YOMODA YASHIKI





◆「あなたのために、たとえ世界を失うことがあっても。」「C-PART」の続編ですが、
ただのイチャラブでこれじゃ蛇足だなーと思ったため、あえて本には載せなかったものです(^^;)

KISS禁止令R18





「俺に触るな」
 そう俺が言った途端、バニーの身体がびくっと震えた。目を見開いたまま、みるみる血の気が引いていく。
「え…?」
あ、マズイ。めっちゃ誤解してる、こいつ!
「あー、違う違う!そういう意味じゃないって!」
 俺は慌ててバニーの顔を手で包み込み、頬をなで摩った。
そうすると少しだけ安心したような顔になり、俺の真意を伺うように不安げな目でこちらをじっとみつめている。
そうか、この言葉はこいつにとってNGワードになっちまったのか。
以前、俺達がまだ微妙な関係だった頃、俺がこいつを完全に拒絶した言葉がそれだったのだ。また一つバニーにトラウマをつくってしまったのかもしれない。悪いことをしちまった。
「あのな…お前が触るのが嫌とかじゃなくてな、俺は、時と場所を考えろって言ってるんだよ」
ここがどこかよーく考えてくれ。そして、お前が今何をしようとしていたかも。
「時と場所…?考えてますよ。
ここはオフィスで、今日女史は、経理の会議に出席していて、あと三時間は戻ってきません。今この部屋は、僕たち二人きりです。何か問題でも?」
…なんだ、わかっていたのか。わかっていての暴挙だったのか。
バニーは真昼間の勤務中に、俺をオフィスの壁に押さえつけてキスをしたのだ。たしかに俺達の他には誰もいないのだから、それが軽いものなら許せる範囲かもしれない。
だがこいつは、俺の顔を真上にあげ、舌をぐっと差し入れて濃っ厚なキスをしかけてきたのだ。しかも、互いの下半身をこすりつけるというオプションつきで。
昨夜はお互い指一本動かせないほど散々やりまくったというのに、こいつの性欲は際限がないんだろうか?
俺は、ふかーい溜息をついた。
「だーから、たとえ俺達二人きりでも、ここは社内で今は勤務中だ。いちゃいちゃしていい時間じゃないだろ?
ちゅーなんてのは、仕事が終わってからにしろ」
「いいじゃないですか、キスくらい。今日の虎徹さん、朝からずっと色っぽくて、我慢できなかったんですよ。
なにも僕は、オフィスでSEXまでしようとしてるわけじゃないですよ?――そりゃあまぁ、一度くらいやってみたいという夢は持ってますけど…」
「こらっ!どさくさに紛れて何とんでもないこと言ってんだ!セックスなんてとんでもないが、キスだってダメだって言ってんの!」
「キスなんて挨拶みたいなものでしょう?そのお堅いオリエンタルタウン気質、いいかげん改善してください」
「できるか!俺は四十年間このままで来たんだ!
ともかく、勤務中のちゅーは禁止!セックスにいたってはもってのほか!」
俺の剣幕に押されたようで、バニーはむうっとした顔のまま黙りこんだ。
少しして俺の様子を伺うように、上目使いでこちらを見る。くそうっ、なんだこいつ、可愛い顔しやがって!
「…なら、ハグは?」
「それもダメ―」
「あなた、事件後に『よくやったな』って、僕にハグしてますよ?あなたはして良くて、僕がしては駄目なんですか?」
「…あー…、んじゃ、ハグは時と場合を考えて」
「了解。なら、今はこれで勘弁してあげます」
何が勘弁してあげるだ、と思ったが、バニーが嬉しそうに俺を抱きしめる様子が可愛くて、そのままにしてやる。
ちょっとだけ抱き返してやると、調子に乗ったヤツは、俺の首の後ろに鼻を突っ込んでくんくんと匂いを嗅いできた。
「こら!匂い嗅ぐの、禁止!」
お前は犬か?兎だろう!
