YOMODA YASHIKI





【食と生活】




イルカ先生のつくってくれる料理は美味い。

どこかの名門店のコックみたいに技があるわけではないが、素朴な家庭料理+男の手料理といった感じで、大雑把につくってあるわりに美味いのだ。
この間も「このコゲてるとこが美味いですね」と言ったら、「イヤミ言うくらいなら自分でつくってください!」と怒られてしまったが、本当に美味かったんだからしょうがない。
コピー忍者に名料理人の技を盗むことなんて簡単なことだから、たぶんオレがつくった料理の方が、一般的にみて美味いものがつくれるとは思う。だが、オレにはイルカ先生がつくってくれた料理の方が、数倍美味しく感じられるのだ。
日によって味付けが濃すぎたり薄すぎたりしてころころ変わるのも面白いし、かなり失敗した時の「ごめんなさい」と申し訳なさそうに言いながら、ちらりと上目遣いで人の顔色をうかがう様子も、実に可愛いらしいのだ。あんな表情が見られるのなら、もっと失敗してくれればいいのに…なんてひそかに思ったりする。
きっと料理なんてものは、味付けや見かけなんかより、もっと違う何かの方が大事なんだろう。
オレにとってイルカ先生のつくってくれた料理は、誰が何と言おうと世界で一番のご馳走だ。
だからオレは、そのご馳走にありつくために、今日もイルカ宅へと急いでいるのだ。





イルカは悩んでいた。
すでに暗くなった任務受付所で、一人だけ居残って仕事を片付けているのだが、先程から一向にその仕事ははかどっていない。
「うーん、昨日が『ぶり大根』だったから、今日は洋食の方がいいかな〜?カレーだったら手間がかからないけど、4日前もそうだったしな〜…」
そう、今イルカは、目の前の書類をそっちのけで、晩御飯の献立を考えているのだ。その様子は、まるで主婦のようだった。
「簡単だから生姜焼きにでもするか…。それにしても、カカシ先生の好きなものって、いったいなんだろなぁ?」
そこまで考えてイルカははっと我にかえった。
ちょっと待て!
なんでオレがあの人の食事の好みを考えなきゃならないんだ?
そもそもどうしてオレは、毎晩あの人の飯なんかつくっているんだ?
なんであの人は、「イルカせんせ〜、お腹すきました〜」と、毎晩オレんちの食卓に座って待ってんだ?
と、イルカは、これまでも何度も疑問に思ったことを反芻しはじめた。どうせ答など出ないのはわかっていたが、それでも考えてしまうのは仕方がない。
数週間前、イルカが残業を終えてくたくたになって家に帰ると、見知った上忍が勝手に家に上がりこんでいた。
居間の真ん中にほえ〜っとくつろぎきった様子で座り、玄関の戸を開けたイルカに向かって、
「お帰りなさ〜い。遅かったですね」
と、にっこり笑いかけてきたのだ。
よく知っていると言っても、ナルト達を引き合わせてから少しずつ親しくなっただけで、一緒に飲みに行ったのだって数えるほど…という程度の間柄だ。にもかかわらず、カカシは少しも悪びれた風はなかった。
「…なんでこの人、こんなとこにいるんだろ…?」と、あまりのことに呆然として立ち尽くす自分に対して、カカシはこう言った。
「イルカ先生、お腹すいてるんです〜。ご飯食べさせてください」
と。

上忍にそう言われて、断れる中忍がいるだろうか?いや、上忍も中忍も関係ない。知り合いにそんなことを言われて邪険にできるくらいなら、『うみのイルカ』を25年もやっていない。
とりあえず冷蔵庫の中の余りもので適当にチャーハンをつくって食べさせた。カカシはそれを、「美味い、美味い」と、とても嬉しそうにたいらげてくれたのだ。
以来、なぜかカカシは毎晩やってくる。
そういえば「ご飯食べさせてください」に、『いつまで』という期限はついてなかったな…と、イルカはため息をつきながら思う。
毎晩やってくるカカシに、「もう来ないでください」と、冷たい言葉をなげかけられるくらいなら、これまた『うみのイルカ』を25年もやっていないだろう。
だが、どうして中忍の自分が、上忍にずっと飯をたかられ続けなきゃならないのだろうか。カカシは上忍で、食うのに困っているわけがないのだ。まだそれほど親しくない相手の家に上がりこんで、飯をせがむ理由が見当たらない。
一度や二度…いや、大目に見て10回くらいならまだかまわなかったのだが、もうこれで20日以上になる。正直、このまま毎日来られては、食費がかさんで中忍の給料では生活が苦しい。
それに、さすがに上忍であるカカシにあまり妙なものも食べさせられないので…まぁ、今だってそう大したものをつくってるわけじゃないけれど…こう毎日来られると献立に悩んでしまう。
安くてそれなりに腹も満たされる量で、しかも美味いもの…そんなものそうそうイルカに思いつくわけがない。だいたい普通の20代半ばの独身男に、レパートリーなんてたくさんあるわけがないのだ。アカデミーの頃から一人暮らしだったとはいえ、自分が食べたいと思ったものか、簡単につくれそうなものしか料理したことがないのだから、20日もたてばネタ切れだ。カカシに飽きさせないものを食べさせようと思ったら、料理の本でも買い込んで勉強するしかない。
イルカは考えれば考えるほど、腹が立ってきた。
カカシ先生もカカシ先生だ、少しくらい食費入れてくれたって…いやいや、問題はそこじゃない。
こんなに毎晩人んちのメシをたかるなってんだ!少しは人のプライパシーや家計…いや、迷惑というものも考えろ!!
