3日目  西安  東郊外


3日目は、西安近郊から東方面の観光です。なんかこの日はやたら写真が多かったです。チマチマ撮ってたのと、夜の餃子の写真でしょうね。厳選しましたけど、ちょっと重いのはご勘弁を(汗)

最初は「半坡博物館」です。半坡は日本語では「ばんぽう」と読むそうです。もちろん中文の発音ではないです。


ここは約6000年前にあった母系社会の遺跡です。王朝が始まるちょっと前ってことになるんでしょうか。

博物館の門をくぐると、当時の女性を再現した像の池があります。持っているのは出土した型の瓶です。

遺跡の展示室は、発掘した現場をそのまま建物に納めたものです。住居や共同のかまど、墓地、堀割などがあります。

住居の形はいくつかあって、日本の竪穴式のような丸いものや方形のもの、地上構造物があったと思われる柱の穴などがあります。でも丸い穴といってもいわゆる日本の竪穴式住居の想像図とは違って、左のように泥壁で作られています。



左は土器を焼いた陶窯の跡です。
土器といっても同時期の日本のものよりは立派なものなのですが、それはこのかまどに理由があるようです。詳しい良し悪しは私は分かりませんが、当時としては良い構造で火力もなかなかあるのだそうです。


その陶窯で焼いたと思われる土器が、陳列室に展示されています。左は「尖底瓶」、入口の半坡の女性像が持っているものです。尖っていると安定が悪いのではないかと思ったのですが、砂地では地面にささって立つから大丈夫とのこと。なるほど〜、アフリカなどで今もある同じ構造の瓶の使い方が分かったような気が。

これは「人面魚紋盆」。人間の顔と魚(口元両側)が合体した紋様で、これのほかの土器にも見られます。ひょっとして、この遺跡の集落のシンボルだったのか、それとも土器を作った人のオリジナルデザインなのか。今となっては不明ですけど、この半坡遺跡のシンボルマークにもなっています(逆光で分かりにくいですが、上の一枚目の門にもかたどられています)。

他にも骨で作った釣り針(ちゃんと“かえし”がある)や縫い針(これがなかなか細い)も目をひきました。





次は「兵馬俑」です。
西安観光の最大の目玉なので込み合うと聞きますが、噂に聞くほどの人ごみじゃないんですよね。Hさんが言うには、黄砂で埃っぽいのを我慢すればこの時期は人が少なめでゆっくり見られるのだとか。

1号坑はやはり撮影禁止でした。なので、内部の写真は非公開です。でも、館内のあちこちで見学者のフラッシュが光ってましたけど(汗)


去年来た時は1号坑以外でも撮影禁止の場所があちこちあったのですが、今年は全部大丈夫でした。左は「秦始皇帝陵文物陳列館」です。新しいほうの建物は地元出身の女流建築家のデザインなのだそうです。1号坑の体育館みたいな味気ない建物に比べてお洒落です(笑)


文物陳列館の最大の目玉は銅馬車でしょう。
左は実際の発掘時の写真で、下は復元したものです。これがなかなか精巧な作りになっていて、作らせた始皇帝の権力の強さを彷彿とさせます。
下の左が1号銅馬車立車、右が2号銅馬車安車です。

2号坑だったはずですが、兵馬俑がいくつか個体で展示されている場所があります。
下の左から、立射俑、騎兵俑と鞍馬、将軍俑、軍吏俑、跪射俑です。


3号坑では他と変った兵馬陽があります。戦車遺跡や指令部遺跡なんですが、左は指令部です。
写真が小さく分かりにくいと思いますが、胴体だけで頭の無いものがたくさんあります。陵の完成間際に急いで作業を進めたため、頭が間に合わなかったのだろうと聞きました。でもそれって完成って言わんぞ、未完だぞ〜(汗)

昼は兵馬俑の中のレストランです。バイキング形式なのですが、麺がなかなかの美味でした。左が刀削麺で右がラーメン。どちらもいいのですが、やはり刀削麺のほうがこしもあって美味しかったです。味噌ダレも口に合いました。






昼食後は、これまた西安観光の目玉の一つ「華清池」です。
玄宗皇帝と楊貴妃の保養所で有名ですが、彼らに限らず著名人に愛された温泉地なのだそうです。楊貴妃の風呂といわれている湯船などがありますが、撮影禁止だったので非公開です。

写真が多すぎるのでここには載せませんが、入口の係員が昔風の衣装を着ていたり、中庭で舞踏ショーをやったりとがんばってサービスに努めているみたいです。


華清池は、西安事変の現場としても有名です。
共産党に共鳴した張学良が蒋介石を襲撃して捕らえ、国共合作がなって抗日の統一戦線を組むことになります。

左はその時の弾痕だと言うのですが……、ほんとかな(汗)





華清池から次に移動する途中、茶藝の店に寄りました。西安に限らず中国各地にツアーで行くと寄る機会が多いと思います。烏龍茶を始め、いろんなお茶の煎れ方を実演して飲ませてくれます。もちろん展示即売です(笑)

写真左の小姐は日本語で一所懸命説明してくれたので大好評で、皆さんお土産にと買いこんでいました。私も買わせていただきました。全部妹や友達のところに引き取られていきました。




市街地に戻って「興慶宮公園」、有料です。古今集に収められた望郷の歌で有名な阿倍仲麻呂の記念碑があります。彼は文化人として、李白ら唐代の著名歌人たちとの交流があったそうです(李白は旅立つ仲麻呂に送別の詩を送っています)。ちなみに「天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも」の漢詩版はこうです。

      翹首望東天  神馳奈良辺
      三笠山頂上  想又皎月圓






夕食は、「徳発長」という有名な餃子の老舗です。
国家特級酒家だそうで、江沢民さんが来た時の写真も大きくパネルにしてありました。入ると餃子の見本がたくさんあって、もちろん料理も餃子尽くし。写真をたくさん撮ってきたんですが、さすがにこれ以上重くなるのはしんどいので別ページにしました。もし興味のある方は左の写真をクリックしてください。






食後、ホテルに戻る途中で南門そばにバスを停めてくれて、ライトアップされた門と城壁の夜景をしばし堪能しました。門の外側は余計な灯りが少ないだけに、ライトアップがいっそう映えて綺麗です。