その腕前もさることながら、整った顔立ちと何時も笑顔を絶やさぬ接客からも女性客に浮動の人気を誇るカリスマ美容師、スピット・ファイア……その日の彼は、常より何割か増しにご機嫌だった。 何故なら今夜は、最近真面目に受験生をやっていてなかなか遊びに来ることの出来なかった可愛い恋人が泊まりに来る予定だったから。 ようやく公立受験も終わって、後は結果を待つのみと言う一部の人間には開放的な……小心者の葛馬にとっては胃の痛くなる日々を少しでも楽しく過ごさせてあげたいというのが半分、残り半分は勿論ここ数ヶ月家庭教師以外ではあまり触れ合うことの出来なかった葛馬とゆっくりとした時間を過ごしたいと言うのが半分で、浮き立つなと言う方が無理がある。 無論仕事に私情を持ち込むタイプではなく、常連の客達でさえも気付かぬ程度ではあったが……流石に毎日のように顔を合わせている従業員達はそれを察しているようで。 「店長、今日何か良いことあったんですかー?」 「………そう見える?」 揶揄るように声をかけられ、休憩を取る為スタッフルームに向かっていたスピット・ファイアは自身の頬を押さえた。 そんなつもりはなかったが、顔が緩んでいただろうか。 「2割り増しぐらいでイイ男ですよっ」 「あはは、ありがとう」 冗談めかした台詞を投げて擦れ違っていくのを見送り、スタッフルームのソファに腰を下ろして何時ものようにメールの確認をする。 「メールが3件っと……」 1件は黒炎からのチームに関する報告で、もう1件は雑誌関係の仕事の打ち合わせの連絡……そして最後の1件は葛馬からのものだった。 (どうかしたのかな……) 恋人からのメールはそれだけで気持ちを浮き立たせてくれるはず、なのだけれども。 メールを開いたスピット・ファイアは、文面に視線を滑らせ僅かに眉を顰めた。 『ごめん、風邪引いた。今日無理。』 其処には短く、それだけが書かれていたから。 普段の葛馬なら文面がこれだけと言うことはまずありえない。 生真面目で小心者の彼のこと、来れなくなったことへの謝罪の言葉がもういいよ、大丈夫だからと思うほど続くはずだ。 それに葛馬も今日のことはとても楽しみにしていたはずで……。 (よっぽど具合が悪いのかな……) 一人暮らしと言う訳ではないし、それほど心配することではないのかもしれないが、やはり気になる。 「……仕事が終わったらお見舞いに行ってみようかな」 会えなければお姉さんにお見舞いを託して様子を聞かせてもらうだけでもいい。 (プリンとかゼリーなら口当たりがいいいし、風邪でもきっと喉を通りやすいよね……) 昼休みに行ってこれる範囲にどこか美味しいお店があっただろうかと考えつつ、スピット・ファイアは携帯電話をジャケットの内側に滑り込ませた。 (あれ、真っ暗だ……) 昼休み中に首尾よくお見舞いの品を確保して葛馬の家へと車を向けたスピット・ファイアは、明かりの気配の無い家屋を前に小さく首を傾げた。 店を出たのが9時半だったから、まだ10時は過ぎていないはずで……。 風邪を引いている葛馬はともかくとして、大学生の姉が寝るには少し早すぎる。 (ひょっとして、お姉さんも体調が良くないのかな……) 家の前まで辿り着いたところで、あるべき場所に彼の姉の車がないことをが見て取り、スピット・ファイアは僅かに眉を顰めた。 葛馬は姉と仲がいい。 その上姉は、仕事の都合で日本国内に居ない両親に代わって彼の保護者を務めている。 なのに、彼女の車がない。 「……病院に行ってる……とかはないよね」 昼には熱があったのならとっくに行っているだろうし、もう病院が空いている時間でもない。 それに2階には確かに微かに人の気配がある。 「……………」 少し思案して、スピット・ファイアは携帯を取り出すと薄型のそれに指先を滑らせた。 短いメールを作成し、恋人の携帯へと送信する。 『体調はどう? 