「……あなたは禁止事項が多すぎる。いいじゃないですか、いい匂いなんだし。僕の幸せをこれ以上奪わないでください」
あのなぁ…。
仕方がないので俺はバニーのしたいようにさせた。まったく、おっさんの体臭嗅いで何が嬉しいのかね…。お前はいつでもいい匂いするけどさぁ。
くん、とバニーの髪の匂いを嗅いでたら、バニーに気づかれて笑われてしまった。
「虎徹さん、僕の匂い、嗅がないでくださいよ」
「…いいじゃねえか。俺の幸せ奪うなよ」
照れる俺を、バニーがくすくす楽しそうに笑いながら、さらに強く抱きしめた。


俺だってべつに、バニーにキスされるのが嫌なわけじゃない。
本当は好きだ。
いや、ぶっちゃけ、めちゃめちゃ好きだ。
めろめろになって腰が砕けてしまうくらい好きだ。
その好き過ぎるところが問題なんだ。
俺はバニーとキスしてると、すぐその気になってしまうのだ。
軽い挨拶程度ならいいのだが、さっきみたいな舌を絡める口づけとなると、まるで口と下半身が直結してしまったように、バニーとセックスがしたくてたまらなくなる。
十代のやりたい盛りや二十代の新婚当初ならともかく、俺はもう四十だ、四十!
中年のオヤジの俺が、若い男とキスしただけで、真昼間から身体が疼くなんて、とんでもない話だ。しかも俺はしっかり受け身の立場であるわけで…どんな淫乱だっつーの!
まだ女だったら『淫乱熟女』というマニア受けのAVもあるくらいだから問題ないかもしれないが、俺は男でおっさんだ。あああ、こんなオヤジには淫乱という言葉すら似あわなすぎて痛々しい。
俺は嫁さんを亡くしてからはわりと淡泊で、ずっと禁欲的な生活を送っていたというのに、こんなのは異常だ。
あまりにもその気になっちゃうものだから、一度病院に行った方がいいのでは…?と、真剣に考えたりもしたくらいだ。
でも、病院に行くなら心療内科?それとも泌尿器科なんだろうか?まさか産婦人科じゃあるまいし。いったいどこに行けばいいのか見当がつかない。
それに、診察を受けて、医者にバニーとの性生活を克明に説明しなきゃいけないなんて、そんな恥ずかしいこと、俺には到底できそうにない。結局考えただけで、何も行動に移せないままに終わっている。
ともかく俺はそんな状態だから、自分の身を滅ぼしそうな危険なことは、事前に回避しておかねばならないのだ。
俺だってキスさえしなけりゃ、真昼間からスイッチが入ることはない。バニーがどんなにおねだりしようと心を鬼にして、外出先では絶対にキスをさせないことが肝要なのだ。
うーん、しかし、バニーのおねだり……俺はちょっとあいつに甘いところがあるから、これを撥ね退けるのは精神的にけっこう大変だったりする。切なげな目で求められると、ついほだされそうになってしまうのだ。
――バニーちゃん、一途で可愛いんだよなぁ…。
 俺は深い溜息をまたひとつついた。
だいたい俺の年下の恋人、バーナビー・ブルックス・Jr.は、優秀すぎて困る。
何でも一度で覚えて、それを確実に自分のものにして、次回から応用できる秀才だから困る。
最初はまだまだ子供っぽくて、がっつくようなセックスをしていたくせに、最近は『じらす』という高等テクニックを使うようになってしまった。
何もしなくても、あいつと抱き合ってるだけで気持ちいいと思ってしまう俺が、あいつの全力をかけた愛撫にかなうわけがないのだ。
じらしのテクニックに加えて、少し前に覚えた『言葉攻め』なんてものまで、徐々に使えるようになってきたから性質が悪い。
そのうち「虎徹さん、もうあなたの身体は、僕なしでは生きていけないでしょう?」くらい言い出しそうで怖い。
あー、それって時間の問題かもしれないなぁ。明日、いや、今晩くらいには言い出しそうだ。
実際、俺はバニーなしじゃいられないんだから怖い。
