「………今日はうち、来る? うん……わかった、じゃあ後でね」 何気なく振り向けば、スピット・ファイアがその整った顔に限りなく甘い表情を浮かべて携帯電話に向かって何やら囁いているところだった。 あのタラシが特定の相手を作った、と聞いた時には耳を疑ったものだがその表情からするにどうやらガセではなかったらしい。 しかもそれがまだ羽も生え揃ってもいないような黄色いヒヨコだと言うのだから驚きだ。 「噂のハニーにラブコールか。熱っつぃなー」 通話を切った彼に揶揄るような声を向ければ、男は振り向いて困ったなあ、と言うように苦笑いを浮かる。 「………噂って……シムカかな」 けれど頬を掻く仕草もポーズで、本当は困って等いないのだということはその緩んだ口元を見れば一目瞭然だ。 「羨ましなー。どや、男のロマン、光源氏計画の進み具合は?」 「……ご期待に添えなくて残念だけど、まだそんな関係じゃないよ」 珍しくいつもはんなり微笑んでいるばかりで隙の無い男をからかうネタを手に入れたのだから逃す手は無い。 そう思ったのだが予想外の答えが返ってヨシツネは眉を潜めた。 「なんや、まだ手ぇ出してへんのか。我慢強いやっちゃなー」 「うん、まあそうなんだけど………シムカにも言われたけど、我慢してる様に見える?」 「ヤりたないんかいな。年下の初心な恋人おってみ、ワイならとっくに手取り足取り腰取り……」 いいかけて、けれど自分と、彼の違いに気づいて言葉を切る。 「……あー、せやけど相手も男やからなァ。勝手ちゃうか」 散々女遊びはしてきたが男に手を出したことがあるはずもなく、溜息にも似た声と共に片手で髪を掻き上げて紫煙を燻らせる。 紫がかった灰色の筋が高い場所を吹く風にたなびいて散って行った。 「……うーん、そう言うことはないんだけど……」 「………何にも知らんぴっちぴちの中坊に手取り足取り色々教えるっちゅーんは萌えるシチェーションやと思うんやけど、それはそれでめんどいしなぁ。やっぱワイはもっとこー出るとこでて引っ込むとこ引っ込んどるような姉ちゃんの方がええわ」 「……ベンケイみたいな?」 片手をひらひらと宙に漂わせてひょうたん型を現せば小さく首を傾げた男は見当違いの答えを返してくる。 「アホ抜かせ、あないなん相手にし取ったら命が幾つあってもたらへんわ」 確かにプロポーションは良いが、あれを『女』だと思ったことは無い。 向うとて同じだろう。 「僕は特に我慢してるつもりは無いんだけどなぁ……」 「……我慢なんかしてねーだろコイツは。好きなようにやってんじゃんか」 「だよねぇ」 それまで二人の会話を黙って聞いていた鵺が呆れたような声を上げて、スピット・ファイアは悪びれるでもなくのほほんと緩い笑みを浮かべた。 「ノロケるわ、自慢するわ、人の前でいちゃつくわ……」 「………そないなめにあっとったんかいな」 ヨシツネのホームグラウンドは関西で、普段滅多に顔をあわせることは無い。 だが同じ関東をホームグラウンドにする鵺は色々と、迷惑を蒙っているようである。 「俺がヒヨコより年下だってこと絶対忘れてるよな、この燃え頭」 「……苦労しとんな」 小さな頭に手を乗せようとしたらパシッと払われて苦笑を浮かべる。 そんな二人を見やって炎の王は楽しそうに目を細めた。 「二人とも仲がいいねぇ」 「……誰がだ。俺は帰るからな」 言うなりひらりと、黒いマントを翻して雷の王は姿を消した。 フェンスの下を覗き込めばビルの側面を地面を走るのと同じように淀みなく滑り降りてゆく姿が見えただろう。 けれどそれは自分達にとっては当たり前で、今更目を剥くほどのことでもない。 「………で、実際ンとこどうなん?」 「……まぁ、そう言うことをしたくないわけじゃないけど、僕は何よりもカズ君を大事にしたいって思ってるから。我慢せずにそれを実行してるだけなんだけどね」 くすくすと柔らかく、どこか幸せそうに笑う男。 何となく、女達が彼に惹かれる理由が、わかったような気がした。 (…………苦労しそうやなー……ま、ワイんは関係あらへんけど) ぷかりと煙を吐いて、ヨシツネは残りの煙草をコンクリの床に押し付けた。 ― END ―
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鵺様の不幸 その2…の割りに、出張ってるのはヨシツネでヨシツネ視点ですが。 でも惚気られてもヨシツネなら平気で受け流せそうな気がします。 初書きですが色々と好き放題遊べるのでヨシツネちょっと楽しかったり…(笑)。 |