柔らかな頬
2003年4月5日作成
最終更新日 2003年4月20日

『きっかけ』

 特にこれというきっかけはなく、ただミステリーで面白そうなものはないかなと漁っていたら謎の失踪事件の記事で始まることに興味を抱き、購入してみることにした。

『タイトルに隠された意味』

 読み始めてから疑問に思っていたのは、どうして「柔らかな頬」というタイトルなのだろうということだった。その意図するところが判らない間はありふれた不倫もののサスペンスなのかという程度にしか思ってなかった。しかし、その不倫が破綻した後に判明するタイトルの意味を知って納得した。「柔らかな頬」とは行方不明になった有香であることに加え、カスミのことも暗に指しているようだ。その頃になると物語も娘を失ったことで無軌道な行動をしては苦悩するカスミを中心に展開するようになって俄然面白くなってきた。
 有香が行方知れずになってからというもの、カスミを始めとする登場人物が抱える例えようのない不安感というものに共感してしまった。「どうしてこんな人生になってしまったんだろう」と自問自答するところを見ているうちに自分も「そうなんだよなあ」と感慨に耽ってしまった。

『読んでて気になったこと』

 ミステリーでありながら有香の安否やその犯人が誰なのかという謎は完全に明かされないというのは、この手のジャンルでは非常に珍しいことだと思う。普通なら事の真相を知りたいところなんだけど、丁寧に描写された「不器用ながらも自分の信念を貫こうともがく」人達の悲喜こもごもが面白かったで、それ程気にならなかった。だからといって、全く手掛かりがないのかというとそうでもない。実際は夢の中の妄想ばかりではあるものの、事件の真相を解き明かす一助にはなっていると思う。そこから実際は誰の仕業だったのかをいろいろと想像すると結構面白かったりする。
 また、有香が行方不明になる直前までの部分を彼女の視点で進めている話を最後の章にしたのも興味深い。何者かに襲われる直前までの有香の心の揺れ具合のみというミステリーにあるまじき締めくくり方は賛否分かれそうだが、個人的にはこういう思わせぶりな結末もありかなと思っている。

『最後に』

 現代社会同様、自分らしく生きることを貫くには険しい道のりを乗り越えなければならないというようなことを伝えようとしていたのではないだろうか。娘を探しながら自分なりの答えを探す苦労の過程をつぶさに見ているとそう思えて仕方がない。その一方で、大人の都合で振り回されたばかりか、その代償で行方不明(ばかりか殺害されたかも)という憂き目にあってしまった有香は不憫としかいいようがない。なんか大人の尻拭いをたった一人で背負わされたような感じがなんともいたたまれなかった。



【今回読んでみた本】
タイトル作者 出版社出版年度
柔らかな頬桐野夏生 講談社1999年