上忍って人種に変人が多いのは知ってはいたが、大人なら大人としてもう少し他人に配慮があってしかるべきだろう!
どんどん感情が高ぶってきたイルカは、とある方法を思いついた。
――そうだ、今日は…。
イルカにはその考えがとても素晴らしい名案に思えたので、今夜さっそく実行に移してみることにした。





「イ〜ルカせんせ〜、待ちくたびれました〜」
玄関を開けた途端、間延びした声が聞こえてくる。
やはりいたか…。この人に合鍵を渡した覚えはないんだけど…いつもどこから入ってきてんだろう?ちゃんと戸締りして出て行ってるし、この人も鍵を壊して入ってるわけでもないし…。
技の一種なのかな〜?と、カカシの存在をまったく無視して物思いにふけっているイルカの耳元で
「イルカ先生、おっ帰りなさ〜い♪」
と嬉しそうな声が聞こえてきた。
「うわあっ!び、びっくりした!」
さすが上忍だ。いつ移動したのかわからなかった。
「そんなに驚かないでくださいよ〜。『お帰りなさい』って言ったのに、『ただいま』って言ってくれないんですか?」
「た、ただいま帰りました」
「はいv お帰りなさい」
…なんでオレは自分んちで、この人に「お帰りなさい」なんて言われなきゃならないんだろう?
イルカは額あてとベストをはずしながら、これまで何度も思ったことをまた思った。
「イルカせんせ〜、今日のご飯はなんですかー?」
今だ!今こそ言ってやる!
イルカは握りこぶしに力をこめ、だが、なるべく何でもないそぶりでこう言った。
「ありませんよ」
「へ?」
間の抜けた声がかえってくる。
「今日は仕事がとても忙しくて疲れてたから、スーパーに寄らなかったんです。今、冷蔵庫に食材が何もないんですよね。買い置きのカップラーメンくらいならあると思いますが」
なんだ〜、と小さくカカシがつぶやく。
ふっ、やはりもっと早くからこうしてれば良かったんだ。オレが何も言わないで食事をつくり続けているからこの人も入り浸っていただけで、食べるものがないなら、もう来ることだってないだろう。
イルカはひそかにほくそ笑んだ。
カカシはいつのまにか冷蔵庫の前に座り込んで中身を確かめている。
「ホントだ〜、何もないんですねー。早く言ってくれたら、ちゃんと材料買ってきたのに〜。
遠慮しないでそういうことは言ってくださいね。オレとイルカ先生の仲でしょ?」
はい? …いったいオレたちはどんな仲だったんだろう…?
上忍の考えることが、イルカにはわからなかった。
気をとりなおしたイルカは、カップラーメンを二つ、テーブルの上にドンと置き、冷たく言い放った。
「ともかく、今日はこれしかありませんので、文句があるなら帰ってください」
「イルカ先生、お湯入れてください♪」
はぁ?
イルカは呆気にとられた。
「た…食べるんですか?」
「ええ、これしかないんでしょ?お腹すいたから早く食べましょう。
ほら、イルカ先生、お湯。お湯」
カカシはあいかわらず嬉しそうに笑って、台所からいそいそと二人分の箸を持ってきた。
「は、はい」
コポポポ…。
イルカはぽかんとしたまま湯を注ぎ、3分待った。そうしておもむろに手を合わせ、二人して「いただきます」と声をそろえ、ズルズルと音を立ててカップラーメンを食べはじめる。
…なんでオレ、この人と一緒にカップラーメン食べてんだろ?
イルカはもくもくとラーメンをすすりながら頭をひねる。
こんなはずではなかった。カカシの様子をうかがって見ると、不満そうな顔をするどころか、とても楽しそうに見える。この作戦ならきっとカカシは家に帰ると思ったのに、どうしてカカシは何の文句も言わないんだろう?
