遠くで軽やかに鐘の音が鳴っている。 リーン、ゴーンと重く、けれど華やかな音だ。 「……ズ君、カズ君」 「………え?」 聞きなれた姉の声に顔を上げて、葛馬は目を瞬いた。 (……あれ、俺、今何して……) 「早く行かないと式、始まっちゃうわよ?」 「………へ?」 苦笑を浮かべながら腕を引かれて、白いレースに包まれた手が目に入って葛馬は間の抜けた声を漏らした。 「ほら早く」 引っ張られて立ち上がりかけて、裾を踏みそうになってつんのめる。 (………裾?) そんな裾を踏みそうになるような服を着ていた覚えはなくて、何気なく自身を見下ろして葛馬は息を止めた。 「なっ……なんだこりゃ!?」 其処に白く長い裾を引くベール、白いドレス、白いレースの手袋に身を包み、同じく白い大きな花で作られたブーケを手にした自分が居たからだ。 「……カズ君、準備は出来たかい?」 扉が開いてこれまた聞き慣れた、穏やかな声が投げかけられる。 顔を向けるとやっぱり上から下まで真っ白のタキシード姿のスピット・ファイアが居て、葛馬はますますパニックに陥った。 「うえぇッ!? ちょっ、アンタ、何やってんの!?」 「何って……これから結婚式だろう。僕達の」 ふんわりと口元に刻まれる笑みは何時もと同じ、けれど零れ出た台詞は耳を疑うそれで。 「は!? ちょ、待っ……」 あれよあれよという間に二人がかりで控え室らしき個室から連れ出され、大きな扉が開いたと思ったら其処には真紅のヴァージンロード。 「……え゛ぇー!?」 両脇には見知った顔がたくさん並んでいる。 「カズ君おめでとう、先を越されちゃったね……!」 「うわー、カズ君キレイ〜。羨ましいなー、ブーケは僕に投げてねっ?」 「うわ〜ん、カズ様ぁ〜!!」 ブッチャが花嫁の父宜しく感極まった表情で目元を押える、亜紀人が心底羨ましそうな表情で声を上げ、安達が泣いている。 「………あのカズ君がねぇー……」 「ホンット意外だよなー……」 「お幸せに……!」 リンゴが、イッキが感嘆とも驚愕とも付かぬ表情を浮かべて、黒炎が両手でがっしとスピット・ファイアの手を握って……何が何だかわからないうちに集団で祭壇の前へと押しやられた。 「ちょ、待て、待てって……ってオニギリ!?」 祭壇の前で大きなステンドグラスを背中に、十字架を背中に立っていたのは何故か神妙な顔をして神父の格好をしたオニギリだった。 「汝、スピット・ファイアは、この男、美鞍葛馬を妻とし、病める時も健やかなる時も、共に歩み、死が二人を分かつまで妻のみに添うことを誓いますか?」 「はい」 何の躊躇いもない、よく通る声が返る。 「汝、美鞍葛馬は、この男、スピット・ファイアを夫とし、病める時も健やかなる時も、共に歩み、死が二人を分かつまで夫のみに添うことを誓いますか?」 「ちょっ、ナンデ俺が妻!? つーかおかしいだろ、この状況!!」 「誓いますか?」」 ありえねぇ、と叫ぶ葛馬を他所に、オニギリは重ねて問い掛けてくる。 「だーからー!!」 「あーもぅウゼーなー、誓うのか誓わねぇのかはっきりしろよ!」 「……えーと、あー……ハ、イ?」 急に素の口調に戻ったオニギリが上げた怒鳴り声に、葛馬は思わずそう応えてしまった。 「うし、ほんじゃ誓いの口付けをドーゾ」 「……カズ君」 伸びてきた大きな手がベールを持ち上げて、スピット・ファイアのキレイな顔が近づいてくる。 「ちょ、タンマタンマ!! 見てる、皆見て……ギャー!!」 うちゅー、とキスされて甲高い悲鳴が、上がった。 「ギャー!!」 と、悲鳴を上げたところで眼が醒めた。 辺りを見回すと、其処は見覚えのあるスピット・ファイアの寝室で。 慌てて見下ろした自分がちゃんと寝巻きを着ていることを確認してホッと安堵の息を吐く。 「どうしたの、カズ君? 凄い悲鳴が聞こえたけど……」 かけられた声に振り向く気力もなく、額を押えたまま緩く頭を振る。 「あー……うん、なんかヘンな夢見て……」 「どんな夢?」 背後に柔らかい、慣れた気配があるのに安堵する。 「……俺とオマエが結婚する夢」 「何言ってるんだい。したじゃないか。ヘンなパパでちゅねー」 「……あ゛!?」 ばっと振り向くと其処には幼い頃の葛馬そっくりの青い目をした、けれど燃えるような赤い髪の幼児を抱いたエプロン姿のスピット・ファイアが立っていた。 「あぅ?」 指をしゃぶる幼児のが小さくちょこんと首を傾げる。 「しかも俺がパパなのかー!!」 ……絶叫が上がった。 「………なんか……苦悶の表情で寝てるなぁ……カズくーん、大丈夫ー?」 「うぅ゛……ぅ〜……」 眉を顰め、低く唸る葛馬の額に張り付いた細い髪を掻き上げながら。 スピット・ファイアは起こした方がいいのだろうかとのんびりと首を傾げた。 ― END ―
|
ジューンブライドデスネ。 暗い雰囲気をぶっ飛ばせなギャグで…バカやりたかったんです…(笑)。 |