少しは楽になった? お見舞いに行ってもいい?』 他愛もない、けれど自分の想像があっていれば葛馬が返答に困るだろう内容のメールだ。 「……………」 けれど返信は思いの他早く、物の数秒のうちに帰ってきてスピット・ファイアの眉を顰めさせた。 『大丈夫。姉ちゃんいるし、来んな』 短いメッセージを読み、顎先に携帯の先端を当てて視線を泳がせる。 「…………お姉さん、いないよねぇ……」 真っ暗な葛馬の家と、空っぽの車庫……葛馬の嘘。 スピット・ファイアは溜息を吐くと、徐に携帯の通話ボタンを押した。 暫くして、薄い携帯の向こう側から聞きなれたそれより幾分掠れた声が返ってくる。 『……何? 俺、寝てーんだけど』 「ごめんね? でも大事なことなんだ」 『…………』 「………家、明かりが点いていないみたいだけど、どうしてかな? お姉さんの車もないようだけど?」 『……ッ……』 小さく息を呑む気配がしたかと思うと、通話が切られた。 「……どうやら嫌な予感的中、みたいだね」 旅行か、合宿か実習か、詳細はわからないがどうやら葛馬の姉が家にいないのは間違いないようだ。 (と、言うことはまず、カズ君は風邪のことお姉さんに話してないよね……) 知っていれば具合の悪い葛馬を置いて出かけたりはしないだろう。 シスコンの気のある葛馬のこと、姉の予定を狂わせたくなくて黙っていたに違いない。 (……と言うことは、病院に行ってない可能性も大なんだよねぇ……) 無言のままATに履き替えるとお土産のプリンが入った白い箱を片手に車を下り、スピット・ファイアは軽やかに地面を蹴った。 本来なら届くはずのない距離も高さも、ATなら呼吸をするのと同じぐらい簡単に全部なかったことにしてしまえる。 葛馬の部屋のベランダへと下りたてば、早くも二人を遮るものは薄い窓ガラスとカーテンだけだ。 「……カーズ君。窓、開けてくれるかな?」 コンコン、と手の甲で冷たいガラスの窓を叩く。 中でごそりと人が身動く気配がしたが、返事がない。 (………まぁ、素直に開けてくれるとは思ってなかったけどね……) 「……開けてくれるまで、待ってるね」 ガラス越しにも聞こえるようにはっきりそう言って、中からでもわかるよう、背中を窓ガラスに押し付けた。 キシリと小さな音がする。 (ちょっと冷たいかな………) 3月に入ったとはいえ、夜はまだ冷える。 長くそうしていれば自身の方が風邪を引いてしまいそうではあったが……スピット・ファイアはそうならないことを知っていた。 葛馬は強情な方だが……スピット・ファイアが葛馬に甘いのと同じくらい、葛馬も彼に甘いのだ。 暫く躊躇う気配があったが、やがてのそのそと人の気配が近づいてきた。 「……凭れてんなよ、開かねえだろうが」 低い声と共に鍵の開く音がして、同時に窓ガラスが揺らされる。 スピット・ファイアが慌てて身体を起こすと、シャッとカーテンが引かれて、そこからいかにも不機嫌そうな……どこか眠そうな目をした葛馬が顔を出した。 「………ごめんね?」 起こしてしまって、と小さく呟いて抱き寄せれば、ほんのり熱を持った身体は大人しく腕の中に倒れてくる。 「………………」 それでも顔を上げては、くれないのだけれども。 「……ちゃんとご飯食べた? 病院には?」 スピット・ファイアの問いに、葛馬は答えない。 ……答えは間違いなく、答えはNOだ。 「…………お姉さん、旅行? それとも研修かな」 「………研修」 「……身体、冷えちゃうから中に入れてくれるかな?」 今度はこくりと小さく頭が上下した。 それを確認して、スピット・ファイアは室内に身体を滑り込ませるとよいせとばかりに葛馬の身体を抱き上げた。 「っ……」 慌てた様にしがみついてくるのを宥めるようにぽんぽんと背中を撫でて手早くベッドへと運ぶ。 しゃがみ込んで視線を合わせると、気まずそうに視線を反らされてしまう。 