YOMODA YASHIKI




この話だけ、カカイル前提のナルト→カカシとなっております。

【恋】


オレの知ってる温もりはたったひとつ。
オレが覚えている腕はたったひとつ。





「んじゃ、今日の任務はこれで終了〜」
 あいかわらずの気合の入らない声で、ナルトの教師兼直属の上司がそう告げる。
「いやったぁ!終わり、終わりぃーっ!
 今日はホントに疲れたってばよ〜」
「ほーんと、これじゃ家出した猫を捕まえる方が楽だったわ」
 今日の任務は老夫婦の農作業の手伝いで、これでは忍者じゃなくて何でも屋じゃないかと、ナルト達は帰る道すがら不平不満を上司にぶちまけた。
「ん〜、でも楽しいだろ、こーゆーのは。
 忍者らしい仕事ってのは、汚い仕事が多いからなぁ」
 ぼそりと告げられたその一言が妙に重くて、一瞬皆の口が止まる。
 カカシは時々そんな風に現実的なことをさらっと云ってのけ、ナルト達に自分がもう、下忍という一人前の忍であることを、否が応でも認識させた。
 アカデミーの教師達のように言葉を選んだりしないのだ。
 そんな時、ナルト達は気をひきしめると同時に、もう二度と戻れないあの穏やかな時代をなつかしく思う。
――イルカ先生に会いたいな…。
 ナルトは無性にあの笑顔を見たくなった。
「そんじゃもう解散していーから。報告はオレ一人で行くし」
「オレも行く!
今日は疲れたからイルカ先生と一緒に一楽行くんだ!」
 そんなよくわからない理屈を言いながら、ナルトはカカシの足元に走り寄った。
「でもな〜、今日はたぶんイルカ先生、残業で遅くなるから、一楽は無理だと思うぞ?」
「…なんでそんなこと、カカシ先生が知ってんだってばよ?」
 最近自分にとって大事な二人の教師が、仲良く一緒に食事したりしているのは知っている。
 最初は驚いたが、上忍と中忍という立場も超えて、大好きな二人が仲良くしてくれる事はとても嬉しいことだった。
 だが、この頃は少し変な感じがする。
 二人が仲良くなればなるほど、自分が疎外されているような、イルカ先生をカカシ先生にとられてしまったような、奇妙な嫌な感じがするのだ。
 それが顔に出ていたのか、カカシがナルトの頭をポンポンと軽くたたいた。
「きっと来週あたりはつきあってくれるって。
そん時はラーメン腹いっぱい奢ってもらえ」
 ひどく子供扱いをされたような気がして、ナルトはめずらしくくってかかった。
「イルカ先生に会ってみなきゃ、今日ダメかどうかなんてわかんないってばよ!」
 カカシはため息をつくと、
「今日はイルカ先生は、オレとの先約があんの。
だから無理。あきらめろ」
 そう言ってさっさと受付所に向かって歩きだした。
「…なんだよ。それならそうと、最初に言えってばよ…」
 ナルトはなんだか釈然としない気持ちのまま、カカシの後姿を見送った。
 イルカとカカシの間で用があるのは、それはそれでかまわない。
 子供にはわからない大人同士の話があるのかもしれないし、一緒に酒を飲む約束になっているのかもしれない。
 だけど、二人とも自分にとっては親しい間柄なんだから、ラーメンくらい一緒につきあってくれたって、べつに問題ないような気がするのだ。
 それをカカシがあえて拒否したということは、自分が邪魔だったというわけで……ナルトはその自分の考えに、だんだんと落ち込んできてしまった。
 じっと動かないナルトを気遣って、仲間の二人が声をかける。
「ほらほら、帰るわよ、ナルト。
早く帰って疲れをとらないと、明日も任務早いんだから」
「そんなとこにつっ立ってるな、ドベ。通行の邪魔だ」
「なぁにぃ〜?」
「あ〜、もう!やめなさいよ、あんたたちっ!」
 優しい二人の気持ちに気づかないふりをして、しばらくの間騒いでみたが、ナルトの心は一向に晴れなかった。
 サクラとサスケと別れた後も、何をするでもなく、夕暮れの街中をただぶらぶらと歩いていた。
 そしてふと、自分の足が無意識にイルカの家の方向に向かっていることに気づく。
「何してんだ、オレ…」
そうひとりごちて帰ろうとした時、近くに見知った二人の気配がした。





イルカ先生とカカシ先生だ…!
 ナルトはとっさに気配を消して、木の陰に隠れた。
 どうしてそんなことをしたのか自分でもわからない。
 だが、気づかれてはならないと、どこかでそんな気がしたのだ。
 二人は楽しそうに笑いあって、木々の間の道をゆっくりと歩いて来る。
 遠くて何を喋っているのか聞き取れないが、ずいぶんと親しそうで、それがなんだかくやしかった。
…なんだよ。この時間に帰れるんなら、イルカ先生残業なんかじゃないじゃないか。
 カカシ先生、自分が先に約束してたからって嘘つくなよな!
 文句を言って、二人の間に割り込んでやろうかと考えていた時…。
 カカシが立ち止まって何かイルカに云った。
 イルカも立ち止まり、何か答える。
 その後。
カカシがイルカに近づき、顔の口布をすっと下ろした。
「え?」
 ナルトははじめて見るそのカカシの素顔より、カカシがイルカにごく自然に、素顔を見せていることに驚いた。
 カカシはイルカの顎をそっともち上げ、ゆっくりと唇を近づける。
 イルカはされるがままに、ふっと目を閉じた。



 ナルトは、目の前で何が起こっているのか一瞬わからなかった。

…カカシ先生とイルカ先生が、キス…してる…?
そんな…ウソだろ…?
 今、あのイルカが、あのカカシとくちづけを交わしているのだ。
 こめかみあたりをガツンと殴られたような気がした。
 視界が赤く染まる。
 どくん、どくんと、やけに心臓の音が響いて、胸が苦しくて、息ができない。
 身体の中で何かが爆発しそうだ。
 何も考えられない。
 もうそれ以上見ていられなくなって、ナルトはその場を逃げ出すように走り去った。
 いや、事実、逃げ出したのだ。



 ざぁっ…と強い風が吹き、木の葉が舞う。
「も、もういいかげんにしてください!」
イ ルカはカカシを押しのけて、唇を手の甲でゴシゴシとぬぐった。
「傷つくな〜、イルカ先生。オレのキスが汚いものみたいじゃないですか」
「そ、そうじゃなくて…!さっきのはこんなとこでするようなキスじゃないでしょう?」
 もっと軽いキスだと思ったから許したのだ。キスしてもいいかと問われて承諾したのは。
 だいたいイルカは、人気がないとはいえ、こんな誰が通るかもしれないところで口付けたりするのは、恥ずかしくて嫌なのだ。
 だから自分でも、どうしてさっき簡単に許してしまったのかと不思議に思う。
 雰囲気に流されてしまったのだろうか?まったくオレは…と反省している時に、カカシがのんびりした口調で云った。
「あれって、こういうとこでやっちゃいけないキスだったんですか〜?
いつも通りだと思うんだけどな〜。
だいたい、どんなキスなら良かったんです?教えてください、イルカ先生♪」
「し、知りません!」
 イルカが照れて先を歩いていくのを笑いながら、カカシはさっきナルトが立ち去った方角を見た。
…ちょっとやりすぎたかな?
 しかもイルカにナルトの気配を気づかれないよう、軽い幻術をかけてまでやることじゃなかったかもしれない。
でも、遅かれ早かれわかることだしね。
 イルカは自分たち二人が恋人同士の関係であることを、誰にも云えないことだと思い込んでいる。
 ましてや教え子達、その中でも一番知られたくない相手がナルトだろう。
 だが、大切な人間であればあるほど欺き通すことなどできないし、ごまかし続けて、本当のことを知られた時の方が問題だ。
 二人のことを応援してもらうのは無理でも、そういう関係であることを、ナルトにだけは知ってもらわなくてはならない。
 さっき木の陰でこちらの様子をうかがっているナルトの姿をみつけた時、いい機会だと思ったのだ。
…でも、明日からが大変だろうな〜。
 そう苦笑しながら、カカシはイルカに追いつくよう、早足で歩きだした。





 ナルトは家にたどりつくと、そのまま布団の中にもぐりこんだ。
 涙が出て止まらない。
 胸がしめつけられるようで、苦しい。
 ここでこうして眠ってしまえば、さっきのことは忘れてしまえるだろうか?
 こうやって何か傷つくことがあるたび、布団の中にもぐりこんで、動物のように丸くなって眠るのはナルトの癖だった。
 苦しかったことは何も考えないようにして、ラーメンとか、自分の好きなことばかり思い浮かべて、嫌なことを忘れるのだ。
 これまでもずっとそうすることで、冷たい視線の中を一人で生きてきた。
 でも最近ではこんなことをする必要もなくなっていたように思う。
 イルカ先生が、自分を認めてくれてからは…。
 もう本当の意味で、一人ではないと思った時から―――。

 目をつぶっても、さっきの光景が目に焼きついている。忘れようとしたが、どうしても無理だった。
…どうして自分はここまでショックを受けているんだろう?
 イルカ先生が誰を好きでも、相手がカカシ先生でもかまわないじゃないか。
 どこかで冷静な自分の声がする。
だが…。
「嫌だ!嫌だ、嫌だーっ!
イルカ先生は…ダメなんだよっ!」
 ナルトは自分の頭をかきむしりながら、わけのわからない感情をもてあましていた。
 イルカが誰かを特別に好きになるなんて、嫌だ。
 だって自分にとって、イルカは特別な人なのだ。
 親も兄弟もいない自分にとって、たった一人、自分のことを特別に大事に思ってくれる人。
 その大切な人を、他の人間にとられたくなんかない。
 目の前にさっきのイルカの顔がよぎる。

―――見たこともない顔だった。
 優しい、どこか安心したような、何か大事なものを見ているような目で、カカシのことをみつめていた。
 キスをしている間中、どこか苦しそうな、それでいて陶酔したような不思議な表情をしていた。
 少し上気した頬、伏せた瞼。
 その顔はいつもの元気な「イルカ先生」ではなく、まったく別人の大人の誰か、だった。
 カカシが変える角度にあわせてゆっくりと動き、かすかに見えた薄く開いた口がなんだか淫らで、それ以上見ていられなくなって逃げ出したのだ。
…イルカ先生でも、あんな顔するんだ…。
 カカシと違って、イルカに性的なことは、どこか無縁だと思っていたような気がする。
 それにナルト自体がまだまだ子供で、今は任務や忍術の習得、強くなることが一番の興味の対象で、そういう方面はあまり考えたことがなかったのだ。
 だからといってそういうことにまったく興味がないわけでもなく、淡い想いを抱いている少女に対して、手をつなぎたいとかキスしてみたいとか、その程度の願望はちゃんとある。
 だが、それ以上のことなど考えたこともないのは、憧れの少女をそういう性的な対象として見ることが冒涜であるかのような、少年期独特の潔癖な感情からだったかもしれない。
 そしてナルトにとってイルカは、その憧れの少女と同様に、けっして汚してはならない対象だったのだ。

…イルカ先生は、カカシ先生のことが好きなんだ…。
あの二人、いつからつきあっていたんだろう?
いったいいつ頃からあんな……。
 さっきのイルカの表情が二人の関係を物語っているようで、どこか汚らわしい気がして、ナルトは顔をしかめた。
 この胸の痛みは、イルカを奪ったカカシに対しての怒りからだけではない。
 イルカに対しての、裏切られたような失望感と憤りが、大きくナルトの心を傷つけていたのだ。

―――イルカ先生の馬鹿野郎…!
 ナルトは一晩中うずくまった体勢のまま、ついに一睡もできなかった。







 サクラは困っていた。
「遅いわね〜、カカシ先生ったら。
まったく、いつになったら遅刻癖直るのかしら?
ねぇ、サスケ君?」
 わざと大きめの声をはりあげ、サスケにそう問いかける。
「直す気なんてないだろ、あいつは」
 普段無口なサスケが、めんどくさがらずちゃんと相手をしてくれた。
やっぱりサスケ君は優しいわ〜♪
 と、サクラはサスケに惚れ直しながら、チラリと集合場所の後ろの方で黙って座り込んでいるナルトを見る。
…朝からずっとあんな調子なのよね〜、いったいどうしたのかしら?
 いつもはバカみたいに元気なくせに、あんたがそんなだと調子狂っちゃうじゃない。
 体調でも悪いのかと聞いてみたら、「いや」の一言で片付けられた。
 サクラはそのはじめて見るナルトの不機嫌な様子に、それ以上話かけることができず、間が持てない状態だったのだ。
…今日のナルト、ちょっと怖いのよね…。
あ〜、もう!早く来てよ、カカシ先生〜!

「おはよ」
 そのサクラの気持ちが通じたのか、今日は比較的早めにカカシが到着した。
「おっそぉ〜い!いいかげん遅刻しないでよねー!」
 いつもならサクラと声をあわせてカカシに文句を言うナルトが、今はじっと座ったまま動かない。
 ただ、すごい眼でカカシを睨みつけていた。
「おはよ、ナルト」
 平然と挨拶をするカカシに、ナルトはギリリと歯を鳴らし、低い声で云った。
「…さっきまで、イルカ先生の家にいたのか?」
 カカシは目を細め、軽い調子で答える。
「そんなこと、答える義務はな〜いね」
 瞬間、その態度にカッとなったナルトが、驚くほどの速さでカカシに殴りかかる。
シュッ!
 風を切る音がして、次の瞬間ナルトは遠くに弾き飛ばされていた。
「ぐぅっ!」
「なっ!ナルト!なにしてんのよ、あんた!」
 倒れこんだナルトに、サクラが心配して駆け寄る。
「サクラちゃんには関係ないってばよ!」
 まだカカシに向かって飛びかかろうとするナルトを見て、サスケも声をかけた。
「何があったか知らないが、今のお前じゃあいつにかなうわけないぞ」
「…わかってるってばよ!でも…許せねぇんだ!」
 ダッと勢いをつけて、カカシに向かって飛びかかる。
 カカシはまたしても軽くかわした。
「これから任務だ、私情をはさむな」
「くそおっ!」
 カカシは凝りもせず向かってくるナルトをよけ続けていたが、このままでは埒が明かないとナルトの鳩尾に軽く拳を当てた。
「げほっ!ゴホッゴホッ」
「ナルト!大丈夫?」
「だいぶ動きが速くなったけど、まだまだだな。
上官に反抗するつもりなら、もっと技を磨いてからにしろ」
 カカシは歯牙にもかけない態度で、そのまま今日の任務内容を読み上げはじめた。
 ナルトはくやしそうに唇を噛みながら、なおもカカシを睨みつけている。
…な、なんなのよ、もぉ〜!
 サクラはハラハラと気をもみ続け、サスケは「うぜぇ」と一言だけもらした。



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