イルカが単純な頭をフル回転させて悩んでいた時、カカシがほえ〜っとしたカンジのまま口を開いた。
「今日、ナルトがね…」
「えっ?ナルトが?」
イルカは現金にもナルトの話になると身を乗り出してしまう。イルカはこの性分のせいで、カカシに何か文句を言おうとする度に話題を変えられてごまかされるのだ。
『いいかげん学習能力を身につけなくては!仮にも教員だろう、オレは!』そう思いつつも、イルカにとってカカシが話す「今日のナルト」は魅力的なのだ。
そうか〜、そんな任務もできるようになったのか…成長したなぁ、ナルト。あんなに落ちこぼれで、何度居残りで教えても上手く術を使えなかったお前がなぁ…。
イルカがじんわりと感動に浸っていると、先に食べ終わったカカシが嬉しそうな顔をして
「ごちそうさまでした〜♪」
と手をあわせ、自分の食べたカップラーメンの器を台所のゴミ箱へと持って行く。
「あ、ラーメンの容器は燃えないゴミの方に入れてくださいね。ちゃんと水洗いしてから」
「わかってま〜す」
イルカはこの時、はっと気づいた。これでは一緒に暮らしているようではないか。あまりに自然に生活してしまっている。
このままではまずいだろう。いいかげんここらで「迷惑だから来ないでくれ」とはっきり言っておくべきではないか。
イルカは心を決め、まるでそこが自分の定位置であるかのようにテーブルの向かい側座った上忍に向かって、ゆっくりと口を開く。
「…カカシ先生は、どうして毎日、うちにくるんですか?」
そんなことを聞くのにも、ものすごく勇気がいった。
相手は上忍、いくらこんなぬらりひょんな人でも、失礼があってはならない。しっかりお断りするにしても、本気で怒らせるわけにはいかないのだ。
…だって、怖いじゃないか。強いんだ、こんな人でも。
そう思うのはなにもイルカが臆病者というわけではない。上忍なんて中忍から見ればゴジラかキングギドラ並の怪獣なのだ。そのくらい得体が知れなくて恐ろしい生き物だ。
しかも知り合いになるまで知らなかったが、この人は写輪眼というスーパーアイテムと、雷を切ったとかいう怪しい必殺技まで持つ超人なのだ。(こうして見てるだけでは、とてもそんな風には見えないのだが…)
「ん〜?イルカ先生のつくったご飯を食べるためですよ〜」
何を当たり前のことを?という風に、カカシは不思議そうに答える。
「…なんで、オレのつくったメシなんか食べに来るんですか?」
「美味しいからです」
即答だった。イルカはそれを聞いて、ちょっと嬉しくなってしまった。だが、そんなことで喜んではいられない。それに自分のつくったものなんて、正直そんなに美味いとは思えなかったので、それは明らかにお世辞に違いない。イルカは少し意地悪な言葉を返してみた。
「あなたのような上位の方にとって、こんな貧乏くさい家庭料理なんて、お口にあわないんじゃないですか?上忍のみなさんは、オレ達じゃ敷居もまたげないような高級料亭に通ってるって聞いてますよ」
「あ〜、もしかしてあそこのこと?
皆がよく行ってる『朱雀』なら、料亭っていってもただの定食屋みたいなものですよ。毎日通ってると特別に栄養のバランス考えくれて、きんぴらゴボウやひじきの煮物なんかもつくってくれますが、みんな妙に上品な味付けなんですよね〜。
オレにはイルカ先生のつくってくれた味付けの濃いきんぴらや、ふやけすぎたひじきの方が、口に合ってるんです」
…それって、誉めてないだろう?イルカは眉をひそめる。
「料理が下手でも、あなたの口に合ってるから、ここに通ってるってわけですか?」
「ハイ」
料理が下手なとこくらい、お世辞でいいから否定しとけよ!とイルカは腹を立てたが、この場合そんなことが問題ではないと思い直した。
どう言えばわかってもらえるのか…。きっとこんなまわりくどい言い方をしていては、この人には理解できないのだろう。思い切って「明日から来ないでくれ」と、はっきり言おう…!いや、しかし、いきなりそんなことを聞かされたら、こんな変わった人でも傷ついてしまうかもしれないし…と、またもやイルカがお人好しなことを考えて悩んでいると、カカシが嬉しそうに笑って言った。
「それに、イルカ先生が言ってくれたんですよ。ご飯はつくりたてに食べるのが一番美味しいって。
最初に食べさせてもらったご飯が本当にすごく美味しかったから、毎日食べたくなったんです。
オレ、つくりたてに間に合うように、任務が終わったら急いでここに来てるんですよ」
その言葉を聞いて、イルカはちょっと、というか、かなり嬉しくなってしまった。
そしてさらに、そんなに楽しみにして来てくれのに、今日は悪いことをしてしまったなぁと、少し罪悪感を感じてしまった。バカがつくほどお人好し…それが『うみのイルカ』なのである。
「今日は、カップラーメンで悪かったですね」
「いいえ〜、イルカ先生と一緒に食べたから美味しかったです。
ナルトの気持ちもわかりましたよ。カップヌードルって、思ってた以上に美味いものだったんですねぇ〜」
その言葉に少しひっかかるものを感じて、イルカは尋ねた。
「…もしかして、カカシ先生、今までカップヌードルを食べたことないんですか?」
「ハイ」
イルカは愕然とした。やっぱり目の前にいるのは上忍だ。カップヌードルなんて庶民の食べ物なんて食べたことがなかったんだ…!