「……薬は飲んだ?」 せめて薬は飲んでいるのかと思いきや。 「………こんなん寝てれば、治るっつーの」 帰ってきたのはそんなぶっきらぼうな返事。 「……飲んでないんだね?」 「………………」 唇を尖らせて丸きり拗ねた子供のような表情になってしまった葛馬の頭を宥めるようにぽんぽんと数度撫でて、スピット・ファイアはおもむろに携帯電話を取り出した。 友人のフォルダから巻上女史の電話番号を呼び出せば、数コール目で聞き慣れた声が返ってきた。 『あらどうしたの、こんな時間に。』 「……ああ、イネ? 僕だけど、まだ職場かな?」 『えぇ、ご察しの通り残業よ。少し書類の整理が長引いて……どうかしたの?』 3月は決済の時期で忙しいと聞いていたからおそらくと思ってはいたのだが、どうやらまだ病院に居てくれたようだ。 「うん、実はカズ君が風邪引いちゃって……お姉さんにバレるのが嫌で隠してたみたいで、病院に行ってないみたいなんだよね。それで……」 「誰がんなガキみてぇな……って何勝手に……!」 喚きだした葛馬が携帯を奪おうと手を伸ばしてくるので慌てて立ち上がり、それを避ける。 「俺は病院なんかいかねぇからなっ……っは……ケホッ、コホっ……」 ガーッと喚いて、それで噎せてしまったらしく蹲って咳き込んでいる背中を擦ってやれば、再度携帯を狙って手が伸びてきた。 「くぉのっ!」 「油断も隙もないなぁ……」 「ゼェ、ゼェ……」 ひょいとそれを避ければ、葛馬はぼすっとベッドに倒れ込んでしまった。 『………何か騒いでるみたいだけど大丈夫?』 「うん、まぁ………えぇと、それで熱覚ましだけでも融通してもらえないかなと思って……」 電話の向こうで、ふぅっと深い溜息が聞こえた。 『しょうがないわねぇ……その代わり今度貴方のワインセラーを漁らせて貰うわよ?』 冗談めかした口調で告げられて、スピット・ファイアは苦笑しながらも彼女の好む系統のワインを幾つか仕入れておかなくてはと考える。 迷惑をかけているのは重々承知で……それを許してくれる彼女に甘えている自覚はあったからだ。 (普通こんな時間じゃ診てくれないもんね……) 流石に救急病院に連れて行くわけにも行かないから、彼女が居なければせいぜいまだ開いている薬局を探すことぐらいしかできなかっただろう。 「ありがとう、恩に着るよ。そうだな……15分ぐらいでそっちに行くよ」 礼を告げて通話を切れば、恨みがましい表情で見上げてきている葛馬と目が合った。 「……と、言う訳だから病院にいこうね?」 「………………ヤダ」 力いっぱい、断られた。 「…………ヤダじゃないでしょ、悪化したらどうするの」 「寝てれば大丈夫だって……!」 「大丈夫かどうか決めるのはカズ君じゃなくてお医者さんでしょ、ほら」 「いーやーだー!!」 手を引っ張って起こそうとしたら、意地になっているのかベッドにしがみついて抵抗されて、このままでは拙いと思う。 ただでさえ熱が高いのに暴れて悪化してしまっては困る。 「……大人しくしないと、子供みたいにお尻に熱冷ましの注射してもらうよ?」 布団ごとぎゅぅと抱き締めて、切り札を囁けば。 葛馬はぴたりと大人しくなったのだった。 毛布に包まれて病院まで連行されてしまった葛馬は、不機嫌そのものの表情でクッションや毛布で簡易的に作られた背凭れに背中を預けてベッドに横たわっていた。 「………とりあえず何か胃に入れて、薬を飲もう?」 声をかけるも、ふいっと顔を反らされてしまう。 (あーぁ……完全に拗ねてるなぁ……) 首尾よく薬は手に入れてきたものの、少しでも何か胃に入れて置かなくては薬の吸収が悪いし、何より胃に悪くて飲ませるわけにも行かない。 「……これね、お見舞いに持ってきたんだ。少しでいいから食べて?」 スピット・ファイアはそう言って、昼休みに手に入れてきた見舞いの品を葛馬の膝に載せた。 