「……お祝い、しよっか?」 「なんのだよ」 「カズ君が上級 ちゅっと頬にキスが落ちると共に脇の下に手を入れられて、子供にするみたいにひょいと持ち上げられて立ち上がらされる。 一瞬ムッとしたけれどあまりに自然な仕草で文句を言う暇もなかった。 「……………」 ……数時間後、机の上には二人で選んだホールのケーキと、淡い黄金色の泡をふつふつと昇らせるスパークリングワインが並んでいた。 ケーキはホールといっても2、3人で食べる小さめサイズのもので、苺やラズベリー、ブルーベリーといった色とりどりの果実で可愛らしく飾り立てられていて、店では大分恥ずかしい思いをした。 無論恥ずかしかったのは葛馬だけで、スピット・ファイアは全く気にした様子もなく始終にこにこ笑っていたのだけれど。 (………そりゃ甘いもんは結構好きだけどさ) 男二人で並んでケーキを購入するというのも中々シュールな光景だ。 「これならカズ君にも飲めると思うから。甘口だし度数も低めだからね」 ワインはそう言って男が冷蔵庫から取り出してきた。 先日のことがあるので我侭は言わず、素直に花のような甘い香りを漂わせるグラスを受取る。 「……乾杯」 「………カンパイ」 ちりんと薄いグラスがぶつかる高い音が響くのがやけにオトナっぽい感じだ。 唇を湿らせるようにほんの少し口に含んで、味を確かめる。 確かにこの間のワインに比べると甘くてすっきりとした飲み口で飲みやすい。 (…………あ、イケるかも) そのままくいと飲み干そうとしたところ、すいっと片手がそれを制した。 「確かに軽いワインだけど、一気に飲むと回っちゃうよ?」 「大丈夫だっつってんのに……」 くすくすとおかしそうに笑われて、唇を尖らせる。 「酔っ払って寝ちゃった人の言葉は信じられません。……折角だからホールのままいっちゃおうか?」 男はそう言って、そのままケーキにフォークを伸ばした。 フォークで突き刺した苺を迷うことなく自分ではなく、葛馬の口の前に突きつける。 「…………あれはたまたまだっつーの……」 シロップでつやつやに光って美味しそうなそれに誘われるようにおずおずと口を開ければ、真っ赤な苺は甘酸っぱい香りを伴ってゆっくりと口の中に押し込まれてきた。 ほんの少し力を込めればかしゅりと音を立ててそれが潰れて、甘酸っぱい果汁が口の中一杯に広がる。 「………美味しい?」 スピット・ファイアがあまりに嬉しそうな表情をしているものだから、急に恥ずかしくなって、葛馬は無言のままもごもごそれを飲み込んだ。 「…………あんま、不味い苺とか聞かねーけど」 反射的に憎まれ口が口をついてでて、慌てて口元を押える。 「……可愛い」 言い過ぎただろうかと思ってちらりと見上げると、予想外に頭を撫でられた。 「……っ、その反応おかしいだろ!」 ますます恥ずかしくなって、葛馬が声を荒げれば、目元に口付けが落ちてくる。 何だか間違っている気がしないでもないが、けれど擽ったいそれは嫌な感じではない。 今度は生クリームがたっぷりのったスポンジが運ばれてきて、胡乱に目を細めながらも葛馬は再度そっと口を開けた。 きめ細かな生クリームとしっとりスポンジが口の中でふんわり溶ける。 男は美味しそうに自分の口元にもフォークを運んで行く。 「………アンタ結構甘いもん好きだよな」 予想外と言うか、いやでも結構似合うかもしれない。 「好きだよ? カズ君が食べさせてくれたらもっと好き」 「……っ!」 顔を真っ赤にする葛馬を他所に、スピット・ファイアはニッと笑って軽く瞼を伏せた。 あーんと言うように口を開ける相手に思わず口をパクパクさせてしまう。 「……………恥ずかしい奴」 どうしよう、と思ったけれど。 結局こんな時だけ妙に可愛い、子供のような表情をする男には叶わなくて、葛馬は自分の分のフォークを手に取った。 「…………ホラよ」 ケーキを刺したフォークを持ち上げ、恥ずかしくて顔が赤くなっているのを隠すように外方を向きながらわざと素っ気無くそう言えば。 「……いただきます」 ぱくっとそれに食いついてきた男がふふっと嬉しそうな笑みを零して。 「………ん、やっぱり美味しいね」 葛馬は思わず釣られる様に緩んでしまった口元を押えた。 (…………結局俺、この人に弱いんだよなぁ……) なんてコッパズかしいことをしているんだろうと思いつつ、妙に擽ったいようなむず痒いような。 或いは頭を掻き毟って悲鳴を上げたいような、けれど何だか悪くないような、むしろ幸せみたいな、そんな何とも言えない気分になる。 (…………んとに何やってんだろ……) 何か考えていないと恥ずかしさにいてもたっても居られなくなりそうで、あちこちどうでもいいことを考えつつ、葛馬は再度口元に運ばれてきたフォークに大人しく口を開いた。 ― END ―
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連載没を掬い上げてみました…(笑)。 使わなかったけどどこかに使いたかったんです…(笑)。 |