Last Eye白内障手術1


 その患者さんが当院を訪れたのは9月のことである。手探りの状態で娘さんに 付き添われて当院にやってきた。最近目が見えなくなってきたという。右眼はすでに失明しており、残った左眼もほとんど進行した老人性白内障であった。視力は眼前手動弁で動くのがかすかにわかる程度だった。他院に受診されていたが、手術ができないといわれ、知人からの紹介で当院を受診された。

 しかし、眼球は内転しており動かない。眼底はかすかにみえるが網脈絡膜変性があり、手術しても視力は出そうにない。ただこの白内障による視力障害は少し改善するだろう。ということを患者さんには説明し、手術を受けるかどうか決めてもらうことにした。患者さんは、このままではどうしようもないので手術を受けたいと言った。

 眼軸を計ってみると30mmある。高度の近視だ。薄い眼内レンズを入れるか入れないか。

 手術は、思ったより困難だった。内直筋が癒着しており眼球が外を向かない。しかしこのままでは手術ができないので、外直筋と内直筋を引っ張りながら手術を行った。手術はとくに問題なく終わった。少しやりにくかった程度だった。眼内レンズは入れなかった。

 しかし手術が終わった後、患者さんが、見えなくなったと騒ぎ始めたのだ。次の人の手術が終わって患者さんを診察したが、それ程変わったところはない。眼軟膏をつけてしまったためか、眼底が見にくい。この日はまだ手術したばかりだからとなんとか患者さんに説得して帰宅してもらった。しかし内心穏やかでなかった。どうしてだろう、何が起こったのだろうと思いつつその日は床についたのだ。

 翌日眼底検査をしてみると、鼻側から下方にかけて網膜下出血がある。それが、術前からあったものか、術中に出現したものかわからない。だが、術中に眼底出血するようなことは何もやってないし、おそらく術前からのものであろうと思いながら不安が高まってきたのである。翌翌日患者さんはにこにこした顔になってやってきた。術前より見えるという。視力は15cm指数弁である。術前が眼前手動弁であるから、確かに術前より良くなっている。しかし網膜下出血は変わらない。

 この患者さんは現在も当院に受診中であるが、手術の日に騒いだことをすまなそうにされていた。リスクの高い患者さんの手術は開業医にとって時として命取りになることがある。しかし、結果を恐れていては前進できない。手術は患者さんと医師との信頼関係がなければできない。私は、患者さんが望むのなら私にできる範囲でできる限りのことをしてあげたいと思っている。