珍しくスピット・ファイアより早く目が覚めたのは、カーテンが少し開いていた所為で。 窓から入る朝日がちょうど、葛馬の顔に当たっていたからだった。 「………ぅ……?」 眩しさに目を細めながら枕元の携帯に手を伸ばし時間を確認すると、何時も起きる時間より30分以上も早い。 普段なら、眠気に任せて布団に潜り、二度寝に入るところなのだけれど。 「……………」 その日ばかりは、葛馬はのそのそと身体を起こした。 少し考えて、隣で眠る男を起こさないようそろりとベッドを降りる。 寒くないようきちんと布団を掛け直すと、欠伸を噛み殺しながらスリッパに足を突っ込み、暖かくて居心地のいい寝室を後にした。 寒さに自分の身体を抱えるようにしながらまっすぐキッチンに向かい、まずはキッチンのヒーターを入れる。 それから勝手知ったるなんとやら、備え付けの食器棚からグラスを取り出して、冷蔵庫にあった冷たいミネラルウォーターを一気に煽った。 喉を滑り落ちていく冷たさに眠気が吹っ飛ぶのがわかる。 「……うっし!」 小さく気合を入れて、葛馬は再び冷蔵庫に向き直った。 「えーと、パンは昨日の残りがあるだろ、あとはサラダと……オムレツでいいかな」 昨日、スピット・ファイアは夜が遅かった。 葛馬を先に寝かせた後、書斎で仕事していたのだ。 何故葛馬がそれを知っているかというと、仕事を終えた彼がベッドに入ってきた時に一度目を覚ましたからだった。 『……起こしちゃった? ごめんね』 『…………ん、大丈夫……つーか、お前……まだ、起きてたの?』 眠い目を擦りながら手を伸ばすと、男の身体が随分冷えているのがわかって。 仕事に夢中になってたんだな、とぼんやりと思ったけれど重くて瞼が閉じそうだし、口も上手く回らなくい。 何か言いた気にしている様子に気付いた彼は珍しく疲れた表情で、でも葛馬を安心させるかのようにふわりと笑ってくれて、それが綺麗だなと思う。 そんなところはどんだけ眠くたって変わらない。 『大丈夫だよ、お休み……』 額に触れるだけのキスが落ちてそれだけでほんわり嬉しくなって……そこで記憶は途切れている。 (多分寝落ちたんだよな……) そして、葛馬の方が早く目が覚めた。 ……と、なるとやるべきことは一つだ。 それすなわち朝食作り、である。 何時も夕食も朝食も彼が用意をしてくれて、葛馬がやるのは精々皿洗いだとか野菜を洗うのだとか、簡単な作業のみ。 全く出来ないわけではないのだし、やってもらってばかりじゃなくてたまには何かしたいと思っていただけにこれはちょっとしたチャンスだ。 それに葛馬が朝食を作れば、スピット・ファイアはその分寝ていられる訳で……。 其処まで考えて、葛馬ははたと目を瞬いた。 「あ、ヤベ目覚ましそのまんまだっ」 そうして慌てて、目覚まし時計の時間を遅らせるべく寝室へと舞い戻ったのだった。 「……わぁ……」 目覚まし時計の電子音に起こされて、隣の葛馬を起こさないようそっと起きようと思ったら、肝心の葛馬がいなかった。 慌てて時計を確認すると予定よりも幾分遅い時間で、こんな時間にセットしただろうかと訝りながらも大急ぎでダイニングキッチンに向かったスピット・ファイアを出迎えたのは、予想外の暖かな空間だった。 「お、おはよっ! 飯出来てんぞ。ちょうど今起こしに行こうと思ってたところだったんだ」 ぶかぶかの大きな黒いエプロン……スピット・ファイアが普段使っているものだ……をかけた葛馬がにかっと嬉しそうに笑って、駆け寄ってくる。 「……え、ぁ、朝ご飯、カズ君が作ってくれたの?」 「おう。あんま大したもんじゃねーけどな。あ、あと勝手に冷蔵庫の中のモン使ったかんな」 呆然としていたら背中を押されて、何時もの定位置に座らせられる。 「起こしてくれれば僕が作ったのに……」 「お前疲れてたろ? たまにゃいいじゃん……って、なんか不味かった?」 呆然としたまま呟けば、葛馬の向けてくる視線が不安そうなものに代わり、スピット・ファイアは慌てて頭を振った。 