あいつとのセックスが、ぶっとぶくらい気持ち良すぎて怖い。
どんどん羞恥心を失くしてしまうから…自分でも最中に何を言ってるのかわからなくなるから、何度も意識を失ってしまうから、次、あいつとセックスするのが怖い。
でも、きっと今晩も誘われたら、あいつの家について行ってしまうんだろう。なんといっても俺は、バニーに骨抜きなんだから。
はーっと、俺はまた大きな溜息をつく。
―――いいおっさんが短期間にこんなに色ボケになっちゃって、どうすんだよ?こんなんじゃ、そのうちバニーに呆れられて、捨てられちまうかもなぁ…。
本当のところ、俺はそれが一番怖いのかもしれなかった。





デスクワークの後、バニーは単独取材に出かけたので、俺は一人でトレーニングルームへと足を運んだ。
しかし、トレーニングウェアに着替え終わっても、マシンの方には行く気にならなくて、スタスタとベンチへ直行し、そこへゆっくりと腰を下ろす。
あー、もう動きたくねえ…今日も事件が起きないといいんだけどなぁ…と、天井を見上げて溜息をつく。
実は俺は今、座っているだけでも少々辛い状態なのだ。
たて続けの事件がようやく収まり、昨日は一週間ぶりにバニーの家で存分に、俺が何度も意識を飛ばすほど激しく抱き合ってしまったからだ。
朝方までバニーを受け入れていた部分は赤く腫れていて、動くたびに鈍痛がしている。大きく足を上げた体勢でいたために、足の付け根も痛い。そして、あまり意識したくないことだが、バニーが執拗にいじっていた両の乳首も腫れ上がっていて、柔らかなTシャツの生地がこすれるだけでもヒリヒリとして痛いのだ。
こんな状態で真面目にトレーニングなんかしたら、動くたびに変な声が漏れてしまうかもしれない。こんな時は、さぼるに限る。
俺はとっととトレーニングを放棄して、なるべくゆっくりとした動作でベンチの上に楽な姿勢で寝そべり、昨夜の睡眠不足と体力回復に励むことにした。
幸い俺は普段からトレーニングを真面目にする方じゃないから、俺がベンチの上でだらだら寝ていても、誰も変に思う人間はいない。
…と、思ったのだが、どこにでも聡いヤツはいる。
ウェイトトレーニングを終えたネイサンが、寝ころんだ俺の横に両腕を組んで立ち、俺の方をじーっと見ていたかと思うと、ひどく嫌そうな顔をしてこう言った。
「イヤだわー。傍に寄っただけで妊娠しそうだわ〜、今のあんた、フェロモンだだ漏れ!」
なんだ、そりゃ。どんな状態だよ。
あまりの言い様に、ネイサンを相手にして敵うわけがないのに、俺はまたぼそっと小声で反論してしまった。
「…じゃあ、妊娠してみろよ」
「……っ!#」
顔に青筋を立てたネイサンは、容赦なく俺の太腿をつねりあげた。
「でッ!いででっ!ギ、ギブ、ギブ!」
ふんっ!と大きく鼻息を残して、ネイサンは腕をひっこめた。そして、俺の寝ていたベンチの上に、ドシン!と断りもなく座ってくる。
俺も仕方なく身を起こしてベンチに座った。くそっ、もう少し寝ていたかったのに。
「いってえな〜、ひでえ、青痣になるぞ、これ」
「なによ、今のあんたの身体にあとどれだけ痣がつこうがどうってことないでしょ」
「……?」
「気づいてないの?あんた。太腿の内側、とくに後ろの方を見てご覧なさいよ」
俺は右足の太腿を上げて、後ろ側を覗き込んだ。
「…っ!なんだ、こりゃ?」
そこには、はっきりと赤っぽい痣…所謂キスマークが何カ所もつけられていて、ちょっと気持ち悪いくらいだった。
「他にもあんたには見えないところ…首の後ろとか、かなりひどいわよ?髪にも隠れてないもの」
「――あんのバカ…ッ!」
そうだ、昨日終わった後に、俺がぐったりとうつぶせになっていると、あいつが俺の背中側のいたるところに、ちゅーちゅーキスしていたんだった。絶対痕はつけるなと言っといたのに、あの野郎!
