何時もの様に週末のお泊り。 先に景色抜群の広いお風呂を頂いて、スピット・ファイアが交代でシャワーを浴びに行くのを見送って、葛馬はリビングのラグに腰を下ろした。 リビングには革張りの立派なソファがあるのだけれど、そこには腰を下ろさず、その前に座り込んでソファの側面を背凭れにしてしまうのはいつものこと。 始めのうちは「ソファに座ったら?」とか「遠慮すること無いのに」といった類のことを言っていた相手はもう何も言わなくなった。 本当にそこがお気に入りなのだと知ると、仕方ないなあと言うように笑って床にソファもローテーブルも全て収まるサイズのラグマットを用意してくれて、現状に至る。 何時もの様にそこで雑誌を広げて時間を潰していたら ――――― スピット・ファイアは結構長風呂だ ――――― 傍らで小さな電子音が響いて、葛馬は顔を上げた。 ふっとガラス製のローテーブルに視線を向けると、赤くてウスーイ携帯が小さくランプを点滅させているのが視界に入る。 (あれ、珍しい………) 大抵それは彼のズボンのポケットだったりジャケットの中だったりにあって、そうでなくとも葛馬がいる時は大体マナーモードになっているから、その音を耳にするのは非常に稀で。だから物珍しさに誘われるように近づくと、携帯の上の小さな液晶に女性の名前が表示されているのが目に入ってしまった。 「………………」 もちろん中身を見る気なんか毛頭なくて、何気なく見てしまっただけなのだが、ちょっとした罪悪感のようなものを覚えて慌てて視線を反らす。 聞き覚えのない名前だった……と言うより、スピット・ファイアの口からシムカと白面さん以外の女性の名前が出てくることはあんまりなくて、共通の知り合いは殆ど居ないと言っていいから当たり前なのだが、それにしても、なんだかちょっと面白くない。 ( ――――― や、別にだからといってどうってワケじゃねーんだけど……) スピット・ファイアの仕事を考えれば女性の知り合いは多くて当然だ。 だから女性から電話がかかってくるのも別に珍しいことではないはず…………そう思っていたら、一度音が止んで、また携帯電話が鳴り始めた。 (あ……今度は違う人だ……) 今度は音が違って、だから多分違う人からの電話なのだろう。 暫らくコールが続いていたが、やがて沈黙する。 今日はやたらと電話が鳴る日のようだ。 否、ひょっとしたらいつも、で。 彼はそれを葛馬に感じさせないようにしているだけなのかもしれない。 (………そりゃ忙しいよな。カリスマだし、炎の王だし……) 当然のことだ、とそうは思っても、やっぱり面白くナイ。 ――――― 嫉妬している、とは思いたくないけれど。 (…………なんかモヤモヤする) 何か冷たいものでも飲もうと思ってキッチンに向かい、葛馬は彼の為に常備されるようになったコーラをグラスに注いだ。 ついでに氷も幾つか入れて、冷たいそれを一気に飲み干すとすっきりしたような気がしたのに。 リビングに戻るとまた携帯電話が軽快な電子音を響かせていて、イラッとした。 「………………」 (せめて俺の見えないとこで鳴れってーの………) そんな無茶なことを思いつつ、それでも携帯電話の為に自分の居場所を追われるのも癪だし、かといって遠ざけるのも ――――― 人の携帯を勝手に触るのもイヤで、床に座り込んで悶々としていたらぺったぺったと軽いスリッパの音が近づいてきた。 白いタオルで、濡れてぺったりなった髪を拭きながら家主が戻ってきた音だった。 「………あれ、カズ君どうしたの?」 家主は葛馬の顔を覗き込むなり、首を傾げてそう問いかけてきた。 「――――― ………何が?」 何のことだかわからず同様に首を傾げると、近づいてきた彼につんつんとばかりに眉間を突付かれた。 「……ココ。シワになっちゃってるよ?」 「…………別に。それよかケイタイ鳴ってたぞ」 慌てて手を上げてそれを解き解す ――――― コレは携帯が煩かったからムカついただけで、決して嫉妬しているわけではないのだ。 「あれ、置きっぱなしだった? ごめんね、煩かった?」 苦笑を浮かべた男がテーブルに歩み寄り、携帯電話を取り上げる。 着信履歴を見てうっと小さく呻いた。 途端、もう一度携帯電話が鳴り始めて。 