ころりと寝返りを打って、葛馬は隣にあるべきものがないことに気づいてふっと重い瞼を上げた。
「………ん……?」
 意識を失う前は確かに隣にあった。
 手を伸ばすと隣にぽっかり空いたスペースはまだほんのりと暖かさを残していて、彼が其処を離れてそれほど時間が経っていないことが知れた。
(……どこ……いったんだろ……)
 気怠い身体を起こして、葛馬は薄い暗闇の中、身に付けるものを探してベッドの下を探った。
「………えぇと……」
 予想外に掠れた声が漏れて、驚いて自分の口元を押さえる。
 喉がからからに渇いていた。
(……あぁ、もう……)
 何だか急に恥ずかしくなって頬が赤くなるのがわかる。
 と、背後で扉のきしむ微かな音が聞こえた。
「………カズ君、起きてたの?」
 振り向くとちょうど寝室の扉が開いて、そこから細い光と長い影が入り込んでくるところだった。
 眩しさに目を細めながら、長く入り込んできた影の主に視線を向ける。
 逆光で表情はわからなくて、でもきっといつものように柔らかく笑っているのだろうと思った。
「……ぁーうん、今起きた……」
「ちょうど良かった。起こそうと思ったところだったんだ」
 男はそう言ってベッドの方へと歩んできた。
「………眠くはない?」
「……ぁ、うん……何?」
 頷くとそのままシーツで包み込む様に抱き上げられた。
「今日は何の日でしょう?」
「え? ……えーと7月7日……七夕?」
 七夕なんて小学校の時にやったっきりのような気がする、ほんの少し前だけどどこか懐かしくも感じる響きに首を傾げた葛馬に男はふんわり笑った。
「正解。せっかく晴れたから、一緒に星を見たいと思って」
「……って、じゃあその前に何か着せろよっ!!」
「大丈夫、僕しか居ないから」
「そう言う問題じゃないだろっ!!」
 下ろされたのはベランダに置かれたラグチェアの上。
 いつの間に持ち込んだのか、多分オーディオルームにあった小さなガラステーブルとキッチンの椅子も一緒に並べられていた。
「………ったく、ちったあ人の話も聞けっつーの」
 そのままちょっと待ってて、と離れていく男の背中を見送って葛馬は一人ごちる。。
 ぶつぶつと照れ隠しにも似た文句を口にしながら動きやすいようにシーツを羽織り直し、背凭れに背中を預けて空を見上げ………其処に広がる光景に目を瞬かせた。
「……ぁー……何か久し振りかも」
 星、とぽつりと呟く音が漏れた。
 遮るもののない高いマンションのベランダには夜景と、星空がいっぱいに広がっていた。
 ATを始めてから夜出歩くことは多くなったけれど、意外とゆっくり夜空を見上げる機会は少ないように思う。
 まだどこか億劫で、ぼんやりしていたらひたりと頬に冷たいグラスが押し付けられた。
「うひゃっ!?」
「ハイ、ミルキーウェイ……天の川って名前のカクテルだよ」
 慌てて振り向くと戻ってきたスピット・ファイアはクスと笑って、リンゴとゼリーめいた黄色の星の飾られた細いグラスを差し出してきた。
 もう片方の手に、自分の分だろうかカクテルグラスを手にしていて、それに違和感を感じて僅かに首を傾げる。
「天の川?」
 こう言うものは大抵揃いのグラスで用意するのに、彼がそう言うことに手を抜くのは少し珍しいと思いつつ、葛馬はひんやりと冷たいそれに喉が渇いていたことを思い出して、ひょいと無造作にそれを煽った。
「……あ、美味い」
 甘酸っぱくて冷たいカクテルが渇いた喉を潤してくれるのに自然と満足気な声が漏れた。
「これなら幾ら飲んでもいいよ?」
 隣に腰を下ろした男が手を伸ばして葛馬の髪を撫でる。
「え、マジ?」
「うん。カズ君のはジンは香り付け程度にしか使ってないからね」
「んにゃろ……」
 喜んだのも束の間、悪びれるでもなく嫣然と微笑まれて葛馬は眉を顰めた
 ジュースのようで飲みやすいとは思ったのだが、どうやらグラスが違うのは取り違えないようにと言う配慮からだったらしい。
「本当は結構アルコール度数高めのカクテルなんだけどね。喉、渇いてると思ったから」
 色はあまり違うようには見えないが、相手の口振りからしてアルコールの量はだいぶ違いそうだ。
「……ん……」
 するりと髪を撫でていた指先が落ちて葛馬の喉を辿って、小さな声が漏れる。
 ふんわりと温かな感触が心地いい。
「………カズ君は願い事、ある?」
 緩く抱き寄せられて、額に唇が触れる。
 振動で伝わるような声に葛馬は緩く瞼を伏せた。
「……んー……目標とか、とは違うよなぁ……多分色々、あるけど……すぐには思いつかないっつーか……」
 相変わらずの謙虚さに思わず笑みが零れた。
 抱き寄せられれば無意識だろうか、素直に擦り寄ってくる猫のような仕草が愛おしい。
「………僕の願い事はね、こうやってカズ君とずーっと一緒に居ることだよ」
「んっ……」
 緩く包み込むように頬に添えた掌をほんの少し、持ち上げて。
 スピット・ファイアは軽く身を屈めて、仰のいた小さな唇を塞いだ。

― END ―


 SSでは容赦なく事後(笑。
 前日にふっと思い至って書き始めた七夕ネタ〜…このスピ第二ラウンド行きそうだよねと言ってました(殴。

2007.07.07

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