自分の心臓の音が煩い。 相手の首に回した腕に力を込めてぎゅっとしがみついたら大丈夫、と言うように軽く背中を叩かれた。 それがすごく悔しくて、でもすごく安心する。 いつだって全然敵わなくて、でもいつか追いつきたい。 (………今は無理かもしれなくても……いつか……) 寝室の広いベッドに下ろされて、腕を解くように促されたけど赤くなっているだろう顔を見られるのが嫌で手を離せなくて、葛馬は男の肩の辺りに額を押し付けたままふるふると小さく頭を振った。 「………緊張してる?」 スピット・ファイアはその仕草に小さく笑って、手を伸ばすと葛馬の柔らかな金色の髪をくしゃりと撫でた。 瞬間ぴくりと眉を跳ね上げて、葛馬が勢いよく顔を上げる。 子供扱いされている、そう思ったのだろう。 生来の負けん気の強さが顔を覗かせて、青い瞳に強い光が過ぎった。 「してねーよ、ホラ早くしろよっ!」 噛み付くようにそう言って、ぼすっと音を立てて大きなベッドに仰向けに寝転ぶ葛馬。 けれど彼は言葉とは裏腹に注射を待つ子供のような表情でぎゅっと目を瞑っていた。 「………」 拳は両脇できつく握り締められているし、そろり手を伸ばして頬に触れるとそれだけでびくっと大きく身体が跳ねる。 ……強がっては見たものの後悔しているのだとか、本当は緊張して怖いのだとかが見え見えだ。 もし犬なら耳は垂れて、尻尾は足の間に巻き込まれているのは間違いないだろう。 「………カズ君……」 男の口から葛馬が今まで聞いたことも無い途方にくれたような声が漏れた……。 「……で、手を出せなかった、と」 「出せなかったんじゃなくて、出さなかったんだよ。無理にする必要はないし、第一そんな状態になってる子供に手を出すほど飢えてないからね」 テーブルに置かれている湯飲みを手に取り、仄かに湯気を上げるお茶を啜る。 ついでに素朴な風合いの皿に盛られた色鮮やかな練り切りを菓子楊枝で半分に切り分け口に運び、スピット・ファイアは口元を緩めた。 「あ、これ美味しいねぇ」 ほくほくとした和菓子独特の優しい甘さが口に広がって、すぅっと溶けていくのが心地いい。 「でしょでしょ〜、美味しいし可愛いーの。それに和菓子って甘い割りに意外と太らないのよ?」 どこか芝居がかった嬉しそうな、面白がっているような声が上がる。 「へぇ、それは女の子には心強い味方だね」 話題が変わってこれ幸いとシムカに応えるスピット・ファイアを、けれどこの男は逃がしてはくれなかった。 「ホンマ大事にしとんなあ。目に入れても痛ないんちゃうか」 下卑た笑いを浮かべたヨシツネに脇腹を小突かれても苦笑いを浮かべるしかない。 「で、実際のところどうなん?」 「……実際も何も……ホントに何も無いよ、僕達なりのペースでお付き合いさせていただいてます」 「………おい」 「かぁーっ、おもろないなぁ!」 下の方で小さく声がして、けれど極小さな声だったからヨシツネのわざとらしい雄叫びに掻き消された。 「……あんなウスィ〜子供のどこが気に入ったのか、悪趣味ですね」 「チッチッ、わかってへんなぁ。恋愛っちゅーもんは理屈でどうこうなるもんやあらへん。まさかそのトシになって一度もないとは言わんやろ? ん?」 アイオーンが人差し指で眼鏡のブリッジを押し上げながら冷ややかに言い放てば彼の矛先はするりとそちらに変わる……そちらの方がよりからかいがいがある、と判断したのだろう。 どや、とばかりに無造作に伸びたヨシツネの腕がきっちり背筋を伸ばして座っていた男の首に巻きついた。 「……そんな効率の悪い事はごめんですね」 「面白味のないやっちゃなー」 ヨシツネは大袈裟に肩を竦めて左右に首を振ってみせる。 「例え相手がどんだけ年下でも、年上でも、ましてや男でも女でも関係あらへん! まぁワイは年上の姉ちゃんに限ると思とるけどまあソレはソレとしてな。どんだけチキンやろうが薄かろうが平々凡々としとろうが 途中までは一般論だった、のだが。 後半なんだかすごく、特定の相手へのいぢめになっている気がするのは気のせいだろうか。 「ひどいなぁ、すごく可愛いのに……」 確かにあの個性的面子の中にあっては飛びぬけて目立つわけではないが、彼だけを見れば……顔立ちはすっきりと整っているし、まだ拙いながら無駄の無い綺麗な走りをするし、髪だってさらさらふわふわでスピット・ファイア好みだし、雲一つなく晴れた空のような綺麗な空色の瞳をしているのに。 「そら贔屓目っちゅーやっちゃ」 「あ、でもでもー、確かに良く見るとカワイイ顔してたわよ? ひょろっとしててシムカは好みじゃないけどー」 「………おい」 「ん、何、鵺君?」 先程の声が一層低さを増して地を這うような低音となって、スピット・ファイアは緩く首を傾げてそちらに視線を向ける。 鵺は目の前に置かれた湯呑にも和菓子にも手を出さずに、机の下で拳を握ってソレをプルプルと震わせていた。 「………今日は、 「……そうだけど?」 「……………そうだけどじゃねえッ!!」 きょとんとした表情を浮かべるスピット・ファイアに机を叩いて立ち上る鵺。 「だぁって、スピ君の初めての本気の恋応援してあげたいじゃない〜v それに二人が上手くいけばこっちとしても色々都合のいいこともあるしー」 その二人の間に割って入り、シムカは顔の横に両手を組んでわざとらしく身体をくねらせて甘い声を上げる。 「とりあえずお茶飲んで落ち着こ? あ、お茶冷たい方が良かった? それとも和菓子キライ?」 二人を見比べ、更に明らかに面白がってニヤニヤ笑っているヨシツネと、我関せずとばかりに茶を啜るアイオーンを見やり……鵺はがっくりと肩を落とした。 「…………俺、帰っていいか……」 ― END ―
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危うく進みかけた未遂Ver.(笑)です。 さぁこーい!と大の字になってプルプルしてるカズ君の話をしたら I つきさんに「君んちのカズ君はヘンな方向に男らしいよな」と言われました…(笑)。 ヨシツネもシムカも絶対鵺君で遊んでます…(笑)。 |