力なく笑うイルカの耳に、今度は信じられない言葉が飛び込んできた。
「オレ、家じゃ何も食べませんから」
「はぁ?」
「何も食べないんです。食材なんて買ってないし、作るのメンドクサイから。
外食する時は普通に食べますけど、そうしょっちゅうじゃないし、イルカ先生の家に来る前はずっと食べてませんでした」
「そ、そんな、それじゃお腹空くでしょう?
それに身体に悪いじゃないですか。夜は食べないって忍もいるって聞きましたけど…まさか朝ご飯も食べないってことは、ないですよね?」
「朝も夜も兵糧丸やサプリメントで充分ですから〜。一人分のメシつくるのも、食べるのも面倒くさいし」
なんでもないことのようにさらっと言ってのけるカカシに、イルカはむきになった。
「あ、あなたはナルトに『野菜も食べろ』って、気を遣ってたじゃないですか!
なんであなた自身の食生活がそんなのなんですか!?」
「ナルトはまだ育ち盛りですからね〜。オレはもう成人してるし、イルカ先生だって知ってるでしょ?兵糧丸って、そこらの食事よりよっぽど栄養バランス整ってるから、それ食ってりゃ何も食べなくても動けますから」
「そ、そういう問題じゃないっっ!!」
イルカは思わず立ち上がり、テーブルを叩いてカカシに怒鳴りつけた。
「そ、そんな…そんなことしてお腹空かないんですか?
って、そんなことじゃなくて、それじゃダメでしょう?そ、そんな非人間的な…ロボットじゃないんだから…!」
怒鳴られたカカシはきょとんとしている。
「何怒ってるんですか?オレ、イルカ先生に何か悪いことしました?」
「オレに対してじゃなくて…!ダメですよ、そんなことしてちゃ…!
人間、美味しいもの食べて美味しいって感じてなきゃ、そういうことって無駄じゃなくって、とても大事なことで…っ!!」
イルカは上手く説明できない自分を腹立たしく感じた。目の前で何のことかわからないという顔をした上忍のことを、可哀想だと思ってしまう。そんなことを考えるなんておこがましいかもしれないが、イルカは今、カカシが無性に不憫でならなかった。
そういえばこの人、6歳で中忍になったんだ…。そんな小さな頃から忍の仕事をしてきたから、きっと長い間機械的な生活を送ってきたのだろう。
イルカは唇を噛み、目に涙を浮かべながら、カカシの手を強く握り締めた。
「カカシ先生、ご飯はちゃんと食べないといけません。面倒くさいなんて言わないで、ちゃんとつくって食べてください…」
「嫌です」
またしても即答だった。
…こ、子供か?この人は…?
イルカはげんなりした。
「なに言ってんですか?何度も言いますが、食事ってものは…」
「オレは、イルカ先生と一緒に食べるご飯じゃなきゃいりません。自分でつくった料理なんて美味いと思ったことないし、これからもつくって食べる気なんて、毛頭ないです。
だから、そんなにオレにちゃんとした食事をとらせたいのなら、イルカ先生が毎日料理をつくって、オレに食べさせてください。
夜だけじゃなく、朝も、昼も。ずっと」
呆気にとられた。なんという言い草だろう。これが大人の言うことか?
納得しないまでも、この場は相手の気持ちを考えて、「なるべくそうします」とかなんとか、社交辞令でも答えるってのが筋だろう。それが『自分じゃつくる気がないから食べさせてくれ』だと?『夜だけじゃなく、朝も、昼も、ずっと』だと??食費も入れないで何虫のいいこと言ってやがる!
だいたいわかってんのか、安月給でいきなり成人男性二人分の食費になったら、どれだけキツイかってことを!
