「………ん……」 あったかくてずっしりとした、でも苦しいほどじゃないしっかりとした重さが心地いい。 (ハラの上にチワが乗っかってるみてーな……) でもチワよりもっと重くて、包み込むように大きな温もりだ。 「……起きた?」 無意識にその温もりに擦り寄ればふわり、と柔らかな声が落ちてきた。 「………ぅ?」 まだ重たい瞼をどうにか引き上げて、数度瞬く。 ぼんやりと霞む視界に白いシーツと寝巻きの襟元らしきものが目に入って、葛馬は一気に眠りの淵から引き起こされた。 「っ!」 「急に起きない方がいいよ。ゆっくり、ね?」 男の胸元に擦り寄っていたのだと知って慌てて飛び起きようとして、だが男の手に緩く押し留められて再びスプリングの効いた寝台に沈む。 ギシッと微かな音がして、その音に反射的に色々蘇ってきて葛馬はかぁっと頬を染めた。 (………えっと、アレ、そう言う事なんだよな。ヤっちゃったんだよな?) その割りにちゃんと寝巻き……スピット・ファイアのだけど……を着てるし、肌も独特のベタつきとかないし、ひょっとして夢だったんだろうか。 ぼんやりとそう思って、でもすぐに自分が寝巻きの上しか身に着けていないことに気付いた。 腰の辺りがダルくて重い、あらぬ所がヒリヒリして違和感がある。 「…………」 「大丈夫? どこか痛い? 気持ち悪い?」 どうしたらいいかわからなくて硬直していたら、珍しく慌てた仕草で身体を起こした男に肩を掴まれて葛馬は目を瞬かせた。 極近いところに揺らめく炎を思わせる赤ともオレンジともつかない不可思議な色合いの瞳があって、それが余りに真剣で心配気な表情だったから妙におかしくなって、ふっと身体の力が抜ける。 「………バーカ、お前、心配しすぎなんだよ」 自分の声が予想外に掠れて響くのが少し恥ずかしい。 それでも笑う葛馬に男の表情があからさまにほっと緩んで、擽ったいような気分になった。 「………無理させちゃったね」 「……別に無理ってわけじゃ……それに俺がワガママ、言った見てーなモンだし……」 壊れ物にするかのように柔らかく抱き寄せられて額に口付けが落ちる。 それに応えるように男の背中に腕を回してその肩口に鼻先を埋め、スピット・ファイアの匂いをいっぱいに吸い込んで葛馬はほぅと大きく息を吐いた。 (……なんかスッゲー、安心する) あったかくて凄く落ち着く、仄かに甘い良い匂いがする。 「………カズ君……」 名前を呼ばれて、僅かに顔を上げれば綺麗に整った男の顔が近づいてくるのがわかって。 反射的に目を閉じた ――――― 直後。 ぐうぅ〜、と派手な音が響いた。 「……………」 「ぁ………」 音の発生源は抱き合う二人の間、葛馬の腹の辺り。 一瞬きょとんとした表情を浮かべた男は。 「ぷっ……」 次の瞬間、盛大に噴出していた。 「あ、あははは!!」 「……わ、笑うなッ!!」 そのまま腹を押さえてベッドに突っ伏してまで笑い出すのに葛馬の顔が一気に赤くなる。 どうにかやめさせようと体重をかけて男を引きずり倒そうとするも、簡単には倒れてくれない。 「ちょ、カズ君、危な……っ……プッ……あはは」 「笑うなつって、ッ!?」 かと思うと笑いすぎて力が抜けたのかがくんと上体が落ちてきて、縺れあう様にしてベッドに沈み込んで……それでもまだスピット・ファイアは笑っていた。 「ぷっ、あはは、はは……くっ……」 「ちょッ、重い! 重いって!!」 喚く葛馬の上に突っ伏したまま、その細く華奢な身体を抱きしめる。 ………事後のベッドで相手に腹を鳴らされたのは初めてだった。 ありえないと思うのと同時にカズ君らしいと思って、そんなところまで愛しくて、そんな自分に笑いが止まらない。 (……カズ君てばホントに、凄いよね) 雰囲気も何もあったもんじゃなくて、でもそれが彼と一緒ならこんなにも嬉しかったり楽しかったりするものなのだ。 それがおかしくて、酷く幸せだと思った。 夜食を作ってくるから、と言い置いてキッチンへ向かったスピット・ファイアは、思いの他早く大きなトレイを手に戻ってきた。 「俺そっち行くのに」 病人でもあるまいしベッドで食事、と言うのは抵抗がある。 出来たら呼んでくれると思ったのに、と寝台から気怠るい身体を起しかけた葛馬は、だが男に片手で押し留められてしまった。 「たまにはこういうのもいいでしょ?」 楽しい遊びか何かのように、柔らかく告げられたけれど本当は葛馬の身体を気遣ってのことだろう。 クッションを幾つも背中に押し込まれて、ヘッドボードを背凭れに緩く座らせられてしまう。 