「炎の王が生まれるところ、見れなくて残念だったよ」 温かく柔らかく響く低い声。 聞き覚えのあるそれに反射的に振り向いて、我が目を疑った。 「…………」 最初に目に入ったのは、目にするはずの茜色ではなく、白。 身体のあちこちを覆う白い包帯と、膝にかけられた白いブランケット。 看護婦に車椅子を押されて近づいてくる人。 ずっと陽に当っていなかったのだろう、肌も青白く病人めいて。 包帯に包まれていない箇所にも幾つも瘢痕組織の隆起した痛々しいケロイドが覗いていた。 「………スピッ…ト、ファイア……」 「……久し振りだね、カズ君」 懐かしい、懐かしい声。 「…………ンの、バカヤロウッ!!」 あんまりにも驚いて、嬉しくて、苦しくて。 立っていられなくて数歩踏み出した勢いそのままにその膝に縋りつくように崩れ落ちていた。 「……ッ……」 痛みを堪えるかのような低いうめき声が上がったがそれに頓着する余裕もない。 「…………スピッ…てめっ…」 堰を切ったように溢れ出した涙。 低く悪態を吐いて、葛馬は唇を噛んだ。 悔しい、悔しい、悔しい ――――― 嬉しい。 「…………っ、ふッ……クソッ…」 ひっく、ひっくと小さく背中が揺れる。 みっともなくて恥ずかしくて、止めたいのに止まらなくて、言葉が言葉にならない。 それを隠そうとするかのように仄かに消毒匂いのする白いブランケットを握り締め、顔を埋めた葛馬の頭にどこかぎこちなく、優しい掌が乗せられた。 どんな顔をしているのだろう。 そう思ったけれど。 泣き顔を見られたくなくて、顔を上げられなかった。 「……落ち着いたかい?」 「…………」 どうにか立ち上がったものの顔を見られるのが嫌で、無造作に机に腰を下ろし外方を向いたまま鼻を啜る葛馬に変わらない落ち着いた口調が投げかけられる。 コクリと小さく頷いて、ちらりと視線を向ければ白いギブスに包まれたケロイドの目立つ指先が見えた。 美容師と言う肩書きのよく似合う繊細で形の良い指だった。 …………アイツに握り潰されて、もう殆ど動かないのだと聞いた。 「……もう、美容師は続けられないかな」 視線に気付いて、はは、と少し困ったように、だが何でもないことのように緩く笑う、彼。 声も少し、掠れているかもしれない。 「……大丈夫だよ」 ぐっと先程までの涙を隠すように殊更乱暴に手の甲で目元を擦り上げ、葛馬は顔を上げた。 「……アンタって意外と努力家だよな」 「そうかい?」 天才、だと思っていた。 事も無げに笑って、人間業とは思えない技を決めて。 いつもどこか遠くに、一つ上の世界にいるような存在だった。 けれどそうではないと知ったのはかつての眠りの森が滅んだ時、彼が足の腱を切る大怪我をしていたのだと知った時。 先代の空の王と同じように車椅子になっていたかもしれなかった。 それでも彼は4年をかけて炎の王に返り咲いた。 リハビリに必要なのは運や才能ではない、積み重ねた努力だけがそれを可能にする。 「……だからさ、大丈夫だよ。4年でも、5年でも俺、付き合うし。少しづつやってこうぜ」 「……カズ君……」 遠く感じていたこの人を、今は少しだけ近く感じる。 「俺、アンタ以外の人に頭触らせないからさ。いつかまた、やってよ。約束、な?」 そう言って葛馬は僅かに充血して赤くなった目元のまま笑って。 爪が剥れてピンク色の皮膚を曝した指先に、唇を寄せた。 ― 続く、かも。 ―
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連翹(れんぎょう)の花言葉:達せられた希望。 いやもー無理かなとは思うんですが、二次創作なのでユルシテください。 今回(21号)指ポキポキやられちゃってたのでダイブ微妙なんですが、でも担架が出てきていたので、アイオーンはともかく同じグラチルのスピットファイアぐらいは持って帰るのかもしれないなと思ったり……。 でも今の空だと死体を研究材料にとかありえそうで怖い……orz。 |