その10 ある朝


 

 厳原病院の宿舎は、病院の敷地内にあり病院から下駄履きで来れる距離にあった。病院に来る救急車は宿舎の前に停まった。当直は、当直室がないため宅直で患者さんが来院したり、入院患者さんが急変したりしたときは宿舎から駆け出していく。宿舎のドアは、木のドアでよく閉まらない。
 その日も、宿舎のドアに鍵をかけずに寝ていた。寝室は2階で、妻と1歳の長男と一緒だった。朝6時頃のできごとだった。まだ、夢うつつであったが、”お早うございます!”という声が聞こえる。声はだんだん大きくなる。そして、最後の”お早うございます!”という枕元の声で目が醒めた。”キャー”という妻の声。枕元に患者さんが立っているではないか、それも病院のスリッパを履いたままである。思わずびっくりしてしまった。この患者さんは透析患者さんで慢性硬膜下血腫をおこして、性格が少し変わった人だった。まるで、枕元に幽霊が立ったかのように精気がなかった。



赤島大橋