その29 Hunt症候群


 

 開業を間近に控えた4月1日、上対馬に行くタクシーの中で私は右頭部の激しい頭痛に襲われた。3月31日に長崎から福岡に回って、4月1日に対馬に帰ってきたばかりであった。
 頭痛は、小休止をはさみながら突然またやってくるのである。頭痛発作が起こると頭を押さえなければいられないほどの頭痛である。上対馬の夜、食事をしながらも発作は時々やってくる。疲れのせいだと思い早く休むことにした。しかし、ホテルに帰ってからも頭痛で目が覚めてしまう。滅多に病気になったことのない私にとってこの頭痛は耐えられないものであった。
 翌日の上対馬の診療は、頭痛薬を内服しながらの診療だった。しかし、時折訪れる発作はなかなか治まりそうになかった。帰りのタクシーの中で私は、何か頭の中に起こっているのかもしれないという恐怖をぬぐい去ることができなかった。その夜も早く床に就いたのだが頭痛発作はまた襲ってきた。眠れない頭痛。内服薬は大量に飲んだが治まりを見せなかった。そして、もしかして?という恐怖。
 4日目になっても、頭痛がとれないのでCT検査をしたが異常はみられなかった。 後頭神経ブロックを毎日やって経過をみることとした。
 4月6日、私は東京に研究会のため向かった。その機中の中で音楽を聴くためにイヤホンをつけた。右耳が痛い。これはもしかして…  東京のホテルでは、夜にやはり右片頭痛に襲われた。痛み止めの薬は常用していたものの別の意味の恐ろしさが襲ってきた。  4月8日、当院の耳鼻科を受診。自分が思っていたように、Hunt症候群だった。発症後1週間を経過していた。早速、アシクロビルの点滴が始まった。プレドニンも内服した。病名が確定してほっとした安堵感とやがて起こって来るであろう顔面神経麻痺の恐怖が交錯した。
 頭痛は点滴を開始してから、嘘のように無くなってきた。しかし、発症後10日目頃より右眼が閉じなくなってきた。口笛も吹けない。よだれが出る。この症状は非常につらい。それに、Hunt症候群は治らなくて不全マヒが残るものもある。心の葛藤との戦いであった。開業前のストレス、ハードスケジュールが誘因なのだろうか。気を揉んだ1ヶ月は過ぎていった。

 
そてつ