オレは今月、昼の外食(主に一楽のラーメン)も控えて自分で弁当つくって、ささやかながら月に一度楽しみにしていた近場の温泉に行くことだって、ぐっと我慢してるんだぞ!飲みに行こうって誘われても、金がないからみんな断って…。
それもこれもみーんなあんたが毎晩やってくるせいなんだっ!
イルカの怒りは頂点に達していた。
「…そんなに言うんなら、金、とりますよ…?」
上忍を睨みつけ、沸々と湧き上がった感情のままに、これまでずっとこらえ続けてきた不満を思い切り吐き出してしまった。
「毎晩毎晩、ただ飯食らいやがって!
あんな料理でもなぁ、材料はタダじゃないんだよ!おかげでオレは今、金欠で困ってるんだ!
食わせろって言うのなら、たらふく食わせてやっから、金払え!!」
そう、『うみのイルカ』はバカがつくほどお人好しだったが、短気で誰に対してもキレるということでも有名だったのだ。長いこと我慢してきた分、その言葉は赤裸々で、少しわびしいものがあった。
カカシはそんなイルカを、しばらくの間目を丸くして眺めていたが、にっこり笑ってこう言った。
「お金くらい払いますよ〜。なんだ、それならそうと言ってくれればよかったのに。オレとイルカ先生の仲じゃないですか〜。
で、いったいいくら払えばいいんです?
とりあえず、今持ってるだけでも払っときますよ。三万両あれば足りますか?」
そう言いながら、尻のポーチから無造作に札をごっそりと取り出した。
「さ、三万…?!」
桁が違う…!イルカは絶句した。
三千両くらいはもらわなきゃ、割に合わないとは思っていた。でも、できれば五千くらいあれば、もうちょっといいものが食べられる…そんな風に思っていたのだ。
三万両…はっきり言って、イルカの月給より高い。
うみのイルカのアカデミーの給料は、約二万両ちょっと。独身だから社会保険(←一応忍の里にもある)や税金をがっぽり引かれて、少しばかり社内預金もしているので、月々手元に入る金は約一万五千両。
アカデミーの職員の給金は安いのだ。もっぱら外からの報酬でなりたっている忍の里では、内勤であれば中忍であろうとも待遇はあまりよくない。稼ごうと思うなら、任務をたくさん請け負うのが一番なのだ。
両親が残してくれた家があるので家賃は払わなくても済んでいるが、光熱費と通信費などの生活費の他に、忍び道具購入や教師として受けねばならない講習代金もけっこうかかる。さらに予期せぬ冠婚葬祭にかかる費用や、友人とのつきあいの費用だってバカにならない。(イルカは友人知人が多い上にお人好しのため、この交際費がわりと生活費を圧迫しているのだ。友人に貸した金が八割方もどってこないのも、かなり痛い)
残った分が食費に当てられるわけだが、食べ盛りの20代、とてもそのアカデミーの給料だけではやっていけないので、受付所で臨時のバイトをして生活費を補っているのだ。そのバイト代が月約三千両から五千両…これで毎月ギリギリという状態である。
食卓の上にポンと無造作に置かれた札束…三十枚の札。イルカは呆然とした顔でそれをみつめていた。
「すみません、これじゃ足りなかったみたいですね。じゃあ明日、貯金下ろしてきますから。あといくらあればいいですか?」
カカシはすまなさそうに頭を掻いている。イルカは食卓の上の一点をみつめながら、とある欲求に苛まれた。
聞きたい…!とても失礼なことだが、どうしても聞いておきたい…!
イルカはごくりと喉を鳴らし、勇気を出してカカシに質問した。
「…カカシ先生って、月々の給料…いったいいくらもらってるんです?」
単刀直入、直球である。ガイ先生がそばにいたら、「イカスぞ、イルカ!」と、誉めてくれそうだ。
「ん〜?今は下忍の担当やってるから、給料は前から比べると安くなっちゃったんですよね〜。五万両くらいかな?
でも、時々Aランクの仕事が入るから、だいたい月、8万から10万くらいはもらってると思いますけど…。
あ、あと特別報酬があった月は、20万両くらい入ります」
―――月、10万両!時々20万両!!
イルカは目の前がまっ白になった。
そりゃそれだけもらってりゃ、高級料亭にだって毎日通えるだろう。なるほど、友人達が上忍のことを憧れの眼差しで見るのも、強いからってだけじゃなかったんだな。もらってる給料が半端じゃなかったんだ…。
ひどくショックを受けたイルカだったが、どうせなら聞きたいことは全部聞いてしまおうと、半ばやけになって質問を続けた。
「…前から比べると月給が安くなったってことは、その前はいくらもらってたんですか?」
「前は暗部にいたもんで…あそこは月給じゃなくて報酬制ですから、任務の内容次第だったんです。オレは任務件数が多かったから、月25万は下りませんでした。でも、これといって趣味もないから、あんましたくさん金もらっても意味なかったですね〜。一番金がかかってんのが、忍犬の食事代かな〜?あいつらよく食うから」
はははと笑うカカシが、なんだか遠い人のように感じる。この人は6歳で中忍になって、たしか上忍になったのも暗部に入ったのも、異例に早かったはずだ。たしか人の話ではSランクの仕事も40回近くこなしているらしいし…。年収300万両以上…これまでにいったいいくら貯めこんでいるんだろう…?
