「ね、カズ君。僕、今日誕生日なんだ」
「へ?」
 ――――― 一瞬何を言われたかわからなかった。
「え、えぇぇ、マジ!? っつかお前、誕生日って……」
 思わず奇声を上げて、その後すぐに呆然となった。
(やっべー……マジかよ……)
 付き合い始めて2年以上になるのに、葛馬はスピット・ファイアの誕生日を知らなかった。
 もちろんクリスマスやバレンタインなど特別な日はどうにか時間をやりくりして一緒に過ごしているし、葛馬の誕生日を祝ってもらったこともある。
 では何故葛馬が彼の誕生日を知らないか、祝ったことがないかというとそれは一重に彼の出生が特殊であるが故だ。
 重力子として塔の中で生まれた彼らに家族はなく。生まれた日はあるのだろうがそれさえも塔の研究所の崩壊した今では記録が残っているかどうかも怪しい。
 第一今まで彼からそんな話が出てきたことは一度もなくて、逆に突っ込んで聞いてはいけないような気がしていたのだ。
「あ、もちろんね、本当の誕生日じゃなくて戸籍を作る時に偽造したデータ上の、なんだけど」
 非常に複雑な表情になった葛馬に気付いて、スピット・ファイアは苦笑を浮かべた。
(……あぁ……そっか……)
 こうやって居を構えて普通の生活を営む為には現代日本では戸籍は必須だ。
 それをどうにかした時に適当に決めた日付、と言うことらしい。
「………プレゼント、もらってくれるかな?」
 なんと返せばいいのかわからずと惑っていたら、白い革張りのソファに腰を下ろした葛馬の傍らに腰を下ろしたスピット・ファイアが柔らかな笑みと共にそんな台詞を向けてきて。
 葛馬の眉間にぐぐっと皺が寄った。
 初めて出会った時より大人びて、僅かながらも精悍さを増した面に浮かんでいるのはそれとは裏腹にあの頃と変わらない素直な ――――― あからさまな困惑だ。
 唇の先が少し尖って、拗ねたような幼い表情になっている。
 実際何で今まで言ってくれなかったのかと拗ねているのかもしれない。
「誕生日なら俺がプレゼント送るべきなんじゃ……」
 葛馬の言うことは尤もだ。
 実のところ、スピット・ファイア自身、書類上の誕生になんて今まで一度も気にしたことはなかったし、祝って貰いたいと思っているわけでもない。
 ――――― とどのつまり、これは口実に過ぎないのだ。
 スピット・ファイアは、やんわりと微笑むと後ろのポケットに隠していた掌にすっぽり包み込める程の大きさの天鵞絨張りの箱を取り出した。
「カズ君がこれをつけてくれることが僕へのプレゼント、って言うのはどうかな?」
 葛馬に見当が付くかはわからないが、宝飾品に興味があるものなら一発だろうと言うあからさまな小箱は、ぱかりと小気味の良い音を立てて開けられて。
 白い布張りの内側にはそれを収めるための独特の窪みと、其処に差し込まれた銀色のリングが現れる。
 幾ら鈍い葛馬でもわかる、あからさまな指輪、だ。
 頭上の室内灯に照らされて派手過ぎない静かな光を放っていて、シンプルながら上質のものと知れる。
 と言うより葛馬の性格を考えてあえてシンプルにした、といったところか。
 男が身に着けていてもおかしくないデザインで、大人なら自主的につけていてもおかしくはないのだろうが、葛馬の年齢からすると些か上質すぎる気がしなくもない。
「っ、でも………」
 第一指輪なんて、如何にも恋人が居ます的なアレで、こっ恥ずかしいことこの上ない。
 大体そういうものをつけているのは彼氏持ちの女子で、男でつけてるやつは少なくて、つけてても彼女とお揃いとかそーゆーので ――――― 。
 もちろん、嬉しくないことはないのだ。
 男同士と言う特殊な関係からあまりこういったことは意識したことがなかった。
 ゆびわ、と口の中で呟くとそれだけで耳まで熱くなるような感じがした。
 多分、きっと今の葛馬は熟れた林檎のように真っ赤に染まっているのだろう。
「……そう言うと思ったから」
 はい、と指輪と同色の細いチェーンを差し出されて。
 それに指輪を通して首にかけろ、と言うことらしいと言うことに気付いて頭を抱えたくなった。
「………お前、準備良すぎるだろ」
 この男はどこまで自分を把握しているのか。
 恥ずかしくて身に着けるのは憚られると言うところまでバレバレだ ――――― 今更か。
「……駄目? カズ君が嫌なら受け取ってくれるだけでいいよ。机の中にしまっておいてくれればいいし」
 その上そんな譲歩までしてくるのだから、断れるわけがない。
 そもそも断るつもりだってない。
 ないのだけれど、どこまでも掌で転がされていると思うと複雑な思いがなくもない。
「………バーカ。誰も嫌だなんていってねーだろ」
 葛馬は大きく溜息を落として、けれどそれとは裏腹に乱暴にそのケースを奪い取った。
 ――――― こいつに勝てるやつなんて居るんだろうか。
 勿論、こっちの意味で。
 そんなことを思いながら、葛馬は銀色のリングを摘み上げた。
「…………」
 そうしてきらりと光るそれの内側に、刻まれた文字に一瞬眼を見開いて。
「……っとにお前って……」
 葛馬は深い、けれど甘い溜息を吐いたのだった。

― END ―


 ずっと前から考えていたネタだったのですが、現在エア○ュの影響でラブラブよりバトルモードに切り替わっている為(笑)意外と甘くなりませんでした><
 リングの内側の文字はせめてお好きな甘い言葉をご想像ください(笑)。

Matthiola incana=ストックの花言葉は「愛の絆」だったのですが、別説では「未来を見つめる、努力、思いやり」なんてのもあるようです。こっちの方がカズ君に合いそうですね(笑)。

2010.04.25

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