巻六

巻六解説

 治承5年は、前年からの謀反がいっそう激しさを増すなか、正月14日に高倉上皇が、閏2月4日には清盛が相次いでなくなり、平家はその支えを失ってしまいます。清盛は熱病に冒され、体は火のように熱くなり、水に浸かると沸き立ち、身体に当たる水しぶきは炎となって殿中に黒煙が充満するという言語を絶するものでした。悪因悪果のイデオロギーに貫徹された物語は、ここで一つのクライマックスを迎えるのです。
 さて、清盛の死を受け継ぐようにして登場するのが、新たな英雄木曾義仲です。富士川の合戦以降、東国経営に専念する頼朝に代わって、義仲が平家打倒の急先鋒となるのです。義育て親の中原兼遠の助力により挙兵し、あっという間に信濃・上野を平定します。追討のため越後守に任じられた城助長は、神罰により殺され、弟助茂の大軍も横田河原で義仲に大敗し、世の中はいよいよ源氏に傾いていきます。

新院崩御(しんいんほうぎよ)

 年が明け、治承5年(1181)となったが、東国での謀反や南都炎上のため、朝廷では恒例の儀式も行われない。そうした中で、高倉上皇の病はいよいよ重くなり、ついに正月14日、御年21で崩御された。

紅葉(こうよう)

 高倉上皇は幼少の頃から、柔和な性格でいらっしゃった。上皇が10歳のころ、大切にしていた紅葉を下役人が間違って燃やしてしまったが、上皇はおとがめにならなかった。また、盗賊に主人の装束を奪われた少女を憐れみ、代わりの装束を与えられたこともあった。

葵前(あおいのまえ)

 高倉上皇は、建礼門院の女房の召し使う葵前という女童を寵愛されたが、世間の非難を恐れて召されなくなった。関白基房は自分の養女にしようと進言するが上皇は聞き入れず、葵前は宮廷を退いて間もなく死亡した。

小督(こごう)

 帝の嘆きが深いため、中宮は小督という女房を参らせた。小督は、清盛の婿、冷泉隆房の愛人であったこともあり、清盛の怒りを避けるため嵯峨に身を隠した。悲しみに沈む帝に同情した仲国は、小督を探し出して宮中に連れ帰った。それを知った清盛は小督を出家させてしまったが、これも帝の病因の一つとなった。

廻文(めぐらしぶみ)

 清盛は法皇の心を慰めようと、厳島の内侍に生ませた自分の娘を差し出した。そのころ、信濃の木曾義仲は挙兵を志し、信濃・上野の武士に回状を出したところ、彼らは義仲に従いついた。

飛脚到来(ひきやくとうらい)

 義仲の挙兵を知った平氏は、余五将軍維茂の末裔、城太郎助長を越後守に任じてこれにあたらせた。これに続いて、河内や九州・四国の各地から次々に飛脚が到来し、平氏に対する謀反を告げた。

入道死去(にゆうどうしきよ)

 いよいよ諸国での叛乱が激しくなり、宗盛を総大将とした追討軍が東国へ下向しようとしたとき、清盛が熱病に倒れる。からだは火のように熱くなり、水に浸かると沸き上がるほどで、苦しさにただ「あた、あた」と言うだけだった。清盛の妻の二位の尼は、無間地獄から清盛に迎えが来た夢を見る。清盛は頼朝の首を墓前に供えよという遺言を残して64歳で亡くなった。遺骨は円実法眼によって経の島に埋葬された。

平家物語絵巻「入道死去」

築嶋(つきしま)

 葬送の夜、西八条の清盛邸が焼け、院御所の侍たちが大勢集まって乱酔するなど不思議なことが起こった。臨終の様子は残念なものだったが、清盛の生前は凡人とは思われぬことが多かった。中でも、福原に経の島を築いて通航の便をはかったのは、大きな功績であった。経の島は、人柱は罪業であるとして、かわりに石に一切経を書いて島の基礎としたことから、そう名付けられた。

慈心房(じしんぼう)

 摂津清澄寺の住僧、慈心房尊恵は、閻魔王庁の法華経転読に招かれ、教化を受けた。その席で、清盛が和田岬で経文読誦の法会を営んでいることを話すと、閻魔は、清盛は天台の仏法護持のため慈恵僧正が生まれ変わった者であると告げた。これを聞いた清盛は喜び、慈心房を律師に任じた。

祇園女御(ぎおんにようご)

 またある人は、清盛は白河院の子であるといっていた。永久のころ、忠盛の思慮深さに感心した白河院は、最愛の寵姫、祇園女御を与えた。その時、女御が身ごもっていたのが清盛である。また時を同じくして清盛と親交の深かった五条大納言邦綱も死んだ。やがて源平両軍は、木曽川河畔で戦い、初戦は平氏の勝利であったが、討ちもらした者も多くたいした成果はなかった。東国では草も木もみな源氏になびくありさまだった。

嗄声(しわがれごえ)

 城太郎助長は、木曾義仲追討のため出発しようとしたが、その前夜、「南都の大仏を焼いた平氏に味方するものを捕らえよ」と空から大きなしゃがれ声が響いた。翌日、助長は黒雲におおわれると落馬して死んでしまった。

横田河原合戦(よこたがわらのかつせん)

 源氏調伏の祈祷も、神仏の納受がないからか、変事が多い。兄助長に代わって越後守についた城助茂は、横田河原で義仲の計略にはまって大敗。南都北嶺、熊野、吉野の僧をはじめ、世上はますます源氏に傾いていった。

参考文献

山下宏明・梶原正昭校注『平家物語(二)』(岩波文庫)/ 梶原正昭編『平家物語必携』(學燈社)