エリートだ。この人は本当にエリートだったんだ。閉店間際のスーパーに駆け込んで、三割引になった惣菜とか選んで買ってる庶民のオレなんか、口もきいてはいけない雲の上の存在だったんだ…!
イルカはすっかり打ちのめされていた。目の前の男に、男として…というか、人間として何から何まで負けている。忍としての技や経験だけでなく、顔、頭脳、スタイル、さらに収入までもがこれほど差があったなんて…!
自分がちっぽけな虫けらにでもなったような気分だ。毎日必死になって仕事をこなして、文句も言わずに残業して、へとへとになってもらった給金が、この人の月収の半分にも満たないなんて…あまりに哀しすぎる。
イルカは、「ああ、これが忍の世界の厳しさというものか…」と、合ってるような合ってないようなことを思いながら、ぐらつく頭をふって、黙りこくった自分を心配そうに見ている上忍様に、ひきつった笑顔を向けた。
「ありがとうございます、カカシ上忍。
でも、こんなにはいらないです。
と言っても、今月けっこうキツイので、今までの食材分として三千両だけいただきますね」
そう言って、食卓の上に置かれた札の中から三枚抜き取って、残りをカカシに渡した。
「これをもって、お帰りください。
そして、もう明日から、ここには来ないでください」
さっきまでなかなか言えなかった言葉が、すんなりと口を出た。ショックのあまり、思考回路が停止してしまったのかもしれない。ただ、もう目の前のカカシとは、これまでのように馴れ馴れしく話すことなどできそうになかった。この場でお引取り願うのが一番だと、そう思ったのだ。
それを聞いた途端、カカシが血相を変えて叫んだ。
「ええ?なんで?!どうしていきなりそんなこと言うんです?
イルカ先生は、さっき『食わせろって言うのなら、たらふく食わせてやっから、金払え』って言ったじゃないですか!
このくらいじゃ足りないというのなら、いくらでも払います!あとどのくらい必要ですか?お願いですから言ってください!」
そういうことじゃないんだけど…何と言えばわかってもらえるのだろうか。イルカはだんだん哀しい気分になってしまった。
カカシがイルカの料理を、美味しいと思ってくれているのは間違いないようだ。だがそれも、いつもいいものを食べつけているから…もしくは、普段まったく食べていないから、不器用な家庭料理がめずらしくて、美味しく感じられるだけなのだ。自分の料理はそんな高い金を払ってもらえるような代物じゃない。そのうち飽きるに決まってる。
いや、べつに飽きられて来なくなるならそれはそれでいいのだが、それまでの間、高給取りの上忍様の気まぐれにつきあって、お金をもらっていそいそと料理をつくり続けている自分の姿は、想像するだけでみじめではないか。
「お金の問題じゃないんです。オレの気持ちの問題で…もう、カカシ先生に食事をつくることは、できそうにありません」
イルカが困ったように力なく笑ってそう答えると、しん…と、部屋の中が静まりかえった。






「責任とってください!!」
突然、カカシが大声で叫んだ。
いきなりのことでびくっとするイルカの肩をがしっと掴み、ものすごい形相で意味不明のことを言いはじめた。
「ひどいです!人をこんな身体にしておいて…!
責任とってくださいよ、イルカ先生!」
「は、はぁ?」
目を丸くするイルカをそっちのけで、カカシは目を血走らせたまま、尚も言い募った。
「イルカ先生が美味しいものつくって食べさせてくれるから、オレ、毎日毎日晩御飯が楽しみで…任務で疲れても、けっこうヤバイことあっても、イルカ先生が料理つくって待ってくれてるって思ったら、どんなことだって頑張れたんです…っ!
それなのに、明日からいったい何を楽しみにして生きていったらいいんですか?
金払えばつくってやるって言ったのに、金はいらないからもう来るな?そんなにオレのこと嫌いなんですか?だったら、どうして今まで何も言ってくれなかったんです?
あんなに優しくしてくれて、あんなに可愛い笑顔でご飯出してくれて、あんなに楽しそうに一緒にいてくれたのに…っ!
そんな風に途中で突き放すくらいなら、なんで最初から断ってくれなかったんですか?!
