2日目  西安市内観光



2日目、西安市内の観光、まず「碑林」へ向かいました。
碑林はもともとは勉学のための施設だった場所に作られているそうです。そのため、門の扉が三つあります。左が職員用、右が学生用、そして中央が学長用だそうです。そして、卒業生のトップ3も中央を通ることを許されたのだとか。我々は中央から堂々の入場です(笑)


中の道も三筋に分かれていて、突き当たったところにあるのがこのガイドブックなどでおなじみの建物です。下には玄宗皇帝の書いた文字の碑が置いてあります。その中には右のような一節が。身体は父母から貰ったものだぞということで、「自分の身体をくれた親の言うことは聞かなければいけないんだぞ。だから息子よ、おまえの嫁の楊貴妃は俺によこせ」となるとか(汗)


建物の中はいくつかの部分に分かれていて、第一室は“碑林”というよりは“碑壁”という感じです。この黒い石の壁にびっしりと文字が書かれています。その中には、日本の今の元号“平成”の元になった一節もあります(右)。


第二室以降は石の柱になっていて、まさしく碑の林です。規模も様々あって、豪華なものは左のように上部に立派な飾りがつき、下部は上のように亀が支えています。世界を支えるのは亀という古い伝承によるのだそうです。


たいていの碑は有名な書家の文字で、字体も様々ですが、中には飾り文字のようなものもあります。いちおう三国志好きの私としては「関帝詩竹」という竹の葉で文字を表現しているのが気になったのですが、残念ながら拓本採取中のため見られず、かわりに拓本を買ってしまいました(後ほどみやげ物のコーナーで)。

左はそのそばにあった別の碑です。文字がまるで踊る人のようになっています。私は勝手に「あらえっさっさ〜」と命名しました(笑)

ちなみに左が拓本を取っている様子です(関帝詩竹とは別の碑文です)。こうやってとっているうちに、石が真っ黒になるんでしょうね。
この場所は碑林の一番奥の部分ですが、ここで売っている拓本は本物です。碑林の外で売っているものはなんの保証もないので、偽者を掴まされる可能性ありです。ということで、多少値段が張ると言ってもべらぼうに高くもないので、本物にこだわるならここで買うのが得策です。





次は西安の「西門」です。
観光で一般に行くのは南門か西門だと思います。前回は南門でした。そういえば、どこかのツアーで南門から西門まで歩くのがあるようですね〜。距離にしたらどのくらいなんだろう、4キロは余裕であると思うんですけど(汗)

城壁は、基部で幅18メートル、上部で15メートルあるそうです。下の右がその上の部分です。目印がないので分かりにくいと思いますが、4車線道路を作れると思います。しかも延々続くし……



そして、西安から西、つまり昔の長安から西はシルクロードです。西門から外を見るとそれはシルクロードに続く道になります。ということで、一枚撮ってきました。今でこそ車がたくさん走ってますけど、昔はラクダや馬の隊列が行き来したんでしょうね〜。






昼食を挟んで「大雁塔」へ。
前夜に少し降ってくれた雨のおかげか、黄砂が晴れて去年よりも明るい青空です。ちなみに去年はどうだったかというと、下のボタンを押して比べてみてください。

もちろん今回も塔に登りました(笑)
塔の内部には、仏舎利や釈迦如来足跡石なども展示されています。カバンを持って入ることはできませんがカメラはOKです。


天気のほかにもう一つ違ったのは、大雁塔のある大慈恩寺の前の様変わりです。もっとゴチャゴチャしてゴミゴミした場所だったのが、去年作っていた広場の建設が終わり、とてもすっきりしています。大雁塔最上層部よりの写真で比べてみてください。





こちらは「陝西歴史博物館」、なかなか立派な建物です。陝西省で出土した文物を中心に、古代から近代までの中国の歴史を追うことができます。

今回は、ここの地下の壁画見学も目玉の一つでした。色褪せや破損を防ぐために収蔵庫にしまってあります。幸い、この壁画研究の第一人者の方の説明を聞くことができました。本にサインまでもらっちゃいました。
しかし、地下は撮影禁止。日本の教科書でもおなじみの絵もあったのですが、ご紹介できないのが残念です。

地上の建物の展示は撮り放題です(笑)
個人的に気に入ったのが左の金細工「金啄木鳥」です。紀元前537年頃、春秋時代の秦のものだそうです。高さ1.6センチ、長さ1.5センチの小さくて精巧なものです。なぜ気に入ったかというと、インカの金細工を彷彿とさせたからです。もっとも、時代はぜんぜん違いますけど。
それから、秦と漢の兵馬俑の展示もあります。上の左が秦、右が漢です。秦は等身大なのに対し、漢はせいぜい50センチ程度です。漢代になるとアホみたいに大きくしなくなったんでしょうね(笑)
ところで、左の秦兵馬俑の写真をよくご覧ください。手前の一列だけ本物で、後は絵です。生で見るとあからさまに絵なんですけど、写真にすると案外気にならないですね、不思議だ。






2日目の最後は「青龍寺」です。
ここは唐代の有名な寺院の一つです。何度か盛衰を繰り返した末に北宋時代以降に荒廃してなくなったものを、最近になって発掘し、再建したものです。空海や円行など、唐に渡った日本の僧侶の多くもここで学んだので、再建には日本の仏教界からもかなり資金を出したそうです。



唐に渡った僧の中でも、一番有名なのはやはり空海でしょう。
青龍寺の境内に大きな記念碑も建てられています。804年、遣唐使に加わりやって来た空海は、青龍寺で恵果大師に学び、806年に帰国して真言宗を開いたのは教科書にも載っている話です。

ちょうど花の季節で、境内では八重桜と牡丹があちこちで咲いていて綺麗でした。


寺院の回廊には、石碑が埋め込まれた一角があります。寺に所縁の人たちが紹介されているのですが、中でも恵果と空海がやはりいい場所にありました。

ちなみに空海は、「日本國真言宗的創始人」で、「日中文化交流之先駆」だそうです。でもこれって日本側が作った文章なんだろうな〜。だって、中国側が作れば「中日文化交流」になるはずだもん(汗)