スピット・ファイアは呆れたような溜息を落とすと葛馬に一言ごめんと断ってそれを耳に運んだ。 「――――― シムカ? 着信履歴、凄いことになってるんだけど?」 『きゃははははー、スピ君、元気ィ?』 電話の向こうからやたらとテンションの高い、聞き覚えのある声が聞こえてくる。 「………昨日会ったとこだと思うけど、何か用?」 『用って言うかー、かけてみただけー♪』 キャハハハ、と何だか、うん。明らかに素面じゃない様相だ。 『……………、――――― …………』 ちらほら、ベンケイやヨシツネの声も漏れ聞こえて来ているような気がする。 (………………よーするに飲み会、とか、そーゆー……) 「………酔っ払いの相手はしていられないから切るよ?」 『えぇー、スピ君のイケズぅ!』 「いけずって……今日は先約があるから行けないって言ってあったはずだけど?」 『ちょっとぐらいいーじゃなーい、スピ君ってばつーめーたぁーいー!』 ぶーぶーと不満の声を上げるシムカに、スピット・ファイアは戦法を変えることにしたようだ。 「………今日は久し振りにカズ君が泊りに来てるんだ。週末ぐらいしかゆっくり会えないの、知ってるでしょ? だから勘弁して? ね?」 宥めるような猫撫で声に、ちょっとイラッとする。 でもこの二人はある意味兄弟のようなもので………恋愛事情主義とまでは行かないが、基本的に自分の恋路の邪魔にならない限り人の恋路は応援する主義シムカは電話の向こうで沈黙したようだった。 『…………んー、そう言うことならしょうがないっかぁ。今度埋め合わせしてね?』 「うん、じゃあまた今度ね」 にっこり微笑んで電話を切った男は、はぁーと深い溜息を吐いて肩を落とした。 「なんか嫌なことでもあったのかなぁ…………留守電も入ってるみたいだ」 携帯電話を確認するとどうやら留守番電話を示す表示も現れていたらしい。 苦笑を浮かべて、それでも一応とばかりにセンターに問い合わせた彼は、メッセージを聞き始めるや否や僅かに表情を変えた。 険しいわけではない、けれどシムカの悪戯に向けるそれとは違う真面目な表情になる。 「………あ、すみません。わざわざ連絡ありがとうございます。…………はい……はい。それでは」 履歴を確かめ、電話をかけ始めた彼の事務的な口調でありながら人当たりのいい、柔らかな声。 彼が電話の向こうの相手と ――――― シムカほど高くも大きくもない声だったから内容まではわからなかったけど、落ち着いた大人の女の人みたいな雰囲気だった ――――― 幾つかのやり取りを交わして通話を切るのを、葛馬は黙ってじぃと見上げていた。 「…………っ、どうしたの、カズ君?」 携帯電話を置こうと動いた男が驚いたように目を見開く。 どうやら視線に気付いていなかったらしい。 「…………仕事のデンワ?」 「ん? うん、ごめんね。先方の都合で撮影が延期になっちゃったらしくて、その連絡。その代わり明日は一日フリーになったから、カズ君の練習見て上げられるよ」 そう言ってふわりと微笑まれた、途端。 さっきまでのもやもやが一気に吹っ飛んでいくのがわかった。 (…………あれ、俺ってひょっとしてスゲー、ゲンキン……?) 膝を抱えて、俯く。今度は違う意味で悶々としてきた。 「……カーズ君、どうかした?」 スピット・ファイアが何が何だかわからないといった様子で覗き込んでくる。 まだ完全に乾いていない髪がぺったりで、何時もと違って、そう言うスピット・ファイアを見ることが出来るのは自分だけだと思うと何だか嬉しくて。 ああ、やっぱりそうなのかもと思う。 でもそれを認めるのは何となく悔しくて、何となく癪で。 「………なんでもね」 口ではそういいながら、葛馬はふいと外方を向いた。 ( ――――― 恥ずかしいから絶対教えてやんねー) ― END ―
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意外と今まであまりやったことのない嫉妬ネタ……と言うほどでもないのですが、ちょっともやっとするカズ君でした(笑)。 うちのカズ君は甘えるのが下手かもしれません(笑)。 シクラメンの花言葉は「恥ずかしがり屋、嫉妬、猜疑心」etc.だったりなんか。 |