YOMODA YASHIKI






 それから数日間、カカシ第七班の雰囲気は最悪だった。
 ナルトは任務は真面目にとりくみ、他の二人にもちゃんと合わせていたが、カカシの命令や指導に対してことごとく反発するのだ。
 返事はもちろん、まともにカカシと目を合わすことさえせず、一度も笑わない。
 ふだん陽気で元気なナルトがずっとこの調子だと、どうしても班全体の空気が重くなる。
 寡黙なサスケが何を考えているのかはわからないが、サクラにとっては耐え難い毎日だった。
「ねぇ、カカシ先生。
先生がナルトを怒らせるようなこと、何かしたんでしょ?
先生大人なんだから、謝ってあげたら?」
 ある日カカシにそう云ったのだが、
「べつに謝るようなことはしてないしね〜。
それにあいつ、たぶん謝ったくらいじゃ許さないから意味ないよ」
 と、軽くいなされてしまったのだ。
『あの単純バカに謝っても許さないようなことって、何したのよぉっ!』
 とつっこみたかったが、ナルト以上に何を考えているかわからないカカシにそれ以上は聞けなかった。
こうなったら頼れるのはただ一人…!
 サクラは任務終了後、アカデミーの方角へと向かった。





「え?ナルトが…?」
「うん、何を聞いても教えてくれないんだけど、カカシ先生のことは許せないんだって言ってた。
イルカ先生はカカシ先生から何も聞いてないの?」
 職員室でイルカは、サクラから今の二人の様子を聞いて驚いた。
 そんなこと、カカシは一言も云わなかった。
 いや、そういえば三日前にカカシが家に来た時、
「ナルトって意外と粘着気質だったんですね〜」
 と、ボソリと気になることを云っていた。
「そんなことないですよ。一つのことに熱中すると、周りのことがわからなくなったりはしますが…。
何かナルトがしでかしたんですか?」
 その時そう訊いてみたのだが、はぐらかされてしまったのだ。
 とても気になったが、今ではナルトはカカシの教え子兼部下である以上、元担任の自分が口を挟むことではないかと、イルカはそれ以上追求しなかった。まさか二人がそんな状態になっているとは…。
 サクラはそのイルカの思い当たる節の態度に「やっぱりね」と思いながら、自分の考えを云った。
「私、たぶん原因はイルカ先生のことだと思うの。
ナルトがあそこまで怒るなんて、先生のこと以外考えられないもの。
それにイルカ先生の云うことなら、ナルトもちゃんと聞くと思うのよね。
先生、なんとかナルトをなだめてカカシ先生と仲直りさせてくれない?
お願い!」
 サクラは普段気の強そうなことを云っているが、根はとても優しい女の子だ。
 仲間のナルトがそんな精神状態でいるのを、これ以上放っておけないのだろう。
 自分が原因とか、自分が慰めたくらいでどうにかなるとは思えないが、二人のことは自分にとっても他人事ではなかった。
「わかったよ、サクラ。今日、ナルトに会って話してみる。
教えてくれて、ありがとうな」
 優しく笑うイルカの顔を見て、やっぱりここに来て良かったとサクラは思った。
 カカシとは違った意味で、イルカには何もかも任せて大丈夫、という安心感があるのだ。
「もしかしてナルトの奴、『イルカ先生不足』で拗ねてるだけかもね?」
 そんな言葉を云い残して、サクラはその場を立ち去った。





 サクラはああ云っていたが、イルカにはナルトがそこまであのカカシに対して反抗した態度をとっているなんて信じられなかった。
 ナルトは自分の前でカカシのことを「遅刻ばっかしてダメな先生」と云いつつも、新しい忍術を学んだ時などは、目を輝かせて「すごいんだってばよ!」とひたすら称賛していた。カカシのことを尊敬しきっているのだ。
 その傾倒ぶりは少々やっかみたくなるほどで…反面、自分の大切な人を誇らしく思う気持ちもあったが…そんなナルトがカカシをそこまで嫌うなんて想像もつかない。
しかもオレが原因…?
まさか、それはないだろう。
 このところ忙しくて、ナルトには会ってさえいないのだ。
 あいつがそんなに頑なになるなんて、きっと何か特別なことがあったんだろうな…。
 そう考えている途中で、イルカは求めていた姿をみつけた。



やっぱりここにいたか…。
 夕暮れの中、小高い丘の上で夕焼けをじっとみつめている金色の髪をした少年がいる。
 ナルトが考え事をする時、よくこの丘に来ることをイルカは知っていたのだ。
「ナルト」
 突然かけられた声に、びくっとナルトが振り返る。
「…イ…ルカ先生…」
 自分を見るその強張った表情に、ナルトが深く何かに傷ついていることが分かった。
 この子は本当の意味で誰かに甘えることを知らない。
 何かあったのなら一番に自分のところに来てほしいのに…オレでは役不足なんだろうか?
 そう悲しく思いながら、イルカはゆっくりとナルトに近づいた。
「さっきサクラに会ったんだ。
お前の様子が変だって聞いてな…」
 ナルトはイルカを凝視したまま固まったように動かない。
 その様子を怪訝に思いながら、イルカはナルトの肩に手をかけようとした。
「ナルト…?」
 すると、
「さ…触るな!」
 ナルトはイルカの手が触れる寸前にとびすさった。
「ナルト…?」
 その尋常でない反応にイルカは驚く。
 ナルトはイルカを苦しそうに見上げ、こうつぶやいた。
「き…汚いから…!
汚いから…っ…イルカ先生は、オレに近寄ったらダメなんだってばよ!」
 そんな言葉を残して、ナルトはその場を走り去った。
「ナルト!?
おい、ナルト!」
 追いかけようとしたイルカの足は、今のナルトの言葉のせいで動けなかった。

―――汚い?
オレのことが…?
…ナルトを傷つけていたのはオレ自身だったのか…?
 後に残されたイルカは、理由もわからぬまま、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。





 カカシが上忍会議というかったるい仕事を終えて家に帰ると、玄関の前にイルカが立っていた。
「あれ?どうしたんです、こんなとこで?
合鍵は渡してあるんだから遠慮しないで入ってくださいよ〜」
 と、うつむいたままの恋人に向かって笑顔を向けながら、ドアを開ける。
「いえ、今日はここでいいです。
実はカカシ先生に聞きたいことがあって…」
 イルカのその思いつめた様子に、カカシは玄関の前でドアを開いた状態のまま、イルカに向かい合う。
「今日、サクラとナルトに会いました。
カカシ先生はどうしてナルトがあなたに反発しているのか、理由はわかっているんでしょう?
オレにも教えてください」

…やっぱり。
この人がこんな顔をする時はいつもナルトがらみだ。
サクラもついにこの人に泣きついたか。仕方ないよな〜、もう一週間以上もあのまんまだし…。
 ボリボリと頭をかいて答えない上忍に向かって、イルカは詰め寄った。
「教えてください!
オレにだって知る権利はあるはずだ!」
「いや、これはオレとナルトの問題ですから…」
 あくまではぐらかそうとするカカシに、イルカは唇を噛んで睨みつける。
「あなたとオレとナルトの三人の問題じゃないんですか?
…ナルトはオレ達の関係に気づいたんでしょう?」

 どうやってそんな結論にまで至ったのか、カカシは驚くと同時にうろたえた。
まさかこの人、ナルトに自分達の関係を知られたからって、別れ話でも云いにきたんじゃないだろうな?
イルカなら、それもありえそうな話だ。
「もしそうだったら、イルカ先生はどうするんです?」
 カカシのその言葉に、イルカは小さくため息をついた。
「やっぱり…。そうだったんですね…。
それならナルトに嫌われても仕方ない…」
 うつむいて独り言のようにつぶやく。
「…じゃ、今日はこれで帰ります」
 一人で納得して、人の問いに答えもしないで帰ろうとする恋人を、カカシは腕をつかんでひきとめた。
「ちょっと待ってくださいよ!
ナルトに会って、何か言われたんですか?」
 イルカは悲しそうに笑った。
「何も…。ただオレが近づくのも嫌だったみたいです。
あの多感な時期に、オレ達みたいな関係は気持ち悪いだけでしょうし、オレもあなたもあいつには近い存在だったから…裏切られた気がしたんでしょうね」
 そう淡々と話すイルカを見て、カカシは自分のしたことが自分の大事な人をひどく傷つけてしまったことを知った。
「…イルカ先生はどうするんです?」
 動揺を抑えて、さっきと同じ質問をする。
 今度はイルカは少しふっきった表情でこう云った。
「何もしません。オレは今まで通りです。
ナルトがオレのことを嫌っても、オレのあいつに対する気持ちは変わりませんから」

 カカシは立ち去るイルカの後姿を見送りながら、明日ナルトときちんと話をしなくては…と考えていた。




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