カリスマ
(上下巻)
2001年11月29日作成
最終更新日 2002年1月6日


『きっかけ』

 秘密の爆笑問題の番組ホームページで太田光の読書感想を見て興味を持ったことをきっかけに購入を踏み切ることにした。


『母親の異常さに度肝を抜かれる』

 序章で登場する母親が演じる異常なまでのエキセントリックさに度肝を抜かれた。彼女の常軌を逸した言動を見ていると洗脳の怖さを感じずにはいられない。それにこの章の最期に繰り広げられる濃密なえげつなさで表現された切腹シーンでは文章のみとは思えないくらいの惨たらしさをひしひしと感じた。

『本編について』

 さて、両親を無惨な形で失ったことで「メシア」に復讐を誓ったはずの岡崎平八郎(以下平八郎)だが、気がつくとミイラ取りがミイラになったかの如く、自ら「神の郷」という新興宗教で「メシア」となり、名前も神郷宝仙(以下神郷)と変えて多くの人々を巻き込んでいた。
 それにしても神郷のインチキぶりは笑わせてもらった。教徒に対して全ての煩悩を捨て去れと言いながら影では100キロを超える巨漢になるほどの暴飲暴食を繰り返し、女もとっかえひっかえに肉体関係を貪るという神とは程遠い最低野郎だった。教徒に戯れ言で諭してる時も一方ではいかに己の欲望を満たすかについて思考を巡らす。こうした表裏のあるギャップは見ていて非常に面白い。

『不安を抱える人々』

 メシアを始め、この小説には不安を抱えて生きている人間が多数登場している。いつも何かの影に怯えながら家族や他人に己の弱みを悟られない為に虚勢を張り続けてはストレスをため込むという悪循環を繰り返すところなんかはいかにも日本人らしい発想という感じがした。

『恐るべき洗脳のテクニック』

 この小説に登場する新興宗教が実践する洗脳のテクニックは、実際に試しても成功してしまうのではないかというくらいのリアリティーを感じた。方法論もさることながら、洗脳しやすい環境に置かれている人に狙いを定めるという目の付け所の良さには感心してしまった。

『意外な結末』

 意外な人物がスパイをしていていただけでなく、真の首謀者だったということに少なからず驚いた。目的の為にはどんなに時間の掛かる苦労も厭わずに執念でやり遂げたととにただただ恐れ入った。


【一通り読み終えて】

『時代設定の妙』

 当時(1990年代後半)は一流大学に入学して一流の企業に就職することが一番の幸せなんだという傾向がまだ衰えてなかった。そのため、落ち零れたら幸せになれないという強迫観念も相当なものだった。また、多くの両親があらかじめ用意されたレールにのってある程度の成功を収めていることもそうした風潮に拍車を掛ける要因になっている。こうした空気が支配していると他の選択肢なんて見えるはずもなく、親達は勉強さえ出来ればいいという短絡的思考に陥ってしまう。
 確かに親の引いたレール通りに進むことが出来れば安定した生活を送る為に必要以上のお金は手に入れられる。けれど、受験に身も心も奪われてしまった状態で成人になってしまうと健全な精神が育たないままなので心が不安定になる。その結果、幸せであることが実感できないばっかりにその埋め合わせを宗教に求めるようになったのだろう。

『今回の事件の犠牲者達』

 一番の犠牲者は神郷宝仙こと岡崎平八郎ではないだろうか。平八郎の所業だけを見れば罰せられて当然ではある。しかし、彼が被害者だった時はどうだったかというと、誰一人として彼の味方になってくれる人はいなかった。むしろ平八郎を煙たがり、側に近づこうとさえしなかった。両親を失ってからは自分しか信じられなくなった彼が最後まで欲していたのが母親佐代子の愛情だとすればこれほど悲しいことはない。
 次にあげるとするなら、やはり城山夫妻ということになるだろう。妻麗子の抱える心の悩みというのも分かる気はするが、それよりもコンプレックスの固まりだった夫信康の方が悲惨さでは群を抜いていた。
 もともと彼は情けない性格をしている。会社では横柄な態度を取る客や上司に対して頭を下げるばかりで文句の一つも言い出せずにいる。加えて美人でお金持ちのお嬢様である妻麗子と結婚したのはいいが、そこでも偽りの自分を演じてしまった為に、余計なストレスを抱え込むことになってしまう。子供が産まれてからも偉大な父親であることを誇示しようとしては失敗して悔しい気持ちをさらに積み重ねてしまう。
 それからも胃の痛くなるような毎日を送っていた矢先、神の郷の修行で変わり果ててしまった彼女の姿に信康は愕然としてしまう。なんとか取り戻そうと必死になって打てるだけの手段は講じたものの、結局は全てに裏切られた挙げ句の果てに最後は自己崩壊という哀れとしかいいようのない結末を迎えてしまう。

『結論』

 洗脳に対する目の付け所がよく、方法論にしても本当に出来てしまうのではないかと錯覚するほどのリアリティーを感じた。そうした新興宗教の実体を覗いてみたいという興味があるのならば一度手にとって読んでみることをお勧めする。


【今回読んだ小説】
タイトル作者 出版社発売年度
カリスマ (上下巻)藤堂冬樹 徳間書店2001年

【参考資料】
『本』
タイトル作者 出版社出版年度
現代を歩く 斉藤茂男 共同通信社2001年