頭を抱えて唸る俺に、ネイサンがさらに追い打ちをかける。
「昨夜どれだけお盛んだったか知らないけど、こんな身体中にキスマークつけて、こうもけだるそうにされちゃうとねえ…?ホント、目の毒だわ。
こんなところで無駄にフェロモンばら撒かないでちょーだいな。子供達がまだ来てないからいいようなものの、こんなの見せたら、あの子らの教育によくないわよ」
「俺が悪いんじゃねーよ!それに、フェロモンなんてけったいなもん、撒いた覚えはないぞっ!」
「覚えはなくとも、ここら一帯ばら撒かれてんのよ!あ〜もうたまんない!
ハンサム!この歩く猥褻物、どうにかなさいな!」
「バニー?」
ネイサンが声をかけた方角から、足早にバニーがやってきた。取材は予定より早めに終わったらしい。
「バニー、てめ…っ!」
俺が文句を言う前に、バニーは目聡く俺の身体…とくに内腿部分を見て、驚いたように言った。
「それって…キスマーク、ですよね?」
バニーの言葉にネイサンと俺は目を丸くする。
「えっ?」
「あんたがつけたんじゃないなら、いったい誰がつけたのよ?」
「そりゃあ僕に決まってます!
そうじゃなくて…僕、虎徹さんは色が浅黒いから、少しくらい痕をつけても目立たないと思ってたんです…」
「地黒でもこれは内出血だもの。強くすればそりゃあ当然痕に残るでしょ」
「そうなんですか…そんなに強くしたつもりはなかったんですが…」
「――お前なぁ…」
そうか、加減がわからなかったのか。
こいつはこういうことが偶にあるのだ。二十代も後半だというのに、女性とつきあった経験が少ないため、こっち方面はとくに初心だったから、仕方がないことなのかもしれない。
キスマークをつけたいと思うほど執着した相手が、今まで俺の他にいなかったということか…。
俺は、う〜と唸りながら、ボリボリ頭を掻いて、怒りを鎮めた。
「……次からは、気をつけろよ」
「はい、すみません。もう見えるところにはつけません」
見えないとこにはつける気なのかよ…と思ったが、ここでそんなことを追及しても意味がないだろう。
「…うん、ならいい」
俺の一言で、しょげていたバニーの顔がぱっと明るくなった。こういうとこが、可愛いんだよなぁ。
「あらまあ、甘やかしちゃって!
やだわ、あんた達、見てるこっちが恥ずかしいわ!もうイヤっ!こんなところにいられないっ!」
ネイサンはきゃーきゃー楽しそうに騒ぎながら、牛のところに内股で走って行った。
……なんだったんだ、あいつ。
バニーがすまなさそうに声をかける。
「でも、このままじゃ目立ちますね。上着か何か持ってきます」
「そんなの今更だろ…。いい、今日はもう帰って寝るわ」
「じゃあ、僕も帰ります。送りますよ、虎徹さん」
バニーは、俺が立ち上がるのにも手を貸してくれた。相変わらずこういうところは紳士なままだ。
ハイテンションのネイサンに尻を揉まれていた牛が、俺に手を伸ばして助けを求めていたが、あえて見なかったふりをして、俺達はトレーニングルームを後にした。




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