ひどいですよ!あんまりですよ!!
オレ、もうイルカ先生の料理がなかったら、生きていけないんですよ?
なのに…なのに、オレをこんな身体にしといて、今更…!こんなのってないですよっっ!!」
イルカはカカシの鬼気迫る勢いに、唖然として言葉もでなかった。べつに料理をつくって待ってたわけじゃないし、可愛い顔した覚えもないんだけど…と、心の中で小さなツッコミを入れたが、それを今のカカシに言う勇気などなかった。
カカシは両目をくわっと見開いて、さらに恐ろしい形相でイルカを睨みつける。額当ても外し、口布も下げた状態だったので、カカシの写輪眼は全開だった。殺気に近い異様なオーラが、そのカカシの全身からゴゴッと音を立てて立ち昇っている。
―――――こ、怖い…っっ!!
イルカは今、ヘビに睨まれた蛙だった。身体がすくみ、足が震え、逃げ出すことも出来ない。
ギラリと紅く光る写輪眼がイルカを見据え、必殺技を繰り出す両手はイルカの肩をがしっと掴んだままだった。逃げようとすれば、眼球の動きひとつでさえ気取られ殺される…そんな空気だ。上忍に自分の命を握られてる感覚…これならいっそ死んで楽になりたいぐらい(BYサスケ)の迫力だった。
「責任とって、オレのためにご飯をつくり続けてください!!」
「は、はいっ!」
そう咄嗟に答えてしまったイルカのことを、誰が責めることができるだろう?
イルカは今、「何でもしますから、命ばかりはお助けを〜!」と、泣き出したいほど怯えていたのだ。今、寿命が延びるのなら、飯炊き男になることくらいなんでもないことだった。みじめでもどうでもかまわない。何より命が大切だ。
「オ、オレのまずい飯でもよかったら、何だってつくりますっ!」
イルカは真っ青な顔をして目をつぶり、恐怖の上忍の言葉を待った。
「本当ですね?男に二言はないですね?」
「はいっ!」
「オレのために一生みそ汁つくってくれますね?」
「はいっ!味噌汁は得意です!」
「オレと一緒の墓に入ってくれますね?!」
「はいっ!……え?墓…?」
何かおかしいぞ?と思ったイルカが恐る恐る目を開けると、そこにはさっきとはまるで違った、ぱあっと明るい表情をしたカカシが立っていた。辺りの空気までもが違う。まるで神でも降臨したかのように、キラキラと部屋中が輝いていた。おそらくカカシの喜びのオーラが、部屋に蔓延していたからだろう。
「ぃやったぁ―――っ!!!」
カカシは満面の笑顔で、イルカの身体を思いっきり抱きしめる。
「うわっ!い、痛いですっ!」
と、イルカは身をよじって抜け出そうとするのだが、カカシはイルカの身体を嬉しそうにぎゅうぎゅうと抱きしめて、けっして離そうとはしなかった。
「うわぁ〜vv 嬉しいなぁv
まさかこんなに早くOKしてもらえるなんて、思ってもなかったですよ〜vv
じゃあさっそく、明日から一緒に暮らしましょうねっ♪」
「え…?」
戸惑うイルカに、カカシは浮かれた調子でこう続けた。
「ああ、もうお金の心配なんてしなくていいですよ。オレの毎月の給料全部渡しますから、生活費はそれで賄ってください。イルカ先生にお任せしますから。足りなかったら遠慮しないで言ってくださいね、貯金おろしてきますんで。もちろんお金だけで済まそうなんて思ってませんよ。これからイルカ先生一人に負担をかけたりしないよう、料理も一緒につくりますね。オレ、一人で料理つくるのは嫌いだけど、イルカ先生と一緒だったら楽しそうだから頑張りますよ。当然洗い物だってしますし。そうそう、オレ、掃除はわりと好きなんです。洗濯は当番制にした方がいいですよね?買い物はどちらか先に帰った方がするってのはどうです?明日はオレ、早く帰れそうだから、オレが買ってきますね。とりあえず肉とか野菜とか適当に買ってきますんで、献立はイルカ先生が帰ってきてから一緒に考えましょうか。何がいいかな?オレは…」
その後もカカシの言葉は延々と続いた。
イルカはカカシの腕の中で脱力したまま、口を挟む気力すらなかった。
怖い。この上忍様は怖すぎる。強いだけじゃなくて、もしかすると性格の方もかなりヤバイ系の人だったのかもしれない。
でも、明日から、この人との共同生活が強制的に始まるのだ。男の約束をしてしまった以上、逃げることはできない。いや、たとえ逃げたとしても、この男から逃げおおせる自信など、中忍の自分にはない。
今、イルカの頭の中には、葬送行進曲が流れていた。
…いや、なにもそう悲観的になることはないよな。月五万両以上の生活費で生活できるんだ。もっと贅沢なものが食べられるじゃないか。もうスーパーのチラシを食い入るように見て、少しでも安いものを買おうと節約しなくてもいいんだ。季節外れの高価な果物も買えるし、すき焼きの肉を、半分豚肉にして水増しする必要もない。好きなものを好きなだけ食べられるなんて、夢のような話だ。
それに、兵糧丸なんかで非人間的な生活を送っているこの人に、栄養のある食事をとってもらうことは大事なことだ。木ノ葉の里にとっても、カカシ先生の健康管理は必要なことじゃないだろうか?そうだ、これはべつに悪いことじゃない。決して身売りなんかじゃない。人として正しいことなんだ…!
