「……っ!」 悲鳴を上げて飛び起きかけて、慌てて掌で口元を覆う。 「…………どうしたの?」 すぐ隣から柔らかい声が聞こえて、葛馬は背中を伝う冷たさを感じながら無理矢理口元に笑みを浮かべた。 「……んでもねー、ちょっとヘンな夢、みただけ」 「………ゆめ?」 声がとろりと甘いのは、彼がまだ半分眠っているからだろう。 暗闇に慣れ始めた眼に映る、自分にだけ見せてくれる彼の無防備な表情に……隣にある確かに温かさに安堵の息が漏れた。 「……怖い夢?」 声が少しだけ、訝るような響きを含む。 なんでもないと言っても誤魔化しきれる相手ではないから、葛馬は少し考えて小さく答えた。 「……オニギリに、迫られる夢」 ふわりと形のいい口元が緩む。 「…………浮気しちゃだめだよ?」 「しねーよ、つかオニギリとなんて頼まれてもムリ!」 吐き捨てるように言えば、くすくすと小さく笑う声が聞こえた。 「……おいで」 伸びてきた腕に引き寄せられるままに、再度柔らかなベッドに倒れ込めば、ちょうど腕枕をするような格好で頭を抱え込まれる。 「…………ちょ、スピ?」 抗議の声を上げかけて、けれど相手が目を閉じていることに気付いて葛馬は言葉を切った。 (………あれ、ひょっとして……?) 微かに聞こえる呼気が、規則正しく深いそれへと変わって行くのがわかる。 肩に乗せられた腕も重みを増して、徐々に力が抜けて行って……どうやら本格的に、眠りの淵に沈んでいってしまったらしい。 それも当然と言えば当然、なのかも知れない。 抱き込まれたままでは殆ど身体を動かせなくて正確な時間を確認することは出来ないが、感覚的にはまだ真夜中だ。 窓の外はまだ真っ暗で、光の気配さえない。 (あー、もう……) 口の中で小さく悪態を吐いて、葛馬はそのまま相手の胸元に顔を押し付けた。 「……………ん……」 小さく溜息にも似た細い息を吐いて、瞼を伏せる。 (………嘘、吐いた) 本当はオニギリの夢なんか見てない。 見ていたのは、スピット・ファイアの夢だ。 彼が居なくなった、あの日の。 ゴムや鉄の焼ける匂い、鉄錆めいた血の匂い、埃っぽい様なビル風の匂い。 思い出すだけで背筋が凍るような、あの日の。 温かい腕の中で身動いで、少し開いた寝巻きの襟に鼻先を押し込むようにする。 (いーニオイ……) 仄かに甘いような、彼の香りがして、なくしてしまったと思った温もりが今、すぐ傍らにあって。 それだけで鼻の奥がつんとして、急に泣きたいような気持ちになった。 (あー、クソ、泣く……) 湿った息を吐いて、葛馬はぎゅぅとスピット・ファイアの寝巻きの襟を押し掴んだ。 「…………どうしたの……?」 急にしがみついてきたのに驚いたのか、身動いだ彼の眠そうな声がする。 「……んでもねーよ、早く寝ちまえ」 「…………?」 多分無意識の仕草で伸びたきた手にくしゃりと髪を撫でられて、抱き枕にでもするかのようにぎゅぅと一層きつく腕の中に抱き込まれて。 あったかくて幸せで。 ちょっとのぼせそうかも、と思った。 ― END ―
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暫く間があいてしまいましたがリハビリに甘いのを一本(笑)。 予定とは少し違う話しになってしまいましたが楽しんでいただければ幸いです。 |