とある大きな暗い森に、一匹の狼さんが居ました。 身体は群れでも一際大きく、牙は真っ白で鋭く尖って、毛皮も銀色がかった綺麗な白の、とても綺麗な狼さんです。 狼さんは大きな群れのリーダーでたくさんの仲間に慕われていましたが、どこか気紛れでした。 束縛を嫌い、一人で居ることを好み、いつのまにかふらりと姿を消してしまうのです。 群れの仲間達はいつも少し困って、けれど狼さんがとても好きなのでみんな仕方ないと許してしまうのでした。 今日も今日とてふらりと一人で森の外まで散歩に出かけた狼さんは暗い木の根元でうごうごと動く茶色の物体を見つけました。 兎か何かでしょうか、狼さんの頭の程の大きさしかなく、怪我でもしているのかよろよろと頼りない動きをしています。 お昼ごはんにちょうど良さそうだとそれに近づいていった狼さんは、それが狼の子供によく似た生き物だと気づいて目を瞬かせました。 (………子犬だ) こんな森の中には不釣合いな、まだ本当に小さな子犬です。 「!!」 こちらの気配に気づいて振り向いた子犬は、相手が怖い狼だとわかってびくっと小さな身体を揺らしました。 「……ぅ、うう゛〜……」 一瞬呆然として、けれど子犬はそれからすぐに身体を跳ね起こして狼さんに向き合うポーズを取ります。 怯えたような目で、でも一生懸命短くて小さくて太い手足を踏ん張って、低い唸り声を上げています。 けれど前足はがくがく震えているし、尻尾はくるんと丸くなって足の間に入り込んでしまっていました。 どれだけ強がっても尻尾は嘘をつけませんから子犬が本当は怖くて仕方がなくて、けれど虚勢を張っているのはすぐにわかります。 けれど狼さんはそんなものは見ていませんでした。 子犬がどれだけ頑張っても自分に危害を加えられないことはわかっていましたし、それよりもっと気になるものがあったからです。 狼さんは無造作に前足を伸ばし、それに噛み付こうと顔を上げた子犬の背中を押さえつけました。 「ッ、ふーっ、ふーっ!!」 じたばたともがく子犬に顔近づけて、覗き込みます。 恐怖に見開かれ、今にも泣き出しそうに潤んだ子犬の目は狼さんが今までに見たことがない、ビー玉のような綺麗な空色をしていました。 よく晴れた高い空のような、綺麗な水の中のような。 綺麗な綺麗なそれを狼さんは一目で気に入ってしまいました。 「………」 迷犬でしょうか、それとも捨て犬でしょうか、辺りを見回しても落とし主の姿はありません。 「がうっ、ぅー、ぐるるるるっ、るるっ……」 一生懸命牙を剥いては居ますがあまりに弱々しく、ここに放置していったら死んでしまいそうな感じです。 それを勿体無く感じた狼さんは、その子犬を持って帰ることにしました。 押さえた場所の少し上、首の上の皮の厚い部分をかぷりと銜えて持ち上げます。 「ぅ゛ー…わ、わんっ、わんっ!!」 身体が浮くと同時に焦りとも怯えともつかない上擦った鳴き声があがりました。 子犬が激しく暴れだし、傷つけないようにゆるく銜えていた所為で、狼さんはその小さな身体を地面に落としてしまいました。 「きゃぃんっ!」 「……!」 甲高い悲鳴が上がって、しまったと思った時には子犬はもう逃げ出していました。 身体の割りに素早い動きでしたが、子犬が狼にかなうはずがありません。 慌てて走り出した子犬を追い、数歩で追いついた狼はその身体をひょいと前足で押さえつけました。 「!!」 押さえつけられた子犬は身体を硬直させて、それから恐る恐る振り返って狼さんを見上げてきます。 それにつられるように狼さんは鼻先を下ろして子犬の少し湿った鼻先に触れました。 「………」 次の瞬間、ふっと空色の瞳が細まったかと思うと、伏せられて。 「!?」 くてりと小さな身体から力が抜けるのに狼さんは慌てて前足を放しました。 ……子犬は動きません。 狼さんは慌てて子犬の鼻先に舌を這わせました。 ぺろぺろと数度舐めてやると、僅かに身動ぎをして、彼が気を失ってしまっただけだと言うのがわかりました。 …………空腹と恐怖に耐えかねて失神してしまったのです。 そんなことには知る由もなく、狼さんはほっと息を吐くと。 くったりと動かなくなって運びやすくなった子犬を銜え、軽い足取りで巣穴へと帰っていったのでした。 ― END ―
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どのヘンがスピカズなんだろう…(笑)。 一度やってみたかった童話調で作ってみました。 |