4日目  西安  西郊外



4日目は西安から西方面の観光です。主に前漢や唐の時代の陵墓巡りです。西安近郊はかなり道路が整備されて快適なんですけど、ちょっと外れるとやっぱり悪路です。といっても舗装されているので中国的には十分立派な道ですけど(汗)


途中の道端に広がる果樹園には、左の写真のように小さなレンガ造りの小屋が点在します(左のはちょっと立派な2階建てですけど)。これは果樹園泥棒対策の見張り小屋なのだそうです。収穫期には泥棒が横行するので、ここに寝泊りして見張るそうです。





最初に訪ねたのは「昭陵博物館」です。といっても昭陵本体の九峻山からは数キロ?離れたところにあります。昭陵は唐の太宗、李世民の陵墓ですが、博物館があるのは重臣の李勣の墓です。左の写真中央の小山がそれです。晴れていればその向こうに九峻山が見えるらしいのですが、残念ながらもやがかかって見えず。
ちなみに昭陵本体は非公開なので、行っても入ることはできません。


博物館内は、「貞観の治」で有名な李世民の紹介や発掘物の展示があるのですが、撮影禁止です。また「昭陵碑林」があって、この付近で発掘された石碑も保存されていますが、こちらも撮影禁止。建物の外観だけを載せておきます。でも石碑なんかフラッシュ焚いて撮っても痛まないはずなんだけどな……。

昭陵博物館で、この旅最初のニーハオトイレに遭遇しました。ニーハオトイレは以前読んだガイドブックに載っていた単語で、いわゆる中国的な公衆トイレを通な旅行者がこう呼んでいるらしいです。撮りましたけど、さすがにこれはご希望の方だけご覧ください⇒



この日は日曜なのであちこちでバザールが開かれていました。昭陵博物館の近くでも開催中。そのため、道にはバザールに行く人と帰る人が大勢いました。歩いたり自転車に乗ったり、中には農村ではポピュラーな三輪トラックに乗って行く家族らしき姿も。
ちなみに下右の三輪車の写真は後日劉家峡ダムで撮った似た型のものです。焼玉エンジンみたいな音を響かせてゆっくり走っていきます。






次は「乾陵博物館」です。
こちらも乾陵本体からは数キロ離れていて、高宗と則天武后の孫娘である永秦公主の墓です。永秦公主の死には諸説あるそうで、最有力は則天武后に殺されたというものだそうです。他に病死説も有力らしいのですが、則天武后の様々な逸話を考えると殺された説が真実味を持つような気がしてしまいます。


この永秦公主墓はやはり内部は撮影禁止です。模写とは言え、美人と名高い侍女の壁画をきちんと撮りたかったです(本物は陝西歴史博物館に収蔵されています)。仕方がないので墓の外観をご紹介。中央に立っている小さな櫓状のものは換気口で、この下を参道が斜めに下っています。墓室は後ろの山の地下にあり、石棺が残されています。

乾陵博物館の敷地内にある食堂で昼食です。左が焼餅、餅米ではないのでモチモチした食感はありません。右はラーメン、地元の味は酸っぱ辛いはずですが、日本人向けに抑えてあるらしくて個人的にはちょっと物足りなかったです。






昼食後、「乾陵」へ。
ここは唐の高宗と則天武后の合葬墓。則天武后は中国唯一の女帝で絶大な権力を誇っただけに、陵墓の規模もすごいです。なにもここまで大きくしないでもいいのに(笑)
以前はこの山の麓から延々歩いて登ったそうですが、今は石畳の途中のところまでバスで入れます。


とにかくでかい。左上の石畳の部分だけで500メートル以上あるそうですが、そこを登りきってもまだまだ入口。陵墓の本体はさらに奥にある山です。あとはただの山道なので、我々はここでひき返しました。


ちなみに振り返るとこんな感じです。石畳の始点は遥か向こうです。う〜ん、でかい。でかすぎる(汗)
左右の峰の上にあるのは狼煙台のような建物で、ただいま建設中。おそらく見栄えを良くしてもっと観光地化するのだと思います。外貨稼ぎのいいネタですもんね。







ひき返してすぐにはバスに戻らず、「窯洞」(やおとん)見学へ。
窯洞とは崖に掘った横穴住居です。この付近では一般的なものらしいのですが、この後に行った甘粛省でもそれらしきものを見かけたので、西安近辺の専売特許というわけではなさそうです。



内部はこんな感じです。広さは8帖くらいかな。観光客向けに新築した窯洞だそうです。この家のお嫁さんらしき人が説明してくれました。手作りのお土産がいろいろ置いてあります。
中に入るととてもひんやりしています。夏涼しく冬は暖かいのだろうと思います。奥には煙突の穴があって、地上に延びています。


煙突の外側はこんな感じです。でも、付近ではこれだけがレンガ造りで妙に立派。どうやら窯洞公開で稼いだお金で、かなり裕福な生活をしているようです。
犬や猫を飼っているのもお金に余裕があるから。もちろん都会のエグゼクティブほどではないと思いますが、この手の動物を飼うのは裕福な証拠なのだそうです。






次の観光場所へ向かう途中の風景です。
時々鮮やかな黄色が目に飛び込んできます。菜の花畑で、菜種油を取るために栽培されています。春〜っ、って雰囲気がいいですね(笑)


畑の中には時々小さな塚が見えます。中には左のように石碑があったり木を植えたものも。これは地元の人の墓です。今は土地は国有なので勝手にしてはいけないはずですが、長年の習慣なので当局も黙認しているんだと思います。






「茂陵」(上の写真)です。前漢の武帝の陵墓です。でもこの小山と石碑だけです。博物館は約1キロ離れた「霍去病墓」にあります。どこも離れたところに博物館を作っているのが不思議だな〜。


霍去病は武帝の部下で、匈奴討伐に多大な功績があり武帝に寵愛された将軍です。“去病”は病気に打ち勝つことなのですが、残念ながら本人は若くして病死しました。その死を惜しみ、武帝は自身の陵墓の近くに霍去病の墓を築きました。
西安近郊の皇帝墓は、副葬墓として家族や重臣の墓が近辺に作られています。本体からの距離で宮廷内序列が分かりますが、1キロというのはかなり高い序列です。
博物館内には、霍去病墓近辺に置かれていた彫刻が展示されています。同行のHさんはこの頃の彫刻がとてもお気に入りだそうです。自然の造詣を生かした素朴な作りがいいのだとか。
上に紹介しているのは左から「ウマ」、「ヒキガエル」、「カエル」、「人と熊」です。「人と熊」が特に分かりにくいので大きな画像も用意しています。興味のある方は写真をクリックしてみてください。






現地ガイドさんをHPで紹介すると約束してきたのでこちらに掲載です。この旅の間ずっと同行してくれた陳さんです。私より一つ年上なので、私の立場から中国風に呼ぶと「陳大哥」となります。“大哥”は大きい兄さんということ、中国では親族でなくても兄さん姉さんという呼び方をするのだそうです。
陳さんはとても親切な方でした。謝謝。


バスは今回もマイクロバスです。西安ではトヨタ製でした。
写真ではちょっと分かりにくいかもしれませんが、運手席で手を挙げてくれているのが師傳の軍さんです。