視線が其処に落ちて、けれど葛馬は動かない。 「……………」 「あったかいものがあった方がいいと思うし、台所借りるね?」 苦笑にも似た表情を浮かべて、スピット・ファイアははぽんと葛馬の頭を撫でるとそのまま部屋を後にした。 (………バーカ、バーカ、バーカ) その後姿を見送って、葛馬は口の中で小さく悪態を吐く。 身体を起こしておくのが辛くて、背凭れに体重を預けてそのまま目を閉じた。 (一人にすんなっつーの……) 人間、体調が悪い時は心細くなるもので。 けれど一人の時は仕方がないことだと我慢ができた。 でも誰かが居てくれることに慣れてしまうと、それが離れていくのがなおさら辛く感じる。 かと言って行かないで欲しい、なんて言える訳もなくて、何も言えなかった。 (………ホントはありがとうって……ごめんって、言わなきゃいけねーのに……) なんだか急に鼻の奥がつんとしてきて、葛馬はぎゅっと目を瞑って手の甲で鼻を擦った。 (あーくそ、もうっ……) このまま一人で色々考えていたらいい年して泣いてしまいそうだ。 それに少しは食べておかないと心配されるし、怒られてしまうかもしれない。 それに、手をつけていないのがまるで拒絶の現れのようで……嫌だった。 そう考えて、葛馬はのろのろと身体を起こして手渡された白い箱を開けた。 中には色とりどりのゼリーやプリンらしきものが入ってる。 外気温が冷たい所為かまだほんのりと冷たくて、ご丁寧にプラスチックのスプーンも付いていたから食べるには困らない。 (…………苺かな……) これぐらいならどうにか、と思って透き通った赤い色合いのゼリーを取り上げると、葛馬はそれをほんの少しだけ掬って口に運んでみた。 「……れ…」 するんと喉に滑り落ちてきたそれは甘くて酸味があって、でも予想とは違う味がした。 「………苺、じゃない」 目を瞬かせて、僅かに首を傾げる。 苺よりもっとすっきりしてあっさりとした……どこかで食べた味だ。 「……ひょっとして、トマト?」 ちょうどその時ドアが開いて、トレイに一人用の小さな土鍋を乗せたスピット・ファイアが入ってきた。 「そ、トマトのゼリーだよ」 ポツリと落ちた呟きを拾ってか、そんな台詞が帰ってくる。 「………………」 近づいてきたスピット・ファイアは葛馬の隣に椅子を持って来ると、其処にトレイを置いて傍らに腰を下ろした。 「こっちは南瓜のプリンで、こっちがセロリのムース」 滑らかな表面のオレンジ色のカップと、綺麗なクリームがかった緑色のカップの上を指先が滑る。 「風邪の時は食欲が落ちるって言うでしょ? こういう珍しいものなら食指が動くかなーって……それに野菜も栄養も取れるしね」 ふわりと微笑まれて、葛馬はぐっと息を詰めた。 「こっちはお粥。冷蔵庫のもの勝手に使わせてもらったよ?」 土鍋の蓋が開けられて、ふんわりほのかな甘さと出汁の匂いの混ざった湯気が立ち上る。 卵の黄色が綺麗な卵粥だ。 「食べられるだけ食べたら……」 「…………むかつく」 「え?」 じわっと目元が熱くなる。 きょとんとした表情で振り向いたスピット・ファイアに構わず、葛馬はぐぃっと顔を上げてさっきより痛い鼻先を天井に向けた。 「もー……なんだよお前、弱ってる時にこーゆーのはずるいだろ……!」 「……カズ君?」 「うっせぇ、食うからさっさと寄越せよ……!」 なんだかちょっと食べられそうかもしれない。 顔が赤いのが熱の所為で良かったと思いながら、葛馬は恥ずかしいのを隠すように大きな声を上げて片手を突き出した。 「……はい、熱いから気をつけてね?」 クスクスと笑いながら、スピット・ファイアがお椀にお粥をよそってくれる。 それをレンゲで掬って口に運んで、その温かさに葛馬はまたぎゅぅっと瞼を瞑った。 卵色のお粥は仄かに甘くてなんだかやけに優しい味がして、自分が空腹だったことを思い出させてくれた。 姉が夕食を用意してくれては居たのだが……温めて食べるだけのそれを食べる気が起きなくて、結局昼以降、水以外何も口にしていなかったのだ。 「そんなに急いで食べなくても盗らないよ?」 空腹に任せてがつがつと掻き込んでいたらそんなことを言われてしまって……それがまた、妙に幸せそうな声だったもんだから喉に詰まりそうになってしまって、葛馬は慌てて辺りを見回して持ち込んでいたはずのペットボトルを探した。 其処に差し出されたのは、ミネラルウォーターのボトルで。 「………んとに、お前ソツがねぇよな……」 「……薬用にね」 ボトルを受けとりながら、葛馬は半ば呆れたような声を漏らしたのだった。 (……あれ……俺、何時の間に……) お粥を食べて薬を飲んで横になって……気が付いたら、朝だった。 薬が効いたのか思考が随分とすっきりしている。 「そういやスピは……ッ!?」 言いかけてぐるりと視線を動かして、葛馬はぎょっと目を見開いた。 ベッドのすぐ脇の床に座って、葛馬の横に頭を預ける格好で彼が眠っていたから。 「……ちょ、おま!? そんなとこで寝てたらお前の方が風邪引くだろーが!」 「ん……?」 慌てて身体を起こし、手を伸ばして肩を揺すると眠そうな声が漏れて。 長い睫に彩られた綺麗な茜色の瞳が瞬いたかと思うと、葛馬を映してふわりと笑みの形になる。 「………だいじょうぶ? 具合、どう?」 「……お、俺はもう結構平気かなって……」 眠そうな、どこか甘い声に何だか妙にどきどきしてしまって、顔が赤くなるのがわかった。。 「まだ顔、赤いよ……?」 伸びてきた手が頬を包み込んで、柔らかく触れて、背中がぞくっとする。 「こ、これはちげーって……」 「……カズくーん!?」 「ッ!?」 どう言い訳したものかと言い淀んだ瞬間、窓の外から聞き慣れた姉の声が響いてきて、葛馬は大きく身体を跳ね上げた。 「今日お泊りだと思ってたんだけど……いるのー? 車が入らないんだけどー」 慌てて立ち上がり、ベランダの外を覗き込めば其処には姉の車があって……その傍らには当然、姉の姿がある。 「あ、あれ、帰ってくんの夜じゃなかったの?」 「ああ、やっぱり居たのね。ちょっと予定が変わっちゃって……どうしたらいいかしら」 そう言って、彼女はふわりと首を傾げた。 駐車場にはスピット・ファイアの車が入っているから入れられなくて、不思議に思って声をかけたのだろう。 「え、えっと、その……あぁ、すぐ行くからちょっと待って!!」 階下に声をかけて、まだ眠そうにしているスピット・ファイアの傍らへと戻ると葛馬は乱暴に寝巻きを脱ぎ捨てていつものパーカーを羽織った。 「起きろって、姉ちゃん帰ってきた! 車どけねーと……つかなんて言おう……とにかく俺先行くから、さっさと目を覚まして来いよ!?」 そのままどたどたと階段を下りていく足音を聞きながら。 (……元気になったみたいだね) スピット・ファイアは漏れ出る笑いを噛み殺して、腰を上げた。 「さて、お姉さんになんて説明しようかな………」 風邪のことを話すべきか隠すべきか……否、下手をしたら今頃嘘の下手な葛馬が早くもボロを出しているかもしれない。 (とりあえず車をどかして……フォローが必要だろうなぁ……) そんなことを考えながら、スピット・ファイアは酷く楽しそうな表情で……ゆっくりとした足取りで、階段を下りていった。 ― END ―
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単発では今迄で一番長くなってしまいました>< 全後半に分けようかなとも思ったのですが……風邪ネタをそんなにずるずる引っ張ってもと思ったのでこの形で(笑)。 Longicalycinus は河原撫子……花言葉は『お見舞い』だったり。 少しでも楽しんでいただければ幸いです〜。 |