「ううん、そんなことないよ、ちょっとびっくりしちゃっただけ。凄く嬉しい……ありがとう」 数度目を瞬かせ、それからふわりと笑った男に、葛馬はへへ、とどこか得意そうに、擽ったそうに笑って、自身も彼の正面の、何時もの場所に腰を下ろした。 テーブルの上には何時もより少し作りの荒い、けれど十分に美味しそうな朝食が並べられている。 昨日の残りのバケットは切り分けられてトーストされて、程よく綺麗な狐色になっているし、バターケースとジャムの瓶も並べられている。 サラダは千切ったレタスにミニトマトとハムが乗っただけの簡単なものだが、でも瑞々しくて美味しそうだ。 トマトケチャップで飾られたオムレツは少し……実のところ大分……歪だったが、それ程焦げたりもしておらず卵とバターの混ざり合ったいい匂いを漂わせている。 それと温かなコーヒーと、オレンジジュース、蜂蜜のかかったヨーグルト。 「わぁ……大変だったでしょ?」 「んなこたねーよ、俺、普段から姉ちゃんの手伝いとかしてっし……でもオムレツは、チーズ入れようと思ったんだけど上手く出来なくて……」 ごにょごにょと口篭る様子が微笑ましくて、嬉しくて、自然とスピット・ファイアの口元が緩む。 「ね、食べていい?」 「………お、おう。冷めないうちに食え!」 「はーい、いただきます」 照れ隠しにか、偉そうに胸を張る葛馬にクスクスと小さく笑って、ナイフで切り分けたオムレツを口に運んだ。 「…………」 葛馬は緊張の面持ちでそれを見守っていた。 (……味見はしたし、不味いってことは無いはず……) 多分大丈夫だとは思うのだが、いざとなるとちょっと心配になってきたからだ。 「…………」 数瞬置いて、じゃりりと奇妙な音が聞こえた。 「……うん、美味しい」 一瞬の間をおいてにっこり微笑んだ男が嬉しそうに感想を告げるのに、葛馬はがたんと椅子を揺らして立ち上がる。 「っておま、今変な音したろ!?」 「…………フォーク、齧っちゃったかな?」 「んな音じゃねーだろ!」 怒鳴るように言うと、スピット・ファイアの目が泳いて、それから整った面差しに困ったような笑みが浮かんだ。 「……味は美味しかったよ?」 「………そういう問題じゃねーだろ」 がっくりと肩を落とす葛馬に大丈夫だからと笑って、彼は平然とオムレツを口に運び続けている。 「……ごめん」 自分の前に置かれたオムレツを突きながら……こちらはスピット・ファイアの分より更に形が悪くてオムレツと言うべきかスクランブルエッグと言うべきか悩ましいところだ……葛馬は大きな溜息を落とした。 「本当に美味しいから、気にしなくていいよ。殻はどければいいし、ミスは誰にでもあるしね」 「次はもっと上手く作るから!」 勢い込んで声を上げたら、不思議そうな顔をされてしまった。 (え……?) 何でだろうと思っていたら、白い頬が僅かに染まるのがわかる。 その顔に酷く嬉しそうな、彼の店の常連さんとかボルケーノの人達が見たら卒倒するんじゃないかってカンジの、そりゃもう殺人的に綺麗な笑みが浮かんだ。 「それって、また作ってくれるってことだよね?」 「ぇッ……」 今度は葛馬が顔を赤くする番だった。 二の句が告げず金魚のようにパクパクと口を動かず葛馬を、彼はただただ愛おしそうに見つめている。 「…………ウン」 ますます頬が赤くなるのを感じながら、葛馬はこくりと小さく頷いた。 「その時は手伝わせてね?」 「………ウン」 優しい声にもう一度小さく頷いて、オムレツもどきを口に運ぶ。 卵の優しい甘さが、何だか妙に幸せに感じた。 ― END ―
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あれ、なんだか文章の書き方を忘れている……orz。 なんだかカクカクしてるような気もする……と言うわけで、リハビリにSSを(笑)。 Iつきさんとメッセで話していたネタを元ネタに使わせていただきました。 ちなみにGnaphaliumの花言葉は『温かい気持ち』だそうです。 |