また子供扱いされてると思う反面ありがたくもあって、葛馬は素直にそれに甘んじた。 「熱いから気をつけてね」 「……ん」 スープのカップを渡されて、落とさないよう両手で包み込むようにしてそれを口に運ぶ。 メニューは湯気を上げるコーンスープとふんわりバターの匂いのするフレンチトースト、冷たいオレンジジュース。 スープは温めただけのインスタントだったが、空っぽの胃袋にじぃんと染み込んですごく美味しかった。 「はい、あーん」 「あ……って、オマッ!?」 ほぅと安堵の息を吐いたところでナイフとフォークで切り分けられた卵色のフレンチトーストが顔の前に差し出されて、葛馬の顔は真っ赤に染まった。 「お、おかしいだろソレ! フォーク寄越せよっ!」 「……ちぇ」 「チェじゃねえ、チェじゃ!!」 つまらなそうに鼻を鳴らす男からフォークを奪い取る。 照れ臭さを誤魔化すように葛馬は勢い良くソレを掻き込んだ。 「ちょ、カズ君、誰も取らないよ?」 慌てる男を他所にがふがふと勢い良くトーストを胃袋に押し込んでゆく。 スピット・ファイアはその仕草に小さく苦笑を浮かべて、傍らに引き摺ってきた椅子に腰を下ろすと自分用のグラスを手に取った。 中身は葛馬に付き合ってオレンジジュースだ。 「…………」 冷たいそれを煽って一息ついたところで、フレンチトーストをあらかた片付けた葛馬が奇妙な表情でこちらを見ているのに気付いた。 「……どうしたの?」 「あ、いや……アンタの分は?」 どうやら一人で食べていることを気にしていたらしい。 「あぁ、僕は空いてないから大丈夫」 口に出せばまた恥ずかしいとか怒られそうな気がするが幸せで胸がいっぱいだったりするのだ。 でもその気遣いが嬉しくて思わず頬が緩む。 手を伸ばしてくしゃりと髪を撫でてやると擽ったそうに肩を竦めるのが可愛くて、愛しくて、自然と唇から言葉が零れた。 「……好きだよ」 何度言われても言われ慣れないらしく、俯いてしまった首筋から顔までほんのり色づいている。 「………ぁ、えっと……その……俺……」 何か言いた気に唇をもごもごと動かすが、恥ずかしくて言葉に出来ない。 せめてもと小さく同意を告げようとしたらふにっと人差し指で唇を押さえてられ、言葉を遮られて葛馬は目を瞬かせた。 「………?」 「そろそろオウムは卒業しようか?」 「……オウム?」 にっこりふんわり、見惚れるぐらい綺麗に笑う男。 いつもと同じようでいて、でも何だか妙に有無を言わせない気配で何だか嫌な予感、だ。 「……カズ君の言葉で、聞かせて?」 案の定の台詞に葛馬は耳まで真っ赤になった。 低く優しい声がどこか甘えるように囁く。 「………えー、あー、うー……」 男にしては珍しい仕草で、応えたいと思うものの、蕩ける様な視線に晒されているだけで恥ずかしくて言葉が言葉にならない。 スピット・ファイアは静かに、葛馬が口を開くのを待っている。 「……ぉ、れも、ッ……」 長い時間をかけて、多大な精神的労力を費やして、葛馬はぎゅっと上掛けと握り締めたまま口を開いた。 「………す、す、好き、デス……」 たった二文字の言葉なのに、全速力で100M走りきって体力根こそぎ持ってかれた時みたいに心臓はバクバク言うし胸は苦しいし、自分でもわかるぐらい顔は熱くなってるし、酸欠状態に似てるかもしれない。 「…………」 男は無言で、妙に不安になって。 「……わっ!」 何か失敗しただろうかとそろりと瞼を上げて相手を盗み見ようとした瞬間、ばふっと抱き締められて葛馬は慌てて落としそうになった皿を握り締めた。 「……愛してるよ、カズ君」 「………っ……」 宝物にするみたいに大事そうに抱き込まれて、耳の後ろの辺りに温かくて少し濡れた唇が触れる。 (うー……やっぱかなわねえ……) 驚きに強張っていた身体の力を意識して徐々に抜いていきながら、葛馬はほぅと小さく息を吐いた。 ― BACK/END ―
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やっとこ完結〜、長かった! 時間にすると実は半年足らずなのでそれほど長くもないんですが、こんだけ長いのを書いたことは今までないかもしれません…(笑)。 そしてまだ続編のネタはいろいろあったり…左絡みの続編だとか、逆転ネタも連載でゆっくりやりたいなあ…と思いつつ、とりあえず完結です。 長々とお付き合い頂きありがとうございました。少しでも楽しんでいただければ幸いです。 |