切欠は机の上に置かれていた黒い三角帽子、だった。 学祭でディスプレイとして使っていたのだが、使わなくなったので貰って来たという。 「捨てちゃうのももったいないし、誰か使うかもしれないと思って」 子供の頃は幼稚園の行事で葛馬も簡単な仮装をして近所を訪れたものだった。 「……ふーん」 確かお隣さんに小さい子がいたような、とぼんやり考えながら何気なくいつものニット帽を外してぽすっと帽子を頭に乗せ、首を傾げた仕草にキッチンの壁に貼られた壁掛けのカレンダーが眼に入った。 先日遊びに行った時、『もうすぐハロウィンだね』と笑っていた男の、酷く綺麗な、穏やかな笑みを思い出す。 自分はもう仮装をして家々を回るような年ではないけれど、でも。 スピット・ファイアは毎年子供らしい娯楽の少ない夜の鳥の子供達にお菓子を配っているらしい。 あの男のことだからきっと予備ぐらい用意しているはずで、多分、葛馬がこれを被って行けばお菓子をくれると思う。 (………ヤ、別にお菓子が欲しいわけじゃないんけど……) 欲しくないわけでもないけど、でもそれが一番の目的じゃなくて、本当は逢いたいからで。 でもまだこういう関係に慣れない葛馬は口実が無くては逢いにいけないからだ。 彼は好きな時に遊びに来ていい、と言ってくれるのだけど、でも何だか恥ずかしくてどんな顔をしたらいいかわから無くて、イロイロ、口実を作ってしまう自分がいる。 『ちょっとづつ慣れていけばいいよ』 そういって微笑む男には、多分きっと、そんなことは全部見抜かれているのだろうけれど。 そうして、通い慣れた道をいつものニット帽ではなく魔女の三角帽子を頭に載せてATで男の部屋へと向かった葛馬は、気がついた時には彼の膝の上に乗せられてしまっていた。 (……何でこんなことになってんだ……?) メールで在宅を確認して、大きく開いた窓から直接リビングへ降りて、驚いた顔をしている男の前に指を突きつけて、『Trick or treat!』と叫んだところ、までは良かった。 「それじゃぁお菓子。カズ君には特別たくさん用意してるよ?」 「うわっ!?」 あっと言う間に驚きから立ち直って、にっこり微笑んだ男はひょいと手早く葛馬の膝裏と背中に腕を入れて。 視界が反転したと思ったら身体が浮かんでて、落ちないように慌てて相手の首にしがみ付いている間にソファまで運ばれて。 「ちょっと張り切りすぎちゃったかな?」 はいどうぞ、とばかりにお菓子の籠が葛馬の膝の上でひっくり返されて、砂糖やココアの甘い匂いと小麦粉やバターの焼けた香ばしい匂いが辺りに広がった。 本当に張り切って用意したらしい、ラインナップだった。 一つ一つセロファンに包まれたチョコレートにキャンディ、クッキーと言った良く目にするものから綺麗な狐色に焼けたフィナンシェに焼きメレンゲ、マカロン。 フィナンシェもマカロンもたくさん種類があって、抹茶にココア、フランボワーズetcと色とりどりだ。 「わっ、ちょっ!?」 お菓子か悪戯か、とは言ったけれど。 お菓子、とは言われたけれど。 そのお菓子を食べるのにこんな格好である必要がどこにあるのか。 膝の上に溢れたお菓子に呆然としている間にひょいと足を抱え上げられて、男の膝に背中を預けて横抱きにされる格好になってしまっていた。 「はい、あーん」 可愛いピンクのマカロンを摘んだ綺麗な白い指先が口元へと運ばれてくる。 「自分でっ……」 食える、とか食う、とか言おうとしたけれど。 けれど男の手は伸ばされた葛馬の手を避けてすばやくすいっと高いところに逃げてしまった。 腕の長さが違うから、そうされると全然届かない。 「寄越せよっ!」 「だぁーめ」 甘ったるい声がどこか嬉しそうに響く。 「………」 ムカついたから、マカロンは諦めて腹の上に落ちてた焼き菓子の包みに手を伸ばしたら今度は反対の手でその手首を掴まれて、片手で一括りに両手を握られてしまった。 「ちょっ……」 「あーん。じゃなきゃあげないよ?」 にっこり、満面の笑みを浮かべた男の指先が再度顔の前へと降りてくる。 「…………っ……クソッ」 どうあっても、手づから食べさせる気らしい。 甘酸っぱい匂いに釣られるようにおずおずと口を開ければそれが口元に押し付けられて、さくりと軽い音が響かせてそれに歯を立てる。 木苺の甘さと酸っぱさが口の中に広がって、それを味わってる間に一口齧ったそれがつぃと引いて、そのまま男の口へと運ばれていった。 「あ……」 「ん、おいしーね」 さくさくと音を立ててそれを咀嚼して、指についた欠片を舐め取る仕草にちらりと赤い舌が覗くのが妙に艶めかしい。 「んっ……」 次はメレンゲ、小さな一口サイズのそれと一緒に指が押し込まれて驚いて目を瞬く。 唇を指で拭うようにして、すぐに離れていったけれど、でもやっぱ何かヤラシイ。 「………お前さー、もっとこー……その……ふつーに……」 「……ん、なぁに?」 細長いフィナンシェの端を咥えて振り向く男の目元は嬉しそうに緩んでいて。 それが多分、葛馬が膝の上にいるのと大好きな甘いものが溢れているのと、それを葛馬と一緒に食べれて嬉しいのと、全部一緒くたになってるんだろうな、と思ったら妙に恥ずかしくなった。 「ん。」 そのまま顔が近づいてきて、反対側から食べて、と促されてるのがわかってしまうのがなんだかなぁ、だ。 「うぅ……」 早く、と言うように。 まるでキスするみたいに瞼が伏せられれて葛馬は低い唸り声を上げた。 (わかっちゃうと……知らないふり、出来ない自分が……) 情けないような、悔しいような、けれどこれも何だか幸せみたいな。 (……今日は特別な日、だし……いいよな) ところでハロウィンってもともと何の日なんだっけ、と頭の隅で考えながら。 葛馬は瞼を僅かに伏せて口を開けた。 ― END ―
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ハロウィンネタ、「Treat vr.」です。ちょっと悪戯な「Trick vr.」はオフラインのイベントでの無料配布に使用予定です〜。甘々が……色々反動で甘々が書きたくなったのです。 |