そんなことを一生懸命考えて、イルカは心を慰めていた。
だが、頭の端っこの方で「なんで同じ墓なんだ?」「カカシ先生って、もしかして……ホモ?」などという疑問が次々浮かび上がってくるのだが、今はあえてそれらに蓋をして、それ以上考えないことにした。
イルカは、はぁ…と、カカシにわからないようにため息をつき、まだべらべらと喋り続けている男の横顔を見る。
「イルカ先生は犬、好きですか?うちの忍犬たちの世話は…」などと、ウキウキ楽しそうに話している上忍の顔を見ると、少し可笑しくなった。
そして、諦めたように小さく笑い、『さて、明日の献立、何にしよう?』と、考え始めた。





オレは、今日という日を一生忘れない。
イルカ先生が、オレのプロポーズをOKしてくれた日だ。そして、明日からは一緒に暮らし始める大事な記念の日だ。これはもう結婚記念日みたいなものだろう。
ああ、しかし、ずっと願ってきたことがこんなふうに叶うなんて、夢みたいな話だ。きっとこれも長年嫌な任務も断らず、黙々と仕事をこなし続けたオレの日頃の行いが良かったせいだろう。
今日のイルカ先生はいつもと違ってた。いつだって何も言わずご飯をつくってくれたのに、今日に限って食材がないと冷たくカップラーメンを出してオレを追い出そうとしたり、金がないから払えと言ったり、わざと嫌われようとしているみたいだった。
きっとイルカ先生は、毎晩やってくるオレの気持ちがわからなくて、不安になっていたんだ。そういえばオレは、イルカ先生に一言も好きだとも何とも言わなかったような気がする。もうとっくに言ったつもりだったんだけど。
晩御飯だけ食べたらとっとといなくなるなんて、自分のことを何だと思っているんだと、ずっと悩んでいたんだろう。
だから、「金を払うから、ご飯つくってくれ」と言ったと思ったら逆に、「もう明日から、ここには来ないでください」なんて言い出したんだ。金なんかが欲しいわけじゃないんだと、自分の気持ちもわからないなら、もうここには来るなと…。
今考えると、あの時のイルカ先生の悲しそうな笑顔が、すべてを物語っていたような気がする。
ああ、なんていじらしい人なんだろう。そして、照れ屋で意地っ張りで可愛い人だ。
それなのにオレときたら、「もう来るな」って言葉に頭にカッと血が上って、思わず「責任とってください!」なんてわめいちゃって…馬鹿だったなぁ。もし嫌われちゃったらどうするつもりだったんだ?でも、ま、おかげでその勢いのままプロポーズできたから、結果的には良かったんだけど。
しかし、まさかあんな言い方で、イルカ先生がすんなり了解してくれるとは思わなかった。イルカ先生はもしかして、オレがそう言いだすのをずっと待ってたんだろうか?
そういえば「おつきあいしてください」とか、「デートしてください」とか一切なしの一足飛びのプロポーズだったのに、「オレのまずい飯でもよかったら、何だってつくります」なんて言ってくれたんだよな〜。あんなこと、オレのこと本当に好きじゃなかったら、言えない言葉じゃないか?
オレってめっちゃ愛されてたんだ…vv 気づかなかったけど、もうとっくに両思いだったんだ〜vvv

「イルカ先生、オレ、明日から全身全霊をこめて、あなたのことを大事にしますから、どうぞ末永くよろしくお願いしますね〜♪」
そう言葉を締めくくって、オレは腕の中の愛しい人を、また力いっぱい抱きしめたのだった。





――――二人の間には、マリアナ海溝より深い溝があったのだが、とりあえず明日から新しい生活が待っていた。
お人好し貧乏男とカンチガイ金持ち男の生活は、あんがいとうまくいくのかもしれない。



おしまい。




*ちなみに木ノ葉の貨幣価値は、一両=10円だそうです。