからその辺のところは今は置いておくとして……お揃いのパジャマの裾を握り締め、葛馬はよっと小さな掛け声を上げてベッドに上がった。 上掛けを捲り上げ、身体を滑り込ませると感じるさらさらのシーツの感触が心地いい。 枕はふたあつ、最初は一つしかなかったのに何時の間にか、確信犯的に増えていた。 「……カズ君」 同じようにベッドに上がった男が葛馬の上に覆い被さってくる。 「………お、おぅ」 これから始まることを考えて、葛馬はぎゅっと瞼を瞑った。 ―――― 葛馬が苦手な時間、それは寝る前の、お休みのキスタイムだった。 何時からそうなったのか、一緒のベッドで寝るようになってからずっと、かも知れない。 一緒に布団に入ったら必ず、するようになった。 葛馬がベッドで、スピット・ファイアがソファで寝てた頃は額に一つキスが落ちるぐらいで、その優しい感触が、それはそれで大好きだったのだけれど。 (……コレはちょっと、違うんじゃないかと思う) まずはその瞼の上に、一つ。 それから頬を辿り、唇へ。 ちゅ、と小さな音を立てて重なって、濡れた舌が其処を辿って口を開くように促してくる。 目を開けられないままの葛馬がおずおずと口を開けば舌が入り込んできて、歯列を辿られて……。 「んっ……」 葛馬の記憶にある、小さい頃に母親や祖父母のくれたお休みのキス、とは違う。 これは違うだろ、と突っ込んだこともあったが、甘えるようにどこか寂しそうな表情で『……ダメ?』なんて言われたら断れなかった。 一度許してしまうと二度目、三度目も断れなくて……現在に至る。 「……っは……」 息継ぎの合間に漏れた声は熱を孕んで、どこか危うい感じだ。 細く瞼を開けて男の顔を伺うとスピット・ファイアは幸せそうな、嬉しそうな表情をしていて、それはそれで、凄く嬉しくて、擽ったかったりする。 でもその擽ったい感じが恥ずかしいと言うか悔しいと言うか、第一これから寝るのに、こんなにドキドキしててどーすんだ、と言うか。 要するに結構、頭の中がぐちゃぐちゃで、中々眠れなくなってしまう、のだ。 ベッドで眠る時も、ソファで眠ってしまってベッドに運ばれる時も必ずする、キス。 半分寝てても目が覚めてしまうこともある。 それはお休みのキスとしては失格、じゃないだろうか。 「……ん、おやすみ」 「………おや、すみ」 満足したのかちゅ、と小さな音を立てて唇が離れて。 耳元に落ちる穏やかな声に葛馬は目を細めて小さく頷いた。 くるりと抱き込まれて、広くてあったかい男の胸に額を摺り寄せる。 それは凄く気持ちいい、のだけれど。 「……はぁ……」 溜息のように小さな音を漏らして、葛馬は軽く瞼を伏せた。 頭上から規則正しい呼気の音が聞こえてる。 上がった心拍数が少しづつ落ち着いてくるのがわかる。 ―――――― それでもまだ。 (………なんで、お休みのキスがこんなに長いんだっつーの……) 眠りにつくまではもう少し時間がかかりそう、だった。 ― END ―
|
試しに読んでもらったら「安らかに眠らせてくれよ」と言われました(何。 おやすみのちゅーがしつこいスピと、実はそれが苦手なカズ君、でした。二人とも若干酷い、気が(苦笑) |