YOMODA YASHIKI






 イルカの後にカカシが風呂に入っていると、イルカが嬉しそうに声をかけてきた。
「カカシ先生、もう食事を運んでいただいてますよ。すごいご馳走ですから、早く出てくださいね!」
 その弾んだ声を聞いているだけで、こちらまで楽しい気分になってくる。
「はーい、すぐ出まーす」
 カカシが浴衣を着て、タオルで頭を拭きながら部屋に入ると、イルカが数人の仲居と楽しげに話している姿が目に入った。
「うっわぁ、それ、なんですか?オレ、そんなの見たことないですよ、美味しそうだなぁ」
「これは地元でしかとれない山菜で…」
「こっちは…?これ、魚ですか?」
「はい、こちらはこのタレをつけてお召し上がりください」
 イルカの子供のように喜ぶ姿は、その場にいる者をなごませる。仲居達もすでに仕事の顔ではなく、ほがらかに笑い、この青年の質問に嬉しそうに答えていた。
 きっとこんな高級旅館に泊まる者は、気取っているか偉ぶっているか、はたまた場違いで恐縮してしまっているか…そんな客がほとんどなのだろう。イルカのように見栄をはることも気負うこともなく、純粋に喜ぶ客などそうそういないに違いない。その場にいる者は皆、イルカに耳を傾け、イルカをもっと喜ばせてあげたいと、地元の観光名所や、お土産のことなどを細かく教えていた。
…これがイルカ先生のすごいところだよな〜。
 カカシはその様子を目を細めて眺める。
 どこの誰とでも簡単に仲良くなってしまうし、話していると自然に相手の気持ちを穏やかな気分にさせてしまう。イルカがなぜか異常なくらい里に知り合いが多いのも、この性格のせいだろう。
 誰もがイルカの傍にいたいと思い、誰もがイルカと話をしたいと思う。一緒に笑ってほしい、話を聞いてほしい…さらには、相談にのってほしい、なぐさめてほしいとまで思う人間もいる。
 もちろん中には、そんなイルカを疎ましく思う者もいる。だがそれは、眩しい太陽の光を嫌っているようなもので、イルカを嫌う人間の方が心を病んでいる場合が多い。病んでいなければ、健やかで純粋な優しい人を、本心から嫌える人間などいないのではないだろうか? …とはいえ、世の中、病んでる人間の方が多いのも事実なのだが。
 イルカは今時の言葉で言えば「癒し系」だ。だが、こういう人間は意外と難しい。
 まず、本人に自覚はないが、かなりもてる。老若男女関係なく、もてまくっている。ライバルが多いのだ。
 だが、カカシにとって幸いなことに、イルカは色恋沙汰にとてつもなく鈍い人間だったので、モーションをかけても思うような反応がなく、勝手に「脈がない」と思ってあきらめる者が多かった。(その隙にちゃっかりとカカシが恋人の座に居座ったわけだが)
 それでも過去、強引におつきあいをした強者もいたらしいが、それは少しつきあっただけで「私のこと全然見てくれないじゃない!」と女の方が怒って終わりになったらしい。
 そう、万民に優しい人間は、特定の人間にだけ優しいわけじゃないのだ。そういう点をわかっていないと自滅するしかない。
 これは、けっこうキツイ。
…イルカ先生には、こんな仲居のおばちゃん達にまでヤキモチ焼いてるオレの気持ちなんか、わかんないんだろーねぇ。
 そう苦笑するカカシの気持ちなどおかまいなく、イルカが元気に笑いかける。
「カカシ先生、いただきましょう!オレ、もう腹が空いちゃって…」
「あはは、オレもですよ。 では、いただきまーすvv」
 そうやって二人は海の幸山の幸と地酒を腹一杯堪能し、満足のいく食事を終えたのだった。





「イルカ先生、温泉入りましょう。露天風呂。ここのは絶品なんですよ」
「ろてんぶろぉ〜?いーいですねぇ〜」
 すっかりご機嫌になったイルカを見て、カカシはちょっとヤバイかな〜と思った。食事も酒もとても美味かったので、ついつい飲みすぎてしまったのだ。
 カカシは酒にはめっぽう強いが、イルカは違う。イルカは酒は大好きだが、あまり強い方ではないらしく、しかもある一定量を超えてしまうと、ぱたりと眠ってしまうのだ。そして一度眠ってしまうとピクリとも動かない。以前、酔い潰してやっちゃおうというカカシの計画が失敗に終わったのも、イルカのこの酒癖のせいだった。
「ふわぁ〜、オレ、呑みすぎちゃったですかね〜?」
 そう言って上気した頬で笑うイルカには、いつもとは違う色気があった。
 はだけた浴衣から見える肌もうっすらとピンク色に染まり、ふわりと笑うその目許は潤んでいる。
カカシはさっきからずっと、そのイルカから目が離せないでいた。
…この人って、意外と色っぽいんじゃないか?
 立ち上がろうとしてよろめくイルカを、すかさずカカシが抱きとめる。
「しっかりしてください。立てますか?」
「あはは、すみません。お恥ずかしいです〜、忍のくせにこのくらいの酒で酔っちゃうなんて…」
 そう言いながらカカシの出した手につかまって立ち、支えようとするカカシに少し体重をあずけながら歩くイルカは、普段と違ってとても素直だった。
「ありがとうございます〜。カカシ先生はいつも優しいですね〜」
 カカシの顔の近くで無邪気に微笑む。
か、可愛い…っ!めちゃめちゃ可愛い…っっ!!
 カカシの自制心が崩れるのも、もう時間の問題だった。





 その露天風呂からの景観は、それはそれは見事なものだった。
 眼下に広がる海と、満天の星、美しい庭園…。その旅館の自慢の露天温泉であるだけに、その素晴らしさは形容しがたいものがある。耳を澄ますとさざ波の音が聞こえ、空の星が湯の中に映って、まるで星が降ってきたようだ。
「うわぁ…。すごい…。綺麗だ…!」
 イルカは感動していた。
 ゆっくりと湯の中につかると、その少し熱めの温度が、じんわりと日頃の疲れをほぐしてくれるようで、気持ち良い。頬をなでる冷たい夜風も、ほてった身体にとても心地よかった。
「…ああ…、気持ちいいなぁ…」
うはっ!!
 吐息とともにイルカの口からもれたその言葉は、カカシの下半身を直撃する。

































 イルカと一緒に湯船に浸かっているカカシの目には、その見事な空も海も何も映っていなかった。ただ、ふわふわとご機嫌で笑うイルカと、無数の傷が赤く色づくその艶めかしい身体しか、目に入ってなかったのである。
…い、いかん。このままでは…。いくらなんでも風呂場でガバーッじゃ、今まで我慢した意味がないぞ。ここは早く風呂からあがって、布団の上で…。
 我慢の限界に近いカカシがそんなことを考えているなど一切気づかないイルカは、無邪気な、それでいてどこか色気をおびた笑顔をカカシに向けてこう言った。
「カカシ先生、ありがとうございます。
こんな素晴らしいところに連れてきてもらって…、オレ、すごく……」
バシャーーーーーンッ!!
 イルカが最後まで言わないうちに、大きな水音が響いた。
な、なにーーーっ?!
 話している途中で、イルカが湯船の中に倒れ込んでしまったのだ。
「イ、イルカ先生っ!大丈夫ですか!?」
 ザバッと、あわてて助け起こしたカカシの腕の中で、イルカは何事もないようにスースーと気持ち良さそうに寝息をたてている。
…う、うそだろ〜…?
 たしかに酔っ払った人間が風呂に入れば、こうなるのは目に見えていた。だが、それでも…。倒れるにしても、何も湯船の中じゃなくても…というか、溺れるぞ、普通。
 カカシはイルカを抱きかかえながら、泣きたい気分になった。
―――こんだけ煽るだけ煽っといて、今夜もおあずけなんて…そりゃないんじゃない?
 だがそれでも、カカシはイルカがのぼせたり湯冷めしたりしないよう、急いで身体を拭き、浴衣に着替えさせ、部屋に運んだのだ。
途中、「自分で自分を褒めてやりたい…」などとつぶやいたとしても、誰もカカシを責められはしなかっただろう。





――――翌朝。

 イルカが目覚めると、目の前に寝ているカカシの顔があった。
え…?カカシ先生…?!
 驚いてがばっと起き上がり、あたりをキョロキョロと見渡す。
 一瞬、自分がどこにいるのかわからなかったのだ。
「ぅはよぉーございますぅ〜」
 のた〜と寝っころがったままのカカシが、のそ〜っと挨拶する。
「うわっ!」
「…うわって、何ですか、死人でも見たみたいに〜」
「す、すみません!起きているとは思わなかったもので…っ!
お、おはようございます」
 ふぁ〜と欠伸をしながら、のっそりと座ったカカシは、不機嫌そうにボリボリと頭を掻いている。カカシはいつも寝起きが悪いのだが、今日のカカシはそれだけでもないようだ。
「あの…もしかして、寝不足とか…?」
「…ええ、誰かさんのおかげでね〜」
 ちょっとイジワルなカカシの言葉を聞いて、イルカは昨夜のことを必死で思い出した。
えーと、えーと、たしか昨日は…。あれ?酒を飲んでから記憶がないぞ?えーと、食事の後、露天風呂に入ったような…。あれからどうしたんだろ?カカシ先生と寝たのかな?それとも…。
「イルカ先生が気持ち良さそうに先に寝ちゃったもんだから、手が出せませんでしたよ」
 カカシはイルカが疑問に思っていることを教えてやった。
や、やっぱり…!
「す、すみません!!オ…オレ…!」
 カカシが昨夜期待していたことはわかっていたのに、先に寝こけてしまったなんて…!こんなすごい温泉旅館に連れてきてもらっといて、いくらなんでも申し訳ないことをした…!
 イルカの頭の中は、ぐるぐるとカカシに対しての申し訳なさでいっぱいになり、つい咄嗟にこんなことを言ってしまった。
「あ、あの、なんでしたら、今からでも…っ!!」
ぶっ!
 カカシが思わず吹き出す。
「こんな朝っぱらからSEXすんの?イルカ先生」
 途端、イルカの顔は面白いほど真っ赤に染まった。カカシの直接的な表現に、自分が何を口走ったのか理解して、焦りまくる。
「あ、いえ…!いや、あの、あ、で、でもやっぱり…」
「もちろん、オレはいつでもOKですよ。朝だろうが、どこでだろうが…。せっかくイルカ先生がその気になってくれたんだから、それじゃあ、さっそく〜vv」
 カカシがすかさずイルカの肩を抱き、顔を寄せてくる。
「うわぁっ!いや、ちょっと、やめてください!やっぱ無理です!すみません!!」
 イルカは真っ赤になりながら、カカシの顔を押しのけた。
「ははは、ジョーダンですよ。残念ながら、もうすぐ朝メシの時間ですから。
ホントに残念ですけどね〜」
「す、すみません…オレ…」
 イルカはまた、いたたまれない気持ちになって謝る。それに対してのカカシの返答は、意外なものだった。
「済んじゃったことはいいですよ〜。
ま、今日もこの宿とってますから、それは今晩のお楽しみってことで♪」
「…はぁ?今日帰るんでしょ?」
「何言ってるんですか!二日休みとったでしょ?だったら二日間フルに楽しまなきゃ!
明日の朝早く宿を出れば、ちゃんと仕事には間に合いますってvv」
――そういうものなんだろうか?
 普通、旅行する場合、翌日が仕事なら、その日のうちに帰るものなんじゃ…?と思ったが、相手は常識知らずの上忍である。ハードな仕事ばかりしている上忍にとっては、休日自体が貴重なものだろうから、それが当たり前なのかもしれないとイルカは考え、何も言えなかった。
 それに正直、今日もこの宿の温泉やご馳走を堪能できるのかと思うと嬉しかったし、たしかに自分も、もっとカカシと休日を楽しみたいという思いも強かったのだ。
「わかりました。じゃあ、たっぷりと休みを満喫しましょうね!」
 イルカの嬉しそうな笑顔を見て、カカシもまた、嬉しそうに笑った。
…良かったな〜。「もしも」の場合に備えて、二日間宿を押さえておいて…と、内心